自意識過剰に罰当たり 1
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「なっなっなっ……なんでそんな事に!?」
謁見を終え、ライマールが自室に戻り、荷を解いて早速魔法の研究に勤しんでいれば、メルが真っ青な顔で頭を抱えて悲鳴を上げた。
謁見室での話を聞けば、あろうことかこの主人は女王との婚約を宣言したと言うではないか。
援軍の話がなぜそんな話になったのか。
元より理解不能な主人をメルはますます理解できなくなってしまった。
「五月蝿い。元々あった話を明確にしただけの事だ。いちいち騒ぐな」
「いや、いやいやいや! おかしいでしょう!? エイラ様は助けを求めてきたんですよ? それがなんで全く関係のない婚約なんて話が…………え? 元々あった話?」
またまた聞き捨てならない事実が増えて、メルはまた主人をポカンとした顔で凝視する。
するとライムはかなり面倒臭そうに口を開いた。
「あれとの婚約は俺が幼い頃からあった話だ。……手伝う気がないなら出て行け」
「……ボク、ライマール様に仕えるようになって、だいぶ経つと思うんですが、聞いてませんよそんな話」
「そうか」
「そうか。……じゃないでしょう?! ううう〜ボクってライマール様にとってどんな存在なんですかね? かなりショックですよ」
無口な主人なりに自分にだけは色々と話してくれていると思っていただけに、メルはガックリと肩を落とす。
するとライマールは大きな溜息をついて、手にしていた厚手の本を机に向かって放り投げた。
その弾みで対面にあった書類の山がドサリと崩れ落ちると、ライマールは更に苛立たしげに舌打ちを打つ。
「俺が自分からあれこれ話すのはあまり得意ではないことぐらい知っているだろう。あれに関してはなおさらだ。これ以上聞くな」
あれの意味するところは、文脈からしておそらくエイラなのだろうが……。
いやまさかとメルは首を捻り、作業を再開した主人の顔をまじまじと後ろから覗き込む。
すると顔を見られたくないのか、ライマールはフードを目深に被ったまま、新たな書物を手に、明後日の方向へと移動してしまう。
それを無言でメルが追いかければ、また別の場所へとライマールが移動する。
流石に鬱陶しすぎたのか、ライマールはとうとう怒声を落とす。
「なんだ! 用もないのについて回るな! 鬱陶しい!!」
メルはライマールの反応に、ようやく合点がいったと、反省するどころかニヤニヤと笑みを浮かべて自分の主人をからかった。
「いいえ〜。珍しいものが見れたなぁと思いまして。そうですかそうですか。……はー。年相応には少年なんですね〜。ライマール様も」
メルが嬉しそうにニヤついていれば、ライマールはまた「チッ」っと舌打ちをして、メルの視線を意識から振り払う様に研究に没頭し始める。
これ以上からかうのも悪いかなと苦笑して、メルもまた自分の仕事に手をつけ始めた。
そんな風に各々仕事を始めた矢先、来客を告げる音が扉から聞こえてくる。
メルが扉を開けてみると、クロドゥルフがアダルベルトを引き連れて、「今大丈夫かい?」と視線で礼を寄越してきた。
珍しいなと思いつつ、メルが二人を部屋へ入れれば、ライマールはさらに機嫌を損ねて口をへの字に曲げてしまう。
これはなんだか厄介なことになりそうなだと、メルはこっそり肩を竦めた。
「何の用だ。下らん用なら帰れ」
「なんでお前はそう毎回ケンカ腰なんだ? 大方の話を聞いて、アダルベルトの件で謝罪しにきたんだ。本人も誤解を認めきちんと謝罪したいと言っている。すまなかったな」
クロドゥルフがアダルベルトの肩を軽く叩くと、アダルベルトは少々不服そうに頭を下げて、渋々と言った感じで謝罪を口にしだした。
「……此度のことは知らなかったとはいえ、殿下に対して不遜な態度を取ってしまい……また、女王陛下とは知らずにあのような暴挙を行ってしまったことに対して私はーー」
「いらん! 謝りたいならリータにいくらでも謝ればいいだろう。済んだことをいちいち掘り返すな。用がそれだけならとっとと出て行け」
ライマールはアダルベルトの言葉を遮って怒鳴りつける。
それを受けて、アダルベルトが耳を伏せながらグッと息を飲み込めば、クロドゥルフが苦笑して彼を労い、下がるように促した。
