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あなたの未練 お聴きします  作者: 小山洋典
第四話 巣立ちの頃
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巣立ちの頃 第二部

 先輩と私は、フリーランスのジャーナリストという肩書きで、修斗くんの通っていた中学校へ潜り込んでいた。学校側は既に修斗くんのいじめのことについて全面的に認めていたので、二つ返事で私たちの『取材』に応じてくれた。

「……もう2ヶ月になるんですね。私も、本当を言えば、うすうすは感づいていたんですが……止めてあげることができなかった。あの時、少しでも、SOSのサインに気づいてあげられれば……」

「お気持ちはわかりますが、そんなに自分を責めるものでもありませんよ。わたくし共の取材では、生徒のことを考えてなかった教師はごく少数です。どんなに生徒を思いやろうと、集団の中にいる一人の生徒を救い出すのは難しいものなのだと思い知らされてます」

 先輩はまだ若い女性の教師をいたわるように、優しげな口調で言った。

「それに、私どもはいじめに関わった生徒さんを責めに来たわけではないんです。ただ、今回の事件を風化させてはならない。これから生きていく子供たちのためにも、現場の取材がどうしても必要なんです」

 こんなに人の良さそうな、おっとりした感じの教師なら、逆にいじめを止められなかったことも納得できる。だが、それが免罪符になると思っていないこともこの教師なら心の底から分かっているのだろう。疲れた表情で、弱々しい微笑みを見せ、

「……そう言ってくれると、少しは報われます。主にいじめに関わっていた生徒たちには、自宅謹慎をさせて、先日登校を許可したばかりなんです。いろいろなところから責められて、多少ナーバスになっていると思うので、どうか暖かい目で接してあげてくださいね」

 そうして、私たちは放課後の教室に『取材協力』という名目で居残りさせられている、3人の元いじめの主犯格たちと出会うことになった。

「須藤くん、御鏡くん、早川くん、この人たちが、さっき私が話した、新藤さんと二階堂さん。あまり失礼の無いようにね」

 そう簡単に紹介すると、「それでは、くれぐれも責めすぎないようお願いします」といって、女性教員は職員室へと戻っていった。

「はじめまして。新藤といいます。こちらは二階堂。よろしく」

 先輩は軽く会釈すると、しばらく黙って三人の反応を待った。

「須藤です」

 沈痛なおもむきで、リーダー格とみられるわずかに髪を脱色している少年が挨拶した。

 残りの二人も、それに続くように、俯きながら、「御鏡です」「早川です」と、自己紹介した。

 須藤くんは歯噛みしながら、言葉を紡ぎだした。

「今回のことで、俺たち、とんでもない間違えをしてしまったと思って……反省してます」

 先輩は、じっと須藤くんを見ると、柔らかく、「そうですか」と言った。

「僕もです」と早川くん。こちらは、中学生特有のにきびの目立つ、少々恰幅の良い少年だった。

「マスコミの人たちに、いろいろ聞かれて、僕たちは自分のした事の重大さを思い知らされました。『カイシュンノジョウ』をもって、今回の修斗の死を受け入れようと思っています」と、再び須藤君。

