あなたの未練 お聴きします 第七部
次の日、私たちは校門から出てくる美紀ちゃんを捕まえた。
紫苑ちゃんの親戚だと言うと、美紀ちゃんは表情を暗くしつつも、昨日の、学校近くの公園で快く話に応じてくれた。
「紫苑とは、幼稚園の頃からの親友だったんです」
美紀ちゃんは言った。
「何でも話せる友達で、まるで姉妹のように仲がよかった。それが、こんなことに……」
美紀ちゃんはそこまで言うと、さめざめと泣き出した。
「お察しします」
先輩が言った。
ハンカチを差し出そうとして、それがしわくちゃになっていることに気付き、困ったような表情になる。
「どうぞ」
私は綺麗に折りたたんでおいたハンカチを美紀ちゃんに手渡した。
「ありがとうございます」
美紀ちゃんはそういって、ハンカチを受け取った。
「でも、大丈夫です。あんまり悲しんでると、紫苑も天国で安心できないだろうから」
先輩は頭をぼりぼり掻くと、
「私どもにも青天の霹靂で……紫苑ちゃんは幸せだったのか、そんなことを考えてしまいます。それで、親友と紹介されていたあなたにお話を」
「そうだったんですか」
涙を拭くと美紀ちゃんは弱々しい微笑を見せた。
「紫苑、昔から大人しくて、それで、よく私が無理やり引っ張り出して遊んでいました。今思えば、迷惑だったかもしれないけど、そんなこと、一言も言わずに付き合ってくれました」
「姉と妹のように?」
「そうですね、ただ、ほうっておけないところがあったんです。あの子、友達を作るのも上手じゃなかったし。本人にはそんな気はなかったんでしょうけど、一歩身を引いた付き合いしかできなかったんです。それがいいところなんですけどね。押し付けがましくなくて、控えめなところがとても好きだった」
祐二くんと同じようなことを、美紀ちゃんはいった。クラスの人気者、なんでもそつなくこなす優等生。そんな彼らにとっては、紫苑ちゃんのような存在が不可欠だったのかもしれない。
「クラスの子達とは打ち解けてましたか?」
「クラスの子達とですか? それは……今言ったように、紫苑は一歩身を引いた付き合いかたしかできない子でした。話をするのも私ぐらいで、他のクラスの子には心を閉ざしていたような印象を受けました。人嫌いってわけじゃないんですよ。ただ、人付き合いがとても苦手で、私がいないときはいつも一人でいました」
言葉を選ぶように、美紀ちゃんは言った。クラスの子達と紫苑ちゃんの確執のことは知り尽くしているのだろう。
「紫苑ちゃんは、あなたを頼りにしていた?」
「紫苑も私を頼りにしてくれてたし、私だって頼りにしてました。そのことに、紫苑が死んでから気付いたんです。本当に頼っていたのは、私のほうなんじゃないかって」
「と、いうと?」
「私、紫苑のお姉さんぶってたところが確かにありました。でも、それは、紫苑がいてくれたからこそのことだったんです。紫苑がいない今、私は空っぽみたいになっちゃいました。紫苑は、私の中で、とても大切な存在だったんです。妹なんかじゃない、かけがえのない友人としてです」
先輩は、その言葉に嘆息してみせた。
「かけがえのない友人。それを聞いたら、紫苑ちゃんも喜ぶでしょう」
「そうだといいんだけど。私、紫苑に何もしてあげられなかったから……」
「そんなことないわ。あなたと友達だったということだけで、紫苑ちゃんは十分満足しているみたいだったもの。自慢の親友だって」
私は、美紀ちゃんの優しさに胸がいっぱいになって、思わず口を挟んだ。
「自慢の親友……そんなこと、紫苑が言ってたんですか?」
美紀ちゃんは顔を覆って泣き出してしまった。
「ごめんなさい、嬉しくって……悲しくって……」
「わかります」
先輩は、優しく言った。
「幼稚園時代からの親友だと言ってましたね」
「ええ、私たち、なにをするのも一緒でした。紫苑を頼っていた、と言うのも、その点なんです」
「どういうことですか?」
「紫苑のすることを、必ず一緒にやっていたんです。ピアノ教室のときなんか、紫苑が始めたからという理由だけで、後から入会しました。もちろん、逆のこともありました。紫苑がするから私もする、私がするから紫苑もする。お互い、支えあってきたんです。今から思えば、依存だったのかもしれませんけど」
「それは依存じゃない、仲がよかったことの証拠ですよ」
先輩は不器用に微笑んでみせた。
「祐二くんと三人でいつも遊んでいたみたいですね」
「祐二くんを知っているんですか?」
「はい、紫苑ちゃんから、いつも聞かされていました。仲のいい三人組だったって」
「そうですか……私たち、いつも三人でいました。知り合ったのは紫苑が先だけど、そこに割り込むように私が加わって。祐二くんは、かっこよくて、頭もよくて、女子生徒の憧れの的なんです」
「あなたにとってもそうですか?」
美紀ちゃんは頬にほんのりとした朱を刷いて、頷いた。
「紫苑ちゃんにとってはどうだったんでしょう?」
「紫苑も……好きだったと思います。あの子、そういうことには表に出さなかったけど、私にはわかるんです」
***
「美紀ちゃんと紫苑ちゃんは、本当に仲のよい友達だったんですね」
「んー?」
また聞いてない。
先輩は腕を組んで、何事かぶつぶつ呟いていた。
「でも、どうするんです? 美紀ちゃんと紫苑ちゃんが仲がよかったのは最初からわかっていたことでしょう? 美紀ちゃんに会うのに、何か意味があったんですか?」
「なんとなくだ」
即答。
私は脱力した。この人、本当に一級エージェントなのかしら?
「美紀ちゃんと祐二くんとはお似合いのカップルですね。二人が並んでいたら、まるでお雛様みたい……」
「誰が見てもそう思うだろうな」
先輩は頭を掻くと難しい表情をした。
「そこが問題なんだよ。誰が見ても完璧なカップル。しかも二人は相思相愛だった」
「それが、何か?」
先輩はじろりと私を見た。
「おい、実習生」
「遊馬です」
「実習生、お前、恋したことあるか?」
「え、ええ?」
突然の質問に私はどぎまぎした。
「まだ……ないですけど……」
「それじゃ、女の立場からでもいい、ちょっと考えてみてくれ。なぜ、美紀さんは紫苑さんが祐二くんのことを好きだと気付いたんだろう?」
私は動転を悟られまいとしつつ、しばし考えて、
「それは……自分が好きな男の子のことですから、周囲の反応にも敏感になるんじゃないですか。まして、紫苑ちゃんは親友だったわけだし」
「そうだよな」
先輩は深く頷いた。
「先輩、それでどうします? 紫苑ちゃんには、嘘をついてでも、祐二くんが好きだったと伝えましょうか?」
「見抜くだろう、そんな姑息な嘘は」
「じゃ、どうするんですか?」
「ありのままを伝える。それ以外にないだろう」
先輩は腕くみの腕を解くと、大きく背伸びをした。
「まぁ、なるようになるさ」