アダルベルトはそれに従い、一礼してその場をそそくさと去っていく。
メルがなんともいえない気持ちでそれを見送っていると、クロドゥルフは部屋から出て行くことなく、近くにあったソファーに座り、作業を再開したライマールの背をジッと観察しだした。
メルはおずおずとクロドゥルフにお茶を勧める。
すると彼はニコリと愛嬌のある笑みを浮かべて、メルに礼を述べてそれを口にした。
クロドゥルフはしばらく黙って茶をすする。
ライマールの方も特に追い出そうなどということはせずに、ただ黙々と作業を続けている。
「……さっきのは何処まで本気だ? ここは公式の場ではないし、たまには本音を喋ってはくれないか?」
テーブルに置かれたカップに、メルが二杯目を注ごうとしたところで、クロドゥルフはメルを制止し、ライマールの背に向かって問いかける。
"さっきの"が指すところは、おそらく謁見室でライマールが婚約を宣言したこととなにか関係があるのだろうと、メルは静々と後ろに下がりながら、ライマールへと目を向ける。
ライマールは先程のように怒鳴りこそしなかったが、しかしそれでも不機嫌そうにクロドゥルフに答えていた。
「俺は本音以外、口にしたつもりはない」
「本当に本音と言えるのか? あの場では勢いで誤魔化せたかもしれないが、俺にはどうもエイラ様の態度がお前と食い違っているようにしか……」
「……イルミナ」
「何?」
ライマールは不意に義姉の名を呟く。
何の脈絡もなく唐突に自分の妻の名を言われたクロドゥルフは、不可解そうに眉をひそめていた。
そばで聞いていたメルもクロドゥルフ同様で、訝しげに首を捻る。
「お前がイルミナと初めてあった時のことを覚えているか?」
「うん? ……ああ、お前が興味本位で教え子の姉見たさに使いに寄越したのは良かったが、相手をするのが面倒臭いと、お前はたまたま通りかかった俺に城の案内を押し付けてきて……わけもわからず二人で面を食らったのをよく覚えているぞ」
「そうか。良かったな」
「……何がだ?」
「……さあな」
フッとライマールは口端を上げて、なぜか勝ち誇ったようにクロドゥルフを見下ろした。
クロドゥルフはますますわけが解らないと眉を顰めたが、やがて話をすり替えられたのだと思い至ったようで、頭痛がするとばかりにこめかみを押さえた。
「お前はそうやっていつも話をすり替えようとするが、今回ばかりはそれで済まされないぞ? これはお前だけの問題じゃないことくらい解っているんだろう?」
「話をすり替えたつもりはない。本音かと聞かれたから答えたまでだ。それに周りがなんと言おうとリータと俺の問題だ。口出しはさせない」
本音かと聞かれてなぜ自分の馴れ初めの話が出てくるのかと、クロドゥルフはとうとう両手で頭を抱え込んでしまう。
するとずっと黙って聞いていたメルが、唐突にひらめいたようにポンッと手を打ち声を上げる。
ライマールの言葉が足りないのは今に始まったことじゃない。
それにライマールは少々特殊な主人であることをメルはクロドゥルフよりもよく理解している自信がある。
クロドゥルフが来る前の発言と態度からも、おそらくそういうことなのだろう。
メルは一人、目をキラキラと輝かせた。
驚いてメルを見つめるクロドゥルフと、バツが悪そうに顔を顰めるライマールに見つめられながら、メルは興奮した様子で、ライマールにつめ寄った。
「もしかして……ライマール様はクロドゥルフ様にエイラ様が取られるのではと危惧して先手に出たんですか!? 一体いつからエイラ様のことが好きだったんです? いや〜、まさかライマール様がそこまで一途だったとは意外ですね!」
「なんでお前はそういちいち五月蝿い! 主人の話に割って入るな。黙れ」
「照れる必要はないですよ。かなーり遠回しですが、ライマール様は絶対にそう言いたいんですよ。クロドゥルフ様!」
どうやらやはり当たりだったようで、メルが嬉々としてクロドゥルフに言えば、ライマールはバツが悪そうにそっぽを向いてしまう。
クロドゥルフは「そんなまさか……」と、思わず身を乗り出して、信じられないものを見るような顔で、自分の弟を凝視する。
「先手というより後手だと思うが……お前、メルが言ったことは本当なのか……?」
指摘されてみれば、クロドゥルフには確かに思い当たる節があった。
