エピローグ
もう、幾度目の面接になるのか――。
私は、修斗くんに、正直に話すことにした。
須藤くんたちが、後悔や、罪悪感を抱いてはいなかったこと。
今後も、抱くことのないであろうこと。
『復讐』は、失敗に終わったこと。
しかし、それを聞いた修斗くんの顔は、晴れ晴れとしていた。
「そんなこと、はじめからわかっていたよ」
修斗くんは言った。
「わかっていながら、無茶言ってたんだ、ごめんなさい。奴らのことは、僕が一番よく知ってる。奴らは僕のことなんか、虫ケラ以下に思っていたこともね。でも、僕は言わずにはいられなかった。『復讐』を、口にせざるを得なかったんだ。僕は、僕の話を聞いてもらいたかった。『僕』という存在を、誰かの中に残したかった。それが僕の『未練』――。なんかさ、そう思えてきたんだ。思えるようになってきたんだ」
修斗くんは、すっきりした表情で言った。
「修斗くん――」
私は、そんな澄み切った修斗くんの瞳を覗き込んだ。
修斗くんは照笑いらしき笑みを浮かべると、続けた。
「僕のわがままで『復讐』をしてくれてありがとう。僕のために怒ってくれてありがとう。失敗したかもしれないけど、それは確かに、僕が存在していたということを証明するための、『けじめ』だったんだよね。それで、最後のつかえがようやく取れたような感じがする。先生たちも、周りの大人たちも、同級生たちも僕を助けてくれなくて、僕はずっとひとりぼっちだったから」
修斗くんは一度腕組みすると、掌をこちらに向けて、両手を開いてみせた。
「――ねえ、僕は本当は『復讐』じゃなくて、ほかの人と同じ、ありふれた人生を送りたかったんじゃないかな? だから、そんな些細な望みを崩したあいつらが許せなかった。当たり前の人生を送りたかった気持ちが、『復讐』という言葉にとって変わった。『当たり前の人生を送っている人』たちを羨望していた。違うかな?」
私は「うん、そっか。そう思ってるんだね」と頷いた。
修斗くんは、一つ一つ、確認するように言葉を重ねた。
「僕の『生きてきた』時間は、『人生』は終わってしまった。でも、ただひとつだけ、気づくことはできたと思う。僕は『普通』っていう幸せを望んでいた。それは『望み』であり、『願い』であり、『希望』だよね」
「――そうかもしれないね」
私の相槌に、修斗くんは「うん」と頷くと、
「僕はそう思う。僕は、普通に人と接して、普通に死んで行きたかった。気づくのが遅すぎたけど、次に生まれ変わったときには、この気持ちを忘れずにいれば、『復讐』なんて人生の一大事にすることない、もっと強い自分になれるよね」
私は、その言葉に、微笑した。
「――うん、きっと、ね」
――人をさげずみ、傷つけるという風習は、どこにでもあって、消えることはないのかもしれない。
『変われるのは自分だけ。自分が変われば周りも変わる』なんてきれいごとを今更言うつもりはない。どんなにもがいても、足掻いても、どうしようもないことがある。
現実は、過酷で――どこまでも残酷だ。
だが、現実を受け入れ、あるいは変えていくことに、もがくことや、足掻くことに、意味がないなんて誰が言えるだろう?
最後の最後で修斗くんは『希望』をもった。
意味のない人生などない。全ては自分のうちにある。何度もの面接を通して、修斗くんは少しずつ変わっていった。『復讐』という未練は、自分自身を見つめ直し、『希望』を見出すことへと変わっていった。
省みて、私は変わっていけただろうか?
――わからない。
でも、少しだけ。ほんの少しだけ、また自分が好きになれるようになったと思う。それは、修斗くんを救うためだけじゃなく、私自身が悩み、修斗くんと一緒に考えることで自分に跳ね返ってきたことで、決して私だけの力で手に入れたものではない。修斗くんを勇気づけたのが私であり、私を勇気づけたのが修斗くんであり、二人三脚で、暗中模索しつつ探し求め、たどり着いた答えなのだ。
私たちは、変わっていく。しかし、変わってはいけないものもある。
それは――。
「実習生、お疲れさん。よく頑張ったな」
くしゃくしゃと私の頭をかき回しながら、先輩がいたわりの言葉をかけてくれた。
先輩は今回、自分で言ったとおり、裏方に徹して私の背中を温かく見守り続けていてくれていた。
その無言の、あるいは有言の暖かさのおかげで、心が折れそうな時も、何度も立ち上がることができた。
ちゃんと自分と向かい合い、自分の足で歩んで行くことができた。
「――先輩」
私は、クシャクシャにされた髪を撫でつけながら、先輩に微笑んで見せた。
「んー?」
先輩は、いつものように、穏やかに、間延びするような声で応える。
「先輩は、私たちは、変わっていくものだと言いましたね」
「ああ、そんなことも言ったかな?」
「言いましたよ。私ははっきりと覚えています」
「そうかー、健忘症の始まりかな?」
と先輩はガシガシ頭を掻いた。
そんな先輩に、私はクスリと笑うと、
「先輩の言葉、間違えてないと思います。――でも、半分は違うと思います。私たちは変わっていく。でも、変わってはいけないものもあるんだって、気づき始めてきました」
「ふむ……今回のケースで、お前も何か得るものがあったようだな」
「――はい」
私は全身で頷いた。
「人間を信じること。信じ続けること――それだけは、誰がなんと言おうと変えてはいけない……。それが私の出した『答え』です」
先輩は、「うん」と頷くと、
「なるほどね。お前、やっぱりたいしたもんだよ。変わっていく自分を見つめ続けること、変わらない自分自身を持つこと。どちらが欠けてもいけない。――確かにな。よく自分で気づくことができたな」
先輩は、嬉しそうに言った。
「そういえば、お前の実習もそろそろ終わりだな。お前は、この先、『エージェント』という職業を目指していくつもりはあるか?」
「もちろんです」
先輩は、「そうか」と呟くと、
「――実習生」
「遊馬です。――コーヒーですね?」
先輩は肩をすくめて、苦笑いしてみせた。
「お前、どんどん成長しているな。担当教官としては、この上ない喜びだよ。この前のインスタントコーヒーと同じ銘柄のやつな、頼む」
「はい」
私は、明るい声で答えると、キッチンへと立った。その道すがら、
「いつか――、あいつのことを、『二階堂先生』と呼ぶ日が来るかもな。俺なんかを飛び越えて、いいエージェントになってくれよ」
私の鋭い聴覚が、そんな先輩の独語を拾いとった。
少し照れくさい気持ちを抱きながらも、私はまず美味しいコーヒーを入れることを当面の目標に定めて、ほんのちょっと浮ついた気持ちでインスタントコーヒーを棚から取り上げた。
<了>




