不器用な思いやり 5
エイラは二人の視線を受け止めながら、ジッと考え込んでいた。
二人が疑問に思うのは当然だ。その時期にライマールとエイラが、お互いを見知る機会など全くなかったのだから。
見知る機会がないにも関わらずそのような返答をすれば、誰だって疑問を感じてもおかしくない。
おそらく咄嗟に答えたせいで、辻褄まで気が回らなかったのだろう。
確かにボロは出ていたが、エイラが危惧していた物とは全く違い、ライマール自身が首を締めることになってしまっている。
どう答えるべきだろうか? と、エイラは更に考える。
ライマール自身は、自分の内に秘めている力について知られたくないと思っているのだ。
誤解は解いた方がいい。だが、本人が望まないことをすべきではない。
そもそも皇帝とクロドゥルフは、それを知ることでなにを望んでいるのだろうか?
お互いじっと黙り込み、出方を伺っていれば、皇帝が先に口を開いた。
「やはり、エイラ様はなにかご存知なのですね。……幼い頃より、あの子はどういうわけか、なるべく人を避けようとする節があった。単に人嫌いなのだろうと思っていましたが、母の態度に傷つき、エイラ様にだけはあのように笑顔を向ける姿を見て、驚いたと同時に、親として情けなく思いましてなぁ……いつ頃からあの子の笑顔を見ていなかったのかすらももう思い出せないほど、あの子は私達に心を閉ざしてしまっていただけだったのだと、今更ながらに気が付いたのですよ」
肩を落として落胆する皇帝の姿に、エイラはチクリと胸が痛んだ。
皇帝はふぅ……と嘆息を吐き出すと、どこか懐かしむように淡々と語り続けた。
「思い返せば物心つく頃より奇行の目立つ子ではあったが、初めから乱暴な子だったというわけではなかった……それがいつの間にか叱れば押し黙るようになり、表情を隠すように髪を伸ばし始め……母の寵愛を一身に受ける妹に嫉妬し、城から追い出す暴挙に走るような子にしてしまった……」
「父上それは!」
「それは違います」
思わず漏らした皇帝の告白を、クロドゥルフが制止しようとした所で、エイラがキッパリと断言する。
病人とは思えないくらい、シッカリと背筋を伸ばし断言するエイラに、皇帝とクロドゥルフが目を見開いた。
「実は、ツェナ様の件はイルミナ様よりご相談を受けていました。ライマール様がどうしてそのようなことをなさったのかは、流石に私も判り兼ねますが……ですが、身勝手な理由でそのようなことをなさる方では決してありません」
「……何故、そう言い切れるのですか?」
「家族想いの優しい方だと知っているからです。あらぬ噂を一身に受け、自分を犠牲にしてまでクロドゥルフ様の地位を守ろうとなさっていることを知っているからです。私のこともそうやって助けて頂き……いいえ、助けて下さっています」
「それは一体どういうことでしょうか?」
思いがけず自分の名を出され、今度はクロドゥルフが狼狽する。
そうですね…と、エイラは少しだけ考え、「これは私の独り言です」と、差し障りのない範囲で話し始める。
「とある国の女王が、ある事情で隣の国へと助けを求めやって来ました。女王は城から出たのは初めてで、小さな村で行き倒れてしまいます。すると、一人の王子が目の前に現れ、何もいわずに女王を介抱し、城へと招き入れました。女王はその国の国王に魔術師の援助を求めようとしましたが、王子はそれを遮って、女王との婚約を宣言しました。そうして王子は無償で女王の手助けを買って出たのです」
まるでおとぎ話でも話すかの様に、エイラは淡々と身の上を語る。
瞠目する二人にエイラは優しげな笑みを浮かべると、更に話し続けた。
「こうして女王は手厚い歓迎を受けましたが、城で過ごす内に、何故か王子は疎まれていると気がつきます。流石に女王も根も葉もない噂に腹を立て、"何故王子が疎まれているのに誰も何も言わないのでしょう"と、一人の家臣にボヤきました。するとその家臣は困ったようにこう答えたのです。"かの王子様はとても頭の良い方です。自分が良識のある王子だと知られてしまえば、貴族達に目を付けられ、兄である皇太子様を脅かす存在になってしまうのでは……と、恐れているのです"」
そこまで話してエイラは、「あら? ええと、この話の続きは……忘れてしまいました」と、空々しく呟く。
エイラは全て話し終えると、胸の支えが取れたようにスッとした晴れやかな気分を感じていた。
ライマールが知ればやはり怒るのだろうと思いもしたが、自分のせいでライマールが避難されたままというのはやはり気が引けていたし、なにより家族に誤解されたままなど悲しいことだと、エイラは後悔一つしていなかった。
一方、話を聞き終えた皇帝とクロドゥルフは、愕然と顔を青くしていた。
その表情からエイラの事情よりも、自分の息子と弟のことしか頭にないのは一目瞭然だった。
暫くの後、クロドゥルフは悔しそうに唇を噛み締め、「あの馬鹿…ッ!」と、拳を握り呟く。
皇帝に至っては目尻を赤くして、椅子の肘掛にすがる様に、なんとか体を支えている状態だった。
「余は……一体今まであの子の何を見ていたというのか……周りの報告だけを鵜呑みにし、一体どれだけあの子を傷つけてきたことか。あぁ……なんという……」
皇帝は口元を押さえ、半ば独り言のように呟く。
一つ一つを思い返せば、何か理由があったのではと思い至り、言葉を失う。
理解しようとしていたかのように見せかけて、息子を信じ切れていなかったのだと、皇帝はまた項垂れた。
すっかり意気消沈した皇帝に、クロドゥルフが「父上」と、声を掛ける。
その声に促されるように、なんとか皇帝は顔を上げると、顔色を悪くしたまま粛々とエイラに頭を下げた。
「見舞いにと申し出ておいて、親子共々このような醜態を晒し、誠に申し訳ないですが、どうにも考えがまとまりそうにありません。無礼とは思いますが、今日はこの辺で失礼させて頂きたく思います。話を聞かせて下さり誠、有り難うございます」
「いいえ、お気になさらず。私の方こそ混乱させてしまったみたいで、申し訳ありません」
「そのようなこと! エイラ様が話して下さらなければ、私も父も一生弟を誤解したままだったに違いありませんから。本当に、有り難う御座います」
二人が今一度深々と頭を下げ席を立つと、エイラは少し思案して再び二人に声を掛けた。
「最後に一つだけ宜しいでしょうか?」
「なんでしょうか?」
一歩踏み出し掛けて2人が首を傾げれば、エイラはまた微笑を浮かべて二人に言った。
「私からお話できることはもうありませんが……ライマール様が抱えている物をどうか見逃さないであげて下さい。そしてどうか彼の望むままに。女王としてではなく、将来の伴侶としてお二人にお願いしたいのです」
背筋を伸ばし見上げるエイラの真意を図りかねながらも、二人は神妙に頷く。
扉の前まで歩み寄った後、皇帝とクロドゥルフは改めて粛々と敬意を表し、退室した。