イルミナと出会ってすぐに恋に落ちたかと言われればそうでもなかったし、好きになるまでの過程に、よくよく思い返せばライマールが直接的にも間接的にも関わっていたような気がする。
エイラとの婚約を破断にさせるために、前々から動いていたのだろうと自覚すれば、若干自分の弟にうすら寒いするものを感じてしまう。
メルの指摘を認めてしまえば、謁見中にライマールが言った言葉は、確かに本心ということになる。
「本音を聞かれて嘘を答えてどうする。……そういう顔をするから答えたくなかったんだ」
微妙な顔で青ざめるクロドゥルフを見下ろして、ライマールは若干傷ついたように顔を背け、俯いてしまう。
何年かぶりに目にしたであろう弟の悲しげな雰囲気をどう感じたのか、クロドゥルフは表情を改め、難しい顔で思案しだした。
それを見たメルも、気遣わしげにライマールとクロドゥルフを交互に見やる。
クロドゥルフとライマールは、長年仲が悪かった。
もっと正確に言えば家族の中……いや国内でもライマールは孤立した存在といえるだろう。
それはライマールが魔術師であるという以前に、幼少期より日常的に起こしている数々の奇行とそれにまつわる噂や、とある事件のせいといえる。
しかし本人が決して話そうとしないせいで、今日に至るまで、クロドゥルフは弟に対して、何の疑問も抱かずに、ただひたすら恨みと警戒すべき対象として接触を避けてる節があった。
しかし今回のライマールの奇行は、クロドゥルフなりになにか思うところがあったらしい。
少なからず彼の中では、ライマールは人を愛するどころか、都合の悪い人間は、たとえ親族であろうと排除しようとするような弟だと思い込んでいるのが、端でから見ていても感じられたし、ライマール自身もそんな風に誤解を生むような行動しか取ってきていなかった。
謁見室でなにがあったのかは判らないが、少し歩み寄ってみようとクロドゥルフが思ったのは確かだろう。
ライマールの部屋に何年も足を踏み入れようとしなかった彼が、自ら訪れたこと事態が奇跡に近い。
そして今、クロドゥルフの弟である当のライマールは、前髪とフードで表情こそ隠れているものの、明らかに兄の態度に傷付いた様子で俯いている。
ライマールのその反応に、クロドゥルフはやはり不可解そうに眉を顰めた。
「お前こそ、なんでそんな、さも傷つきましたと言わんばかりの態度をとるんだ? お前は俺や父上という存在が邪魔なんじゃないのか?」
思った疑問を口にすればライマールは「またか……」と、辟易した様子で首を振った。
「そう思ってるのはお前達の方だろう? 権力など俺は興味ない」
「ならば……ならば何故ツェナを追い出すようなまねをした! あの子が一体なにをしたというんだ! お前に……一番、懐いていたというのに……」
唇を噛んでクロドゥルフが俯けば、ライマールは逡巡した後小さな声で「すまん」とだけ答えて身を縮める。
"ツェナ"のことを家族に問いただされれば、ライマールは必ず謝るだけで説明をしようとしない。
彼女がいなくなって、もう三年も経つというのに、ライマールは決して誰にも真相を話そうとはしなかった。
そばにずっとライマールに仕えているメルも、その話だけは聞きたくても聞けずにいた。
「謝罪は聞き飽きた。お前は一生話さないつもりなのか?」
「…………」
ライマールが何も言わずに黙りこめば、クロドゥルフは深く嘆息を吐いて立ち上がる。
「もういい。今回のことで、少しはお前も歩み寄ってくれるのではと期待していたのだが、無駄だったようだな。……邪魔をした」
完全に弟に失望した様子で、クロドゥルフは諦めたように部屋を後にする。
ライマールはその後を追うでもなく、ローブの下でグッと拳を握り、必死で何かに耐えて立ち尽くしていた。
「いいんですか? ライマール様。このままじゃ本当に…………っああぁ! もうっ!!」
剣呑とした空気にオロオロとしていたメルが、慌ててクロドゥルフの後を追い、独りになったところで、ライマールはようやくポツリと呟く。
「話さないんじゃない。……話せないんだ」
ライマールは机の前にある窓から外を見上げ、苦しげに一人の少女の名を呼ぶ。
紫色の瞳がゆらりと金色に変化し、ライマールはそれを覆い隠すように静かに目を伏せる。
そうしてメルが戻ってくるまで、ライマールは佇んだまま、その場で小さく震え続けていた。




