あなたの未練 お聴きします 第四部
実習初日も無事に(?)終わり。
事務所近くのとあるファミレスで、私は親友の東雲秋葉と待ち合わせていた。私が訪れた時には既に、秋葉はドリンクバーとクリームあんみつを注文していたところで、
「遊馬、こっちこっち!」
と大きく手を振って、私を呼び込んだ。
「秋葉、久しぶり」
やってきたウェイトレスにミルクティーを頼むと、私は秋葉に笑顔を向けた。秋葉は、彼女といるときは自分が落ちこぼれだということを忘れさせてくれる、私にとって得がたい友人の一人だった。
秋葉の髪は肩にかかるくらいの黒、身長は160弱で、体格はスレンダーな感じだ。今日から着始めたばかりだというのに、スーツを完璧に着こなした美形のキャリアウーマン然としてて、まだ幼い印象残っているであろう私とは対照的な容姿だった。
「どうだった? 『エージェント』の実習一日目は? 指導教官はかっこよかった? 一級エージェントなんでしょ? ぶっちゃけ、いい男だった?」
「はじめの問い掛けはいいとして、後半の質問は、やっぱり秋葉だね。まあ、見ようによってはかっこいいのかもしれないけど、性格に問題があるみたい」
私が苦笑すると、秋葉は「そう」と頷いて、
「まあ、性格はどうあれ羨ましいわ。私の方は空振り。現代っ子らしく楽で安泰な『総務部』の事務職を実習先に選んだとはいえ、入ってきてる実習生も職員もみんな女なんだもん。いい男もいないし、正直、夢も希望もないわー」
心底残念そうにため息をついた。
「そっかあ……まあ、女ばかりの職場も、いろいろ気苦労多そうよね。私の方は、もう緊張しっぱなしよ」
「まあ、お互い初日だもの、疲れるわよね。こういう時は、愚痴を言い合いましょ。お互いの傷を舐め合いましょ!」
それから、秋葉としばらく近況と今後の身の振り方を語り合った。
話は今日一日のことから始まって、養成機関の教授の悪口、秋葉の好きな恋バナへと移行していく。
しばらく盛り上がって、会話の間隙が出来た時、
「それにしても」
と秋葉が不意に私の方をまじまじと見た。
「どうして男って見る目ないかな?」
「何、まだ自分の不遇を嘆いているの?」
私がコロコロと笑うと、秋葉は「違うわよ」と少し口を尖らせて、
「私が言ってるのはね、遊馬、あなたのことよ」
そう言うと秋葉はスプーンを絵画教室で使う鉛筆のように見立てて、
「まだまだあどけなさの残る、卵形の輪郭。鼻は大きからず、小さからず。白皙の肌に、小さな朱を刷いた唇。少々活気もみられるような低めのポニー。優しい雰囲気……。ここまで揃ってて、なんで男が寄ってこないかな?」
「……馬鹿ね、そんなに褒めたって、何も出ないよ?」
そんなに褒められると赤面するばかりだ。
「うーん、遊馬はもう、私と結婚しちゃいなさい! こんなに顔を赤くして、ういやつういやつ!」
身を乗り出してそう茶化すと、私の頭を抱き込もうとする。
「もう、馬鹿なんだから」
私は乱された髪をセットしなおすと、少し不機嫌そうに秋葉を睨みつけてやった。
「あはは、でも、遊馬って本当に可愛いよ。可愛さランクで言ったらまずAランクなのに、どうして成績が振るわないかな。吉住教授みたいな変わり者だけじゃなくて、もっと上のスケベな教授をたらしこめばいいのに」
秋葉は悪びれるふうもなく、むしろ私を心配するような表情になって言葉を続けた。
「遊馬は、昔から『人間』に肩入れしすぎなのよね。人情深いっていうか、義理堅いというか、人間味にあふれているというか……人間としては美徳なんだろうけどね。こと『エージェント』という職業に必要なものとなると、それがマイナスになっちゃうのよね。天上へ送らなければならない魂の数を考えたら、遊馬の言う、『人間の幸せ』よりも『効率』の方をまず考えなくちゃいけないしね。でも、かくいう私も人間にそれほど興味があるわけじゃないけど、遊馬の考え方、嫌いじゃないよ」
そんな私を思いやってくれている秋葉に、私はすっと目を閉じ、下を向くと、その言葉を反芻するようにして、
「ありがとう、秋葉」
笑みを浮かべて、顔を秋葉に戻した。
「とりあえず、私は頑張るよ。頑張るしか私の取り柄ってないものね。先パ……担当教官も、吉住教授並みの変な人みたいだけど、とにかく頑張る」
その後、二事三言、言葉を交わして、私と秋葉は実習第一日目の打ち上げプチパーティを終えた。
***
翌日。
執務室に行くと、先輩がはもうデスクの上で珈琲をすすっていた。
「うまい。このインスタント珈琲は当たりだな」
先輩は出勤してきた私に気付くと、じろりと上目遣いに私を見やった。
「おう、実習生、早いな」
「遊馬です」
この人は、いつになったら私の名前を覚えてくれるんだろう?
「先輩、おはようございます。先輩こそ早いんですね」
「ここで寝てたからな」
やっぱり。
呆れ顔の私を気にするそぶりもなく、先輩は珈琲に口をつけていた。
「今日は、どうするんですか?」
「祐二くんの調査を行う。未練を晴らすためには、まず裕二くんと話をしなきゃな。ついてくるか?」
「え……?」
私は、その意外な言葉に、思わず呆気にとられた。
『未練』を晴らすのに、面接室の中だけでなく、エージェントが、生きている人間と接触を持つ?
教科書の中では、エージェントは極力、生者との関わり合いをすることを禁じている。それはもう、禁忌といってもいいくらいだ。
そんな重大事項を、昼食のメニューを決めるくらいあっさりと破棄する先輩に、私は思わず絶句した。
「どうした? 付いてくる気がないのか?」
先輩がのほほんという。
やっぱり、この先輩は変わっているように思える。……が、むしろそのことが『一級エージェント』の『一級』たる所以なのだろうか?
「……い、いえ! 付いていきます! あたりまえじゃないですか、私の初仕事ですからね!」
好奇心と興奮と困惑の入り混じった、勢いだけは張り切った声で、私は応えた。