自意識過剰に罰当たり 5
=====
エイラとメルが和やかに城を散策していた丁度その頃、ライマールは険しい顔でひとつの瓶と向き合っていた。
そこへ昨日のエイラから処分を受けたアダルベルトが、居心地悪そうに中へと入ってくる。
そして部屋に入ってすぐに目に飛び込んできた異様な光景に、ギョッと目を剥く。
ライマールが使っている研究室は、他の魔術師が使っている総合研究室に比べれば狭いものだが、王族の使う寝室よりはひと周りは大きい。
その部屋中に、"呪"と呼ばれる棘のような魔法文字がビッシリと入った小さな瓶が所狭しと、至るところに転がっていたのだ。
アダルベルトはアスベルグ騎士団所属ではあるが、国の治安を守る以上、"呪"がどういう形状の物なのかくらいは知っていた。
その禍々しい物が散乱する中で、真っ黒なローブに身を包み、ご丁寧にフードまで目深に被り、黒く長い前髪で顔を隠した王子が佇んでいるのだから、不気味なことこの上ない。
ゾッとするほどおぞましい光景に、アダルベルトはピンと立っていた耳を伏せ、全身の毛をブワリと逆立てた。
その反応を予測していたかのように、ライマールが振り向きもせずにアダルベルトに言い放つ。
「喚くなよ? 手伝う気があるなら、その辺に転がってる"呪"を処分してこい。手伝う気がないなら出て行け」
「処分って……これ全部どこへ持って行けと!? 貴様っ、やはり!!」
悪びれもせずに淡々として指示を出してくるライマールに、アダルベルトはカッとなって睨みつける。
女王には悪いが、目の前のこの王子が違法な研究をしているのは、目に見えて明らかだ。
今度こそ動かぬ証拠を見つけたと全身を震わせるアダルベルトに、ライマールは大きな溜息をついて、やはり振り向きもせずに追い払うように手を振った。
「喚くなと言った。お前の相手をしてるほど暇じゃない。わからんならその辺の魔術師にでも聞け」
それだけ言ってライマールは目の前の瓶を睨み付けて呪文を紡ぐ。
パチンパチンと泡が弾ける様な音が目の前で響き渡り、ライマールが呪文を唱えるのをピタリと止めれば、バキリ……と、何かが折れるような大きな音がして、そこからまた新たな"呪"が溢れ出してくる。
ライマールは「ッチ」っと苛立たしげに舌打ちをしたかと思うと、今度は黒い色をしたなにかを新しい瓶へと移す。
そして元の瓶から溢れた"呪"を、埃でも払うかのように机の上から床へとぞんざいに振り払った。
「今出た"呪"も処分しておけ! まったく……なんなんだこれは……」
イライラと大きな瓶を抱えて、ライマールはそのまま部屋の奥へと移動する。
アダルベルトは一連の出来事に唖然として、しばらくその場で硬直してしまう。
国内の治安維持のためにネクロマンサーの残党と対峙することはそれなりに経験していたし、死体から"呪"が漏れ出すさまを見たことだって多少なりともあった。
しかし、今、目の前で溢れ出した呪"の量は、ネクロマンサーが発するそれとも、死体から漏れ出るそれとも、比べ物にならないくらい大量の"呪"だった。
(一体……あの王子は何を企んでいる? 国中の人間を死人にでも変えるつもりじゃないだろうな……)
古い書物と先程の瓶を抱えて戻ってきたライマールは、ゾッと身動きが取れなくなってしまっていたアダルベルトに、呆れたように肩を落とした。
「何をしている? ぼけっと突っ立っているくらいなら出て行け。それと俺預かりというなら、一応機密は守ってもらうぞ。俺はリータほど甘くはない。覚悟しておけ」
ライマールはそれだけ言い放つと、おもむろに床へ座り込んで、パラパラと書物をめくり、大きな瓶と睨めっこを始める。
問い詰めたいことは色々あるが、アダルベルトは腑に落ちないといった顔で、渋々作業に取り掛かる。
自分に見えていないものなど本当にあるのだろうか?
その目を曇らせるなと女王は言った。
まだここへ来たばかりだが、どうしても自分の目に狂いはないとしか思えない。
しかし女王の処罰が有効な今は、とりあえず言われた通り、部屋にある"呪"の処理にただ黙々と徹することに努めた。
一方ライマールは、ここ三日ほど向き合っている、目の前の漆黒の物体に頭を悩ませていた。
薔薇の実の形をしたそれは、エイラの喉から出てきた例の"呪"を生み出していた物体だ。
これがなんなのか探ろうとすればするほど、少しの刺激で実は"呪"を大量に吐き出してしまう。
少なからずこれ自体は魔法文字でないことだけは断言できる。
竜の国にいるネクロマンサーは、この得体の知れない物体を作り出すほどの高度な技術を持っているという事なのか?
魔法に関しては誰よりも知識があるという自信があったが、ライマールにしては珍しく内心焦りを感じていた。
そもそも帝国が生み出した"呪"とは、無限に溢れ出るような代物ではなく、死人が排出した"呪"を、役目を終えて消えてしまう前に、この世界へ留める術でしかないのだ。
無限に湧き出てる"呪"など聞いたこともなければ見たこともない。
おそらくはリータが排出したこの実のみがそれを可能としているのだろう。
ならこれは何で出来ているのか?
魔法文字の塊なのだとしたら、実は"呪"を排出した分、小さくなっていかなければおかしい。
しかしこれにそんな気配は全くない。
こんなものはどう考えても個人で作れるようなレベルの代物ではない。
何らかの組織がいたとしても、国家規模の予算がなければ到底開発など無理だし、半年そこらで作り出せるようなものでもない。
はっきり言って、数百年単位で時間をかけたとしても解明自体が難しい気がする。
(……そもそもリータは、どのタイミングでこれを体内に入れられたんだ?)
瓶から実を取り出し、摘まんでじっと観察する。
薔薇の実の形状をしているということは、もしかして半年前は別の形状をしていたのだろうか?
元が種の形状だったのだとすれば、気付かないうちに植え付けられた可能性もあるが……。
「もう少し詳しく話を聞いた方がいいのかもしれんな……」
呟いて、再び実を瓶に戻すと、ライマールは立ち上がって、それを机の上に戻す。
"呪"の処分を黙々と行っていたアダルベルトが、再び部屋へと戻って来たところで、ライマールは彼を制止し、新たな用を言いつけた。
「それはもういい。リータをここへ呼んでこい」
ライマールが横柄に言えば、アダルベルトもかなりムッとした様子で扉へ向かう。
「……このような部屋へお招きして、フラれても知りませんぞ」
部屋を出る寸前、アダルベルトは仕返しとばかりに、ライマールに向かって悪態を吐く。
ライマールはアダルベルトに指摘され、部屋の有様を一周見渡した後、腕を組みながら無言でその場に立ち尽くした。




