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第0話 終幕

 短く枯れかけた草が広がる荒野に僕逹は立っていた。

 驚く程に障害物のない見晴らしの良い荒野。


 上を見上げれば分厚く黒い雲に覆われた空が広がっていて、その所為で周囲が暗い。

 いわゆる、曇天というやつだ。


 そんな場所で耳に入ってくるのは、幾度となく鼓膜を叩く断続的な爆発音。


 四方八方から聞こえてくるその音にまぎれ、時折低い呻くような悲鳴も聞こえてくるが、それはたちまち次の爆発音によってかき消される。

 それが聞こえるのと同時に衝撃波が周囲に撒き散らされ、同時に土やら石やらが弾け飛んでいくのが視界に入ってくる。


 すべてが、魔物の軍勢を相手にしている仲間達四人が繰り出す攻撃による産物だ。

 魔術の爆炎が、打撃ともいえよう強化された斬撃が、冷気が迸る鋭い刃が、悪を浄化する聖なる光が。

 それぞれ強力な力を持ってして、群がる魔物たちを駆逐していく。


 ――でも、それもそろそろ止むことだろう。


「なあ、今どんな気分だ?」


 僕は前方に立つ人型の姿に向かってそう声を投げ掛けた。

 決して背が高くない僕が見上げるには少々首が痛い、全長およそ二メートル近くはあるだろう巨体。

 身体を覆うのは焦げ茶色の硬そうな体毛。その体毛の上からでもわかるような筋骨隆々な体躯。


 それは人の体格を持ちながらも人ではなかった。


 『獣』。

 やはりあの姿を形容するならこの言葉がもっとも合う。

 そしてそれこそが、あの生命体に与えられた名称でもあった。


「自分が連れてきた魔物の軍勢が、ああやって僕の仲間に殲滅されていく気分は」


 対面して動かない『獣』に向ける意識の一割程を周囲へと向ける。

 意識して聞けば、鼓膜を叩く強烈な爆発音も徐々に少なくなってきていた。


 多分火力のでかい攻撃をするまでもない数に減ってきたのだろう。

 まあ、ほとんどが僕等にとっては雑魚ばかりだったけど。とは言え相手は魔物の大群だ。単体攻撃をちまちま使うよりかは広範囲に届く攻撃を使いたい。必然、色々と派手になるわけだ。


「大丈夫」


 時刻的にはまだ夕方なんだけど、陽射しは厚い雲が確実に遮っている。

 太陽が完全に隠れ、月が雲によって見えない闇夜程では勿論ないが、十分"暗い"。

 僕に適した良い環境だ。


「すぐにあっちで会える」


 次の瞬間、『獣』が毛むくじゃらな脚で地面を力強く蹴った。

 強化が施されていない生身の人間の身体くらいは、容易くグチャグチャにするだろう脚力。それだけで轟音と衝撃波が爆発し、地面が砕ける。


 突風が発生し、短く生える枯れ草が倒れた。砕けた地面の欠片が周囲へと飛び散る。

 二○メートルなんて距離はあの『獣』にとっては無いも同然なのだろう。


 超人的な筋力を備える奴は、その距離をたった一蹴りの跳躍で詰めに掛かる。

 殺人衝動に身を任せる『獣』は、眼光を輝かせて僕を殺しに来る。

 でも、距離が関係無いのは僕も一緒だった。


悪魔の黒矛(アモンズ・エスパイル)


 暗闇に多く滞留する闇属性の魔力『闇器』を大量に消費し、言霊と共に術式を演算。

 この世界で最も高位の魔術――神威術式の一つが展開される。

 僕の背後でギシギシと骨が軋む様な音が炸裂し、空間を裂く様な黒い亀裂が入った。


 それは一瞬で全方位に拡散していき、やがて奥に何も見えない空虚な黒く大きな穴となって佇む。

 だがそれもまた一瞬の話。


 そこから悍ましい量の何かが溢れ出てきた。

 それは黒い、まるでタコの足を連想させる触手の様なものだった。


 先端の尖った漆黒の影。それがその穴から数え切れない程伸びていく。


 悪魔の黒矛。

 なるほど確かに。


 穴から伸びる漆黒の影は悪魔が操る矛に見えよう。

 名は体を示すというがまさにその通りだと思う。


 なんて考えている内に、次は僕の身体の節々がミシミシと嫌な音を立てる。

 やっぱり一人でこの術式を扱うのは身体への負担が大きすぎるか。

 だけど、まあ、




「お前を殺せるなら、僕はどんな痛みさえ耐え抜ける」




 背後の穴から這い出てきた悪魔の矛が『獣』に殺到する。何もかもを断絶し、何もかもを貫き、何もかもを死に追いやる。そんな悪魔の破壊が僕の目の前に発生する。

 そして。


 ドッッッ!!! と。

 『獣』を全方位から貫いた黒い矛が蠢き、次の瞬間に虚空へと消えていった。


 勢いで空中に持ち上げられていた『獣』の穴だらけの身体が音を立てて地面に落ちる。


 その残骸からはもう全く生気を感じられない。

 僕はそれが分かった上で、自身に身体強化の術式を施しながら近づいて言う。


「姉さんを殺した事、後悔しながら無様に死ね」


 八つ当たりの様な言葉だった。

 身体強化を施した脚で『獣』のボロボロな身体を上空へと蹴り上げる。

 その姿を見送ることもせず、続けて術式を展開した。


「――雷撃の大槌エル・グロム・トニトルス


 ゴバッッ!! と、遥か上空で轟音が炸裂した。

 巨大な雷撃が『獣』にぶち当てられた音だろう。


 そんな想像をしながら僕は、全身を覆う痛みと脱力感に抗う事も出来ず地面に倒れ、気を失った。




 そして、その後。


 ――『獣』との戦闘があった荒野に五つの光が降り注ぎ、クラン『陽無き世界の支配者ナイトロード・オブ・グランデ』を構成する五人の姿が、形も残さず消え去った。



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