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あなたの未練 お聴きします  作者: 小山洋典
最終話 君の笑顔に花束を(上)
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プロローグ

「やあやあやあやあ、わざわざ呼び出してすまないね。本来ならばレディにご足労願うより、僕の方から訪ねていくべきなんだけどね。執務室にはいつもあの朴念仁のうろんな目が鈍い光を放っているし、今日は遊馬ちゃんとは二人きりで話をしたいと思って、こうしてわざわざ来てもらったわけだ。さあさ、汚いところだけど、座って座って」

 私が約束の時間に姿を現すと、笹峯さんはそうはやし立てた。待ち合わせ場所は、事務所からそう遠くない人間界のファミリーレストランだ。

 しかし大声で「汚いところ」とは、店側にあまりにも失礼ではないだろうか。案の定、店員の一人が、コホン、と咳をして失言を軽くたしなめるのを聞いて、悪びれる素振りもみせない笹峯さんより私のほうが萎縮してしまった。

 私は笹峯さんの対面に腰掛けると、

「最近よく会いますね。お仕事の方は大丈夫なんですか?」

「大ジョーブ大ジョーブ! 本当に全然ね、大丈夫なんだよ。僕は仕事の効率性をモットーとしているから、自分で出来ることはちゃっちゃと片付けちゃって、できないことは部下や新藤あたりに押し付けるさ。良いサービスを誰にでも良心的な代償とともに提供する、エージェント界のディスカウントストアーを目指しているのさ。薄利ではないが、ともかく多売であることは確かだよ。もっとも、それで自分のプライベートを害されるほどの能なしでもないわけさ。あ、これって自慢に聞こえる? やっぱり?」

 そう言ってカラカラと笑う。

 笹峯さんの言葉には少し引っかかるものがあったが、あえてスルーして、

「それで、今日のご用件は? 先輩には聞かれたくないことなんですよね」

 ここに呼び出された目的を訪ねてみることにした。この人は口を開くと立て板に水だということがわかっていたから、ポイントポイントを掴んで、要領良く合わさなければいけない。

 笹峯さんは目の前に置かれたジャンボフルーツパフェにスプーンを入れながら(ちなみに私はミルクティーを頼んだ)、「うん、それなんだけどねー」と満足気にクリームを口に運び、

「先日委託した未練の解決の手際を考えてたんだけどね、遊馬ちゃん、君はエージェントとしていいものを持っている。間違いなくね。そこで、養成機関を卒業したら、僕と組んで仕事ができないかな、と思ったんだ。いわば、スカウトだよ」

 私はびっくりして、目を見開いた。

「私なんかを誘ってくれるんですか?」

 ―ーあれだけ話したのに、私の話を聞いていないのだろうか? 私は「落ちこぼれの遊馬」なのに。

「うん、君は、あの僕にはお手上げだった、誰だっけ――し、し、し……」

「修斗くんです」

「そうそう、そのシュウトくんを、オーソドックスな方法ではあるけど、無事に天上へと送ることができた。その手腕を買いたい。でも、今のままじゃダメだけどね。特に、新藤の下で学んできたのはマイナスだ。卒業後、僕の下で働いてもらって、また一からエージェントの何たるかを手とり足とり――いや、下心はないとは言わないけど、極めて紳士的に、君に教え込むつもりだ。僕もね、前回は委託なんかしたけど、これでも一級エージェントなんだ。見えない、ってよく言われるけどね。でも、君の素質を開花させてあげることはできると思う。良いエージェントになるのが夢なんだろう? 君なら、一級エージェントにもなれると思う。今まで君を見下してきた奴らに、一泡吹かしてやれるってものだよ。どうだい、悪い話じゃないだろう?」

 軽快な言葉に含まれた衝撃を感じるまで数秒を要した。何を言っているんだろう、この人は――?

 ようやく言われた意味を咀嚼すると、ドクン、と私の中の何かが震えた。

 憧れのエージェントという職業。しかも、一級エージェントに、この私が!? 一番初めに事務所をくぐった時に求めていた以上の期待の大きさに、武者震いがする。

 ――私が一級エージェントになれる?

