老爺と娘
庭先に植えられたゼニアオイが、真っ直ぐ伸びた茎から目一杯に葉や花弁を広げている。
それを、一人の老爺が縁側にあぐらをかいて眺めていた。
その老爺は、名を友脇清十朗という。
少し骨ばった体を和服に包み、紫煙をくゆらせているその姿は、いかにも好々爺然としたものだ。
その、日に焼けたシワの深い顔でじっとゼニアオイを見つめる清十郎のすぐ後ろの襖から、声が聞こえてきた。
「おじいちゃん、ちょっといい?」
そう言いつつ襖を開けたのは若い女性だった。真っ黒な服を着ている。
女性は顔を出してすぐにしかめた。
しかめて、清十郎が持つ煙を出し続けているそれを奪い、脇にある灰皿へ押しつけ、
「吸わないって約束したのに」
睨みつけた。
清十郎は、見事に禿げ上がった頭を掻きつつ照れ笑いを浮かべて、
「つい、な」
悪びれもせずに答えると、
「それより、用があるんじゃろ? 沙奈」
娘がなにか言いかけるのを遮るように続けて言った。
沙奈は一つ溜め息をつくと、ポケットから一枚の古ぼけた写真を取り出した。
「これ」
その白黒の写真には、結婚式のための衣装を身にまとった一組の男女が写っていて、隅にはゼニアオイも写り込んでいる。
「随分と、懐かしいものを持ってきたのう」
目を細めて、写真を労わるようにしながら受け取る。
「写ってるの、おじいちゃんとあばあちゃんだよね?」
「そうじゃ」
「やっぱり」
「どこでこれを?」
「押入れの荷物の中に挟まってた」
「そうか、そんなところにあったか……」
「うん。もしかしたらと思って」
「そうか……」
しばらくの沈黙のあと、沙奈は奥へ戻っていった。
目から溢れるものを拭おうともせずに写真を見つめる清十郎へ、
「長生きしてよ」
とだけ言い残して。