神の肉片と魂の番人 1
=====
ライマールの国内での評判といえば、狂気の王子、夢境魔術団の違法団長、ネクロマンサー、皇帝位を狙う残忍非道な極悪王子等々、とにかく物騒極まりないものが多く、誰もが恐れ慄き近寄ろうとするものなどいなかった。
ライマールに対する不敬罪を問えば、おそらく国中のほとんどの国民を牢に入れざるを得ないだろう。
もっとも本人がそれを見て見ぬフリをしているのだから、噂は助長する一方だった。
それは無論城内でも同じなのだが、前髪を切っただけで騎士や侍女達のライマールに対して抱いていた印象がガラリと変わったらしく、朝食後には城に新しい噂が瞬く間に広まっていた。
「どうやらエイラ様がなにか邪気を払うようなまじないをかけたらしい」
「いや、侍従の話だと恋をしたことで改心したとの噂だったぞ」
「お前らなに言ってるんだ。あのライマール様だぞ? 見た目に騙されるな! きっとあの姿でなにか企んでるに違いない」
と、そんなひそひそ話があちこちで聞こえてくる。
これだけ方々から話し声がすれば、エイラの耳にだって嫌でも入ってきてしまうというもので……。
ライマールの研究室へ向かいながら、エイラは随分と酷い言われようだと、ヒソヒソと話し込んでいた騎士達に向かって、殺気を含んだ笑みを浮かべて威圧した。
騎士達はそれに気がついて、咄嗟に話すのをやめ、背筋を伸ばしてエイラに敬礼する。
エイラはそれを一瞥してその場を後にすると、イライラと考えあぐねる。
何故誰も咎めようとしないのだろうか?
全てが憶測の域を出ていない噂でしかないのに、皆堂々とそれを口にしている。
魔術師で、いかに奇行が目立っても、仮にも一国の王子で、自分達が仕えている主ではないのか?
皆が誤解しているのは知っている。だが、それでもしていいことと悪いことはあるはずだ。
エイラは気がつけば、かなり不穏な空気を身に纏ってライマールの研究室の前まで来ていた。
一方、研究室の中では昨日と同じように、漆黒の薔薇の実を腕組みしながら睨みつけるライマールと、その背をチラチラと横目で観察しながら、薔薇の実から排出された棘をいそいそと処理するアダルベルトとメルの姿があった。
「うっとおしい!出て行け!!」
二人の視線に耐えかねて、ライマールが怒鳴りつけると、アダルベルトとメルはヒョイっと肩を竦めた。
「いやー……だって、あんなに嫌がっていた前髪を切るだなんて……ねぇ?」
メルがニヤニヤと笑ながら言えば、アダルベルトも興味深げに耳をピクピクと動かして戸惑いがちに頷いた。
「女王陛下がお越しになられてから驚かされてばかりだが……なんで伸ばされていたんですかな? ……魔除けか?」
「前髪にそんな効果はないよ……単純に目を見られたくなかったんでしょ」
ボソリと呟いたアダルベルトに対して、呆れながらにメルが言えば、成る程。とアダルベルトが納得する。
するとムッとした顔をして、ライマールはボソリと呟いた。
「…………からだ」
「え? なんです?」
「……隠しごとができないからだ」
メルが聞き返せば、バツが悪そうに頬を染めて、俯きがちにライマールはそう答えた。
その答えにアダルベルトとメルはキョトンとする。
「隠しごとができないですと……? 常にむすっとしてる癖になにを……」
「……常にむすっとはしていない」
ライマールがムッとすると、「ほら、しておられますぞ」とアダルベルトは思わずツッコミを入れる。
すると少々傷ついたような顔をして、ライマールはぷいっとまた机に向かって無言のまま薔薇の実と格闘しだした。
アダルベルトがあんぐりと口を開けていれば、メルがはぁ……と、肩を落として嘆息をつく。
「言動には気をつけろよ……。一度落ち込むと大変なんだから……」
「別に落ち込んでなどない!」
バンッと机を叩いてライマールはメルを睨み付ける。
……が、その目尻は少々赤味がかっているのは誰の目から見ても明らかだった。
「……確かに、隠しごとはできないみたいだな」
アダルベルトがポツリと呟いた直後、ライマールの瞳がゆらりと微かに金色に揺れる。
その様子を見て、アダルベルトとメルが少々怯めば、ライマールはまた少し傷ついたような顔をしてから、ムッと口をへの字に曲げて、スタスタと扉の方へ歩いて行った。
やがて扉の前で、そわそわと落ち着きをなくすライマール不審に思い、メルとアダルベルトが首を傾げれば、ライマールは伸ばしかけていた手を引っ込めて「メル」と自分の小間使いの名を呼んだ。
「な、なんでしょうか?」
「開けろ」
そう言って、またそっぽを向いて机の方へと戻って行く。
その顔が耳まで赤いことを訝しみながらも、恐る恐るメルが扉を開ければ、ノックをしようとしていたエイラの驚いた姿がそこにあった。
メルの方も面を食らった顔をしてエイラを見たが、やがてハッとしてライマールの方へ振り向き、「ははーん」と呟きながら目を細めると、またエイラへと視線を戻し、にこにこと笑って挨拶をした。
「おはようございますエイラ様。ライマール様にごようですか? どうぞどうぞ中へ!」
「お、はようございます。あの、どちらかへ行かれるところだったのですか? でしたら出直しますが……」
面を食らった顔でエイラがそう言えば、メルはにこにこと「いえいえ〜」とエイラに返事を返す。
「ボクはライマール様に扉を開けるように言われただけですよ。ホントはライマール様が開けようとなさっていたんですが、恥ずかしがって奥に引っ込んでしまったので、ボクが代わりに開けたんですよ。本当困った主人ですよね。あれは多分扉を開けた後、なんて声を掛けるべきかと悩んでーー」
「メル!!」
ベラベラと、あることないこと口にするメルに向かって、真っ赤な顔でライマールが怒号を上げる。
するとメルはひょいっと肩を竦ませて「どうぞこちらへ」と、悪びれもせずにエイラを部屋の中へと案内した。
エイラが苦笑を浮かべながらソファーへ座ると、メルが茶器を取りに部屋の奥へと消えていき、代わりにライマールが少しバツが悪そうにエイラの前にどかりと座り込んだ。
「何の用だ」
頬を染めながらも憮然としてライマールが言えば、エイラは躊躇いがちに口を開く。
「その……昨日は結局キチンとお話出来ませんでしたので……アレについて、なにか解りましたか?」
エイラがライマールの背後にある薔薇の実にチラリと視線を送れば、ライマールは一度振り返った後、エイラに向き直って「いや」と答えた。
その答えに少しだけホッとして、エイラは少々神妙に居住まいを正す。
「そうですか……。あの、ライマール様はなぜアレを調べておられるのですか? アレが原因だとライマール様は仰っていましたが……アレがなんなのかを知ってどうなさるおつもりなのですか?」
「無論処分できるものなら処分するつもりだ。それに、お前の国の人間がアレと同じものを植え付けられているのだとしたら、取り出せたとしても処分方法が解らない状態では、無駄に"呪"が増えていく可能性がある。何らかの方法で、今だにアレが生み出されているのであれば、食い止めなければならんし、野放しにしていていいものではない」