 だが、目の前にニンジンをぶら下げられた馬のように急き立てられる心を諌めて、私はあえて謙虚なるよう努めた。

 今回の実習で、今まで学んだこと――それを大切に思う気持ちがなければ、なんのてらいもなく飛びついていた話だ。しかしながら、私は先輩に憧憬以上なのかは分からないが、とにもかくにも思慕の念を抱いている。やはり、私の中では、先輩の存在は大きすぎるのだ。

 しかしながら、先輩のやり方に笹峯さんが否定的だとしても、この提案は私にとって十分魅惑的すぎる話だった。心が揺れるのを感じつつ、いたずらに質問をして、自分の感情を誤魔化そうとする。

「でも、私なんかがパートナーになって……というか、そもそもエージェントって、独人性の仕事ではないんですか?」

 笹峯さんは、にっこり微笑むと、丁寧に説明してくれた。

「ああ、養成機関の方では、そこらへんの詳しい実務の説明はまだだろうな。僕たちエージェントがチームを組んで『未練』を解決していくことなんて、そう珍しいことじゃない。その未練を僕が手に負えないなら、他の奴に振る。エージェントといえども、得手不得手があるからね。おかげさまで、こうして僕は仕事を他のエージェント達に任せて、悠々自適と自分の時間を過ごせるわけだ。まあ、それでも解決できない未練は大抵どこかしこに回すけどね。そのほうが断然効率的だし、効果的でもある。そうは思わないかい? その意味でも前回の委託は、本当にイレギュラーだったんだよ。興味があるのならば、名刺を渡しておくから、そこに来るといい。あの朴念仁が住処にしている辛気臭い事務所なんかより、ずっと現代的かつ綺麗なところだよ」

 そう言って、笹峯さんは私に一枚の名刺を手渡しすと、

「いわゆるエリートコースというやつだよ。君にはその資格がある」

 人好きするような笑顔で、私にウィンクしてみせた。

 ――エリートコース……私が?

 唐突に、しかも私の身に余るくらいに褒めそやされて有頂天になりそうな気持ちを必死で押し隠しながら、私はいくつかの不安を口にした。

「でも、私、『落ちこぼれの遊馬』ですし――」

「関係ない。僕は、君のそういうところを含めて、買っているんだ」

「まだなんにもできないひよっこですし……」

「最初からできるやつなんかいない。これから、懇切丁寧に指導するよ」

「先輩がなんていうか――」

「新藤は関係ないだろう。君の将来のことじゃないか」

「でも――」

 笹峯さんは、「やれやれ」とため息をつくと、

「どうも決心がつかないみたいだね。何なら、養成機関の気の置けない教授か誰かに相談してみたらどうだい? 答えは、一にも二にもなく、決まりきっているだろうけどね。僕の噂だってちゃんと第三者的意見としてもらえるかもしれないし、好都合だと思うよ。なに、急かしはしない。じっくり考えて決めてくれればいいことだけどね」

 私は興奮でカラカラになった喉をミルクティーで潤し、

「それじゃ先輩に相談――」

「ダメだ、そいつはダメだ」

 しかし笹峯さんは両手を大きく広げると、大仰にかぶりを振った。

「え……? どうしてですか?」

 訝しんで尋ねると、笹峯さんは、「うん」と、もう一口クリームを口へ運んだ。

「君も気づいていると思うけど、新藤はね、特殊な――実に独特なエージェントなんだ。そう、一言で言って、『危ない橋を渡ることを躊躇しないエージェント』といってもいい。あいつの手法はいつも同じだ。死者の未練を晴らすべく、『生者まで巻き込んで』事を円満に収めようとする。いや、『円満に』というのは少し違うな。でも、君なら、ニュアンスはわかるだろう? とにかく、根本的なところで、ほかのエージェントとは明らかにズレている。たしかに、彼の成績は相当なものだ。だが、それを真似する……真似できると思ったら、絶対に失敗する。サーカス団の一員だからといって、ピエロが綱渡りの団員の真似事をしたところで、地面に真っ逆さまってオチになるのと同じさ。そして、何よりもいけないことに、新藤は――」

 笹峯さんはスプーンたっぷりと乗せたパフェを大口で味わうと、

「新藤は、僕を恨んでいるんだよ、間違いなくね。それも、憎悪といってもいいくらいだ。まあ、僕に言わせれば濡れ衣なんだけどね」

 悪びれる様子もなく言った。

 笹峯さんの唐突な静止は、私を困惑させるのには十分だった。

 先輩と笹峯さんの関係が掴めない。先輩と笹峯さんの間には、どんなことがあったのだろう? この、軽薄を一筆書きで描いたような、しかし、人の良さが滲み出ているような笹峯さんに先輩が憎悪を? でも、どうして――?

「……まあ、でも、新藤本人はそんなことをおくびにも出さない。どう思っているのか、いまいちわからないところではあるんだけどね。とにかく、相談相手として新藤を選ぶのは、この際間違っているとだけ忠告させてもらうよ。繰り返すけど、返事は急がなくていい。ゆっくり決めてくれればいいから」

 私は、まだまだ笹峯さんを追求したい気持ちでいっぱいだったが、笹峯さんの先輩とはまた少し違う飄々とした様子に、質問を受け付けないヴェールが被さったように思えて、それ以上の言葉を紡ぐことを諦めた。



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