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第9話 魔術指南 ~適正編~

 緩やかな風が頬を撫で付ける。

 鮮やかな緑色をした草々は太陽の日差しを受けながら風に吹かれて一斉に靡く。

 長さは一〇センチ程度なので視界にも足場にも困らない、見晴らしのいい草原だ。

 遠くに目を凝らせば、僕がこの時代に飛ばされた際に倒れていた森が見えた。

 周囲には、何やら丸いボールを連想させる形態をした変な生物が徘徊している。


 およそ三日ぶりの光景だ。


「さて」


 確認するべき事が一つある。


「あの丸い魔物が攻撃性を持つか持たないかだ」


 視線を向けるは件のボールの様な変な生物、もとい魔物である。

 全長およそ一メートル弱のソレは、全身を肌色に染め上げたブタの様な生物だった。

 手足は短く、蹴れば良く跳ねそうなイメージを与えてくる。

 無性に蹴りたくなる様な奴だった。


「あれは『バレーピグ』ですね」


「なんともまあ安直な」


 溜め息混じりの声が出た。

 でも、そう感じるのも日本人としての知識を持つ僕だけなのだろう。

 あの球体のような身体は確かに大きなバレーボールの様に思えないこともないし、ピグ=豚と示す通りブタっ鼻を持っている。

 いやそんな事はどうでもいいんだよ。


「アレ、自分から攻撃してくる?」


「……いえ、私の記憶が正しければ、こちらから手を出さない限りは安全かと」


 攻撃性を持つか持たないか。

 詰まるところ、ゲームでいう『アクティブモンスター』か『ノンアクティブモンスター』かの違いである。

 某スーパーマ○オで例えればハナ○ゃんだな。

 正直、リオネーラに魔術を教えるなら何の邪魔も入らないところが好ましい。

 僕はあんな豚くらいどうとでも出来るけれど、魔術素人のリオネーラにとっては、攻撃性を持つ魔物が闊歩する地帯でいきなり術式演算に集中しろと言われても難しいだろう。


「ふむ」


 まあ、それくらい確認するのは簡単だ。

 ただ単に近づいて、攻撃してくるか試してみればいい。


「……ノンアクティブ確定。ここでいいか」


 結果から言えば、バレーピグが自発的に攻撃してくることはなかった。

 周囲を見渡してみるが、この草原にはバレーピグ以外の魔物は見当たらない。

 魔術指南はここで行ってもなんら問題はないだろう。


「じゃあ、もう少し人気の少ないところに移動しようか」


 町から森に続く踏みならされた道から離れ、人気のない何本か生えた木に囲まれた場所へと移動する。


「よし、じゃあリオネーラ。これから君に魔術を教える」


「はい」


 僕の言葉にリオネーラは鷹揚と頷く。


「まずは基本的な事から話していこうか。昨日教えた魔力の種類について、覚えてるよね?」


「はい。空間中に滞留する『属性魔力』と体内に存在する『無属性魔力』の二つです」


「そうだね。その片方、属性魔力は全部で七属性存在して、それぞれ空間中に滞留している」


 僕は右手の指を立てながら、


「まず大前提として、属性魔力の滞留量は何処も一定というわけじゃないんだ。かなりアバウトだけど、火属性の『炎器』は暑い場所に、水属性の『水器』は水場周辺に、地属性の『土剛器』は自然の中に集まりやすい」


 だとすれば。


「それをふまえた上で問題だ。七属性の中で、ある一定時間の間は何処にでも多く集まる属性魔力はなんだと思う?」


「……光属性『光器』と闇属性『闇器』でしょうか」


「正解」


 全く、どうして僕は光器の適正がなかったのだろうといつも思う。


「『光器』は"明るい場所"、端的に言うと昼間によく集まる。その反対、"暗い場所"……主に夜には闇属性の『闇器』が多く集まる」


 人間の基本的な活動時間は昼間、明るい時間帯である。

 しかしながら、僕はその明るい時間帯に多く滞留する光器の適性はない。

 適正持ちの闇器が多く滞留するのは夜。


 僕等人間が普段活動する昼間には闇器の滞留量が相対的に少なくなるのだ。

 皆無とまではいかない事だけが救いだろうか。 

 つまり闇器の適正持ちは穿った考え方をすれば残念賞という事になる。

 気にしてませんけどね!!


