守りたい者 5
確かに……と、エイラは内心相槌を打つ。
もしこのままライマールがエイラの元へ本当に婿養子に入るのであれば、ライマールは家族と離れ、竜の国で暮らすことになる。
そうなれば簡単にはデールへと帰ってこれなくなるだろうし、家族との溝を埋める機会は二度と訪れなくなってしまうかもしれない。
でもなぜ、イルミナはライマールをここまで気遣ってくれるのだろうか?
実の父である皇帝や兄のクロドゥルフでさえ諦めている節があるのに、血の繋がりのない義理の弟のために、エイラの不興も顧みず、なぜここまで気にかけることができるのだろうか?
間近で仕えているメルはともかく、他の人間からは得体の知れない王子と認識されている。
彼女はライマールについての噂をどう感じているのだろうか?
しばらく重い沈黙が流れた後、エイラは率直にイルミナに尋ねる。
「あの……失礼ですが、イルミナ様はライマール様が私欲で動いておられるとはお考えにならないのですか?」
イルミナはエイラの言わんとすることを察したのか、苦笑を浮かべ手元の紅茶へと視線を移す。
「私の弟はライマール様に教えを請う、見習い魔術師の一人です。私達は元々貴族でもなく、小さな村に住む平民にすぎませんでした。両親と弟、貧しい暮らしでしたがごく平凡に、幸せな日々を過ごしていました」
……住んでいた村に死霊が大量発生するまでは。とイルミナは語る。
死霊レイスは帝国の森に古くから住み着く悪鬼の一種で、触れられたが最後、生気を奪われ、奪われた者も死霊と化してしまう恐ろしいモンスターだ。
三五〇年前の戦争の影響を受けたのはネクロマンサーだけではない。
レイスもまた戦争の影響で異常発生することが増えていた。
「騎士団と魔術団が到着するまでの間に、村の半数以上の人間が被害に遭いました。小さな村でしたから、主要な転送陣へは繋がっていませんでしたし、魔術師も今よりかなり騎士団の監視が厳しくて助けが遅れてしまったんです。私の両親もその時に……」
それは現実とは思えないほど恐ろしい光景だった。
時折森から招かれざる客が来訪することは、この国では珍しくない。
森に住む獰猛なモンスターがこの国の治安維持に一役買っているため、遠征の命が下されることは滅多になかったが、どんなに小さな村や町でも巡回の魔術師や警備兵が常駐していた。
それでもレイスはやってきてしまった。夕暮れ時、大量に押し寄せる形で。
音も、悲鳴を上げる間もなく、ただ静かに人々が取り込まれていく不気味な光景が周囲で繰り広げられる中、二人の子供を守ろうと、自分達が囮となって家を飛び出した両親の背中をイルミナは思い出す。
カップを握り締める手に力が篭り、イルミナの瞳が微かに揺らぐ。
自分を落ち着かせるために、イルミナは紅茶を口に運ぶと、フッと息を吐き出して、更に話を進めた。
「騎士達を押し退ける形で先導に立ってレイスを駆除したのは、他でもないライマール様でした。窓から見えたその姿は、天神族が降りてきたのかと見紛うくらい神々しくて……全てが終わった後、迷うことなく私達の前へ歩み寄って、すまないって仰ったんです。昨日と同じ……とても辛そうなお顔で。なにもかも初めから判っておられたのだと知るのに、時間は掛かりませんでした」
なにもかも初めからと言うイルミナにエイラは目を見開く。
そのエイラの視線を受け止めイルミナが頷くと、保護されてすぐにライマールとメルの会話を聞いてしまったのだと答えた。
せめて助けてもらったお礼をと、ライマールを探していた時、不意に近くの小屋から、誰かが口論する声が聞こえてきたのだという。
気になって外から窓を除けば、金髪の少年と、まだ幼さの残る黒く長い前髪の少年ーーライマールが口論をしているのが見えた。
*********
『一体どういうことですか!? 騎士団の制止も聞かずに魔術師を引き連れた挙句城を抜け出して、こんな辺境まで連れて来られたと思ったら、いきなりレイスの群れの中で、あんな見たこともないようなな魔法を……訳がわからないです! ちゃんと説明してください!!』
『くどい! 村は壊滅しなかった。それでいいだろう』
『よくありません! 姉さんになんて説明をするおつもりです? 陛下やクロドゥルフ様は元より、アスベルグだって黙ってませんよ?!』
『……お前はそれを聞いてどうするつもりだ。古くから王に代々仕え、影で支え、"メル"の名に縛られ、やはりお前もその道を……王を選ぶとでもいうつもりか?』
フンっとライマールが長い前髪の下で歪んだ笑みを浮かべると、メルはカーッと顔を赤くして、憤慨した様子で、自分よりも小さな少年を憎々しげに睨み付けた。
一触即発の空気が窓越しにも伝わり、イルミナは顔を強張らせる。
いけないことと知りつつも、二人の迫力にその場から動けなくなってしまっていた。
外のそんな気配にも気づかずに、二人は睨み合い、メルは怒りを押し殺して、くぐもった声を絞り出す。
『馬鹿にしないで下さい……確かに"メル"の名は呪われているってボクも思います。ですが、ボクは"メル"であることに不満があるわけではありません! 寧ろ誇りです!! 主人を選ぶのは"メル"であるボク自身の意思だし、強要されているわけではありません! ボクの……私の主人は貴方だ!! 貴方が時折傷付いたような顔をしたり、ワザとなにか自分に非があるように見せたりすることがあるのを、私が知らないとでも!? 私は確かに口煩いかもしれませんが、主人の意に背くようなことをするつもりはありません! ご命令ならば、誰にも、陛下にだって! 話すなというのなら決して口外なんてしません! ですから、私くらいにはその痛みくらい共有させて下さい!!』
一切の迷いなく、メルがまっすぐライマールを見据えていれば、その視線を避けるようにライマールがプイッと俯いてしまう。
『口では……なんとでも言える』
『……本気でそう思っていますか? だったら何でまたそんなに泣きそうな顔をしているんですか。ボクはちゃんと誓えますよ。どんな話であれ、貴方がご命令ならば誰にも言いません。決して』
再び強調するように言った後、メルの表情がふっと和らぐ。
イルミナのいる場所からライマールの顔は見えていなかったが、きつく拳を握っている姿はみて取れた。
やがれぐすぐすと鼻を啜るような音が聞こえて来ると、メルはぽんぽんとライマールの背に手を回し、宥めはじめる。
するとライマールは、「子供扱いするな……」と口では反抗的に、しかし態度では縋るようにメルの服をギュッと握っていた。
しばらくして、幼いライマールはぽつりぽつりと話し始める。
自分の力が神獣の力であること、意図的にも意図せずとも、先の……未来が見えてしまうこと。
メルはただ静かにそれに耳を傾けていた。
そしてその信じられない内容は外にいたイルミナの耳にも届き、更に衝撃的な事実を知ることとなった。
『俺はもうずっと前から……この村が襲われることを知っていたんだ』