「そんな感じで、属性魔力はその場の環境によって大まかな滞留量を変化させる。するとさ、一つだけ"集まりが悪い"魔力が出てくるだろ? なんだと思う」


「……雷」


「そう、『雷器』だね。まあ、これはあれだよ。魔術の中では最も難易度が高いと言われる属性だ。それこそ、『勇者』とか『英雄』とかが主に扱うようなイメージな」


 別に自画自賛なんかじゃありませんが。


「術式に魔力は必須だ。いくら雷属性の術式を扱おうにも、その魔力がなければ使えない。本当に高度な術式演算技術を持っている人なら、少ない魔力で術式を演算する事も出来るだろうけどね」


 自画自賛なんてする訳がない。

 僕は、そんなのじゃないのだから。


「それじゃあ魔力についての簡単な説明も済んだ事だし、リオネーラの適正を調べてみるか」


 第一の予想は水属性。

 理由は安直に髪の色だけど適正なんて大体そんなもんだ。

 僕はここらの空間に七属性全てが揃っている事を確認した後に、リオネーラの眼前まで移動する。


「じゃあ今からリオネーラに一つの術式を転写する。ちょっと頭に痛みが走るかもしれないけど、我慢してね」


 リオネーラは"痛みが走る"という言葉を受けてピクリと小さく体を震わせたが、すぐに何時もの無表情に戻り、目を閉じる。

 僕はそんな彼女の額に右手を伸ばし、それを添えた。

 術式を展開する。


「トランス・クライヴ」


 魔術と術式は同じ意味――つまり魔力を用いて発現する現象を示しているが、『術式』というワードは厳密に言えば別の事柄を指している。

 魔術。

 これを正確に説明するならばこうだ。


『魔力を用いて【術式】と呼ばれる計算式を演算することによって行使・制御することができる超常能力』


 本来術式とは魔術を構成する計算式のことなのだ。

 まあ、どういう流れかは知らないが今では魔術の事を術式と呼ぶ人の方が多い。

 数多ある術式の総称を魔術と呼ぶ人がほとんどな現状である。


 そして今展開した『トランス・クライヴ』なる術式。

 これは、僕が脳内にインプットしている術式(計算式)を対象に転写、引用する事のための術式だ。


「うっ……」


 無事に術式がリオネーラの頭に転写されたのだろう。

 痛みを感じた彼女は下唇を噛んで小さく呻く。


「今、君の頭にある術式の知識が埋め込まれたはずだ。それは『術者の最も適正値の高い属性魔力を勝手に使って何らかの現象を引き起こす』術式。つまり適正判断の為に生み出された魔術だ」


 暴発による危険は僕がいる限りは確実にない。

 上位の水結界をリオネーラの周囲に展開する。

 結界術式には幾つか種類があり、そのどれもが対一属性に特化している。


 今リオネーラに施した水結界――『水陣の城壁エル・イリス・ランパード』は、全ての属性に対して抗力を持つが、中でも水属性の術に特化した結界だ。

 今のリオネーラの術ならば例え暴発しても難なく周囲への被害を防げる。


「よし、やってみるんだ、リオネーラ」


「……はい」


 何かを決心した表情を浮かべた彼女は、僕の言葉に応じると目を閉じて術式演算を開始した。

 ふわり、とリオネーラのサイドテールがほんの小さく揺れる。

 ゆっくりと彼女は右手を前に伸ばし、掌を上に向けた状態で固定する。

 そして。


 ゴッッッ!!! と。


 彼女の掌から渦巻き状の水流が現れ轟々と唸りを上げながら空へと突き進んでいった。

 僕が張った水陣の城壁エル・イリス・ランパードは問題なく彼女の水流を無力化してる。

 でも思っていたより術式の威力が大きいな。彼女が持つ『水器』への影響力が強い故の結果だ。

 なんにせよ、アレでは結界の内側にいるリオネーラが危ない。

 代償なんてチンケなモノは無視して呟く。


破壊(クラック)


 左目を中心に全身を違和感が駆け巡り、血が滴るのを感じ取った。

 同時にズキリという突き刺さるような痛みを覚える。


 パリンッという甲高い音が響いた。

 天空をも貫くような勢いで吹き荒れていた渦状の水流は、『破眼』の力によって一瞬で破壊される。

 ガラスの様に砕けた水流の奥、リオネーラは目を見開いて僕の方を見ていた。


「も、もう、申し訳、ありません……ヴァル様」


 きっと巨大な水流が現れたのにも驚いたと思うけど、それが破壊されたのを見て僕が『破眼』を使った事に気がついたのだろう。

『破眼』を使う事で痛みが伴うことさえ、気が付いているのだろう。


 そんな顔はしなくてもいいんだよ。

 痛いのには、慣れてるから。


「――合格だよ。リオネーラは天性の水属性適正持ちだ」



 

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