「俺もです。本当に、償っても償いきれないことをしてしまった」と、これは御鏡くん。男の子にしては長い髪の毛を型に流しながら、悔しそうに言った。

 いじめをし、一人の男の子を死に追いやってしまったことに対する反省の情がありありと伺えたようにみえた。

「みんな、取り返しのつかないことをしてしまったと、反省しているんだね」

 先輩は、三人をじっと見つめながら、重々しく言った。

「ここで話すことは、決して口外しないし、取り立てて記事にすることもない。君たちの心の内を率直に聞かせていただければありがたいな」

「はい」と須藤君。「記事には、しないんですか?」

 先輩は頷くと、

「ああ、取材の一環として参考にさせてもらうけど、直接記事にすることはないよ」

 三人は顔を見合わせて、三者三様にホッとしたような表情をした。

 先輩は、そんな三人に、

「だから、本当のことを聞かせて欲しいんだ。君たちが、今回の事件について、どう思っているのか」

「とても悪いことをしてしまったと思っています」

 しばらく思案していたようだったが、三人を代表して須藤君が答えた。

「そうじゃない。私たちは、本音が聞きたいんだ」

 そういう先輩に、キョトンとした表情で、須藤君は、

「ですから、反省してるって……」

「マスコミ向けの発言はいいよ」

 先輩はぴしゃりと言った。

「君たちの数言だけでありありとわかったよ。私は君たちのような人間に幾度となく接してきている。君たちの言葉は、あまりにもできすぎている。そもそも、『改悛の情』なんて、そうそう使う言葉じゃないし、その意味を君が知って使っていたとも思えない。君たちの言葉は『後悔してる』と上っ面の言葉だけで、『悪いことをした』と、反省している風を装う、聞こえのいい、自己中心的なことばかりだ。『修斗くんが』どれだけ辛い思いをしてきたかと、思いやる言葉もない。大体、あれだけひどいことをしておきながら、修斗くんに対するいじめが、単なる『過ち』だったと、そう言い張るのかい?」

「……」

 須藤くんは絶句し、他の二人の顔と困惑の表情を交わしたあと、再び俯いた。

「言葉が足りずに申し訳ありません。僕たちは取り返しのつかないことをしてしまったと思います……」

「そうか」

 やれやれ、と肩を竦める仕草をすると、先輩は大きく息を吐いた。

「どうやら、本音は聞けそうもないな。空振りだったか」

「……」

 先輩の言葉に、三人は下を向いて、唇を噛んでいた。

 それから、当たり障りのない質問を2、3したあと、私たちは教室を後にする。

 教室を出る際、先輩が小声で語りかけてきた。

「……実習生、ドアから出たら、姿を消してもう一度気づかれないように教室に入るぞ。彼らの『本音』が聞きたい」

「え――?」

「いいから、言われた通りにしろ」

 私は、疑問符を頭の上に乗っけたまま、「わかりました」と答えた。

 

 3人は、私たちが「出て行った」あと、しばらく、沈痛そうに目配せをし、俯いていた。

「……やっぱり、人をいじめで死に追いやったことというのは、自分の心の傷にもなるんですね。彼らは、本当に、心から反省――」

 私が彼らの心を代弁しようとした時だった。

「行ったか?」と須藤君。

 他の二人は、誰も歩いていない廊下を確認すると、「ああ」と答えた。

 不意に、俯いていた須藤くんの喉から、「ククク」という声が空気を震わせ、不愉快に鼓膜を震わせた。

「あっはっは、チョー受ける! また馬鹿な大人共を簡単に騙せたよ。突っ込まれたときはびっくりしたけどな。『カイシュンノジョウ』とやらを言って俯いていれば、反省してるように見られて、それで万々歳だったのにな。でもあれ、記事にはしないんだろ? なら、何言ってもいいよかったな? もしかして、惜しかった?」

 突然の豹変ぶりに私が言葉を失うと、ほかの二人も、なにか解放されたような、いやらしい笑みを顔に浮かばせて、ゲラゲラ笑いだした。

「だいたい、あいつ、男のくせにナヨナヨしてて、気持ち悪かったんだよ」と御鏡くん。

「何言っても、反発してこなかったしな。例えて言えば、俺たちが肉食獣、奴は食われる運命の草食獣だったってところかな? 自然の摂理ってやつ? あれ、今、俺かっこいいコト言った?」と早川くん。

 おかしくてたまらない、といった感じで、三人は高笑いした。

「だいたいさー」と、須藤くんが口を開く。

「あんななよなよして生きる価値もない奴が、当てつけだかなんだかわからないけど、勝手に死んだだけで、こっちはいい迷惑だっつーの。マスコミにも追いかけられてさ。被害者はむしろ俺たちの方だよ」

「あいつ、俺らの『遊び』にも付き合い無い程度のおこちゃまだっただけだぜ? パンツ脱がしたら、まだ産毛しか生えてなかったしな。写メとって、みんなに一斉送信。みんな楽しんでたぜ? なんで俺たちだけが非難されないといけないわけ?」

 御鏡くんが、長い髪の毛をかき上げながら、本心から迷惑そうに言った。

「そういえば、生えてなかったよな。中2にもなって生えてないって、どんだけだよ?」

 ゲラゲラと早川くん。

「まあ、そんなわけで、俺たち、全然反省してないんだよな。まだ中学生だから、学校側も退学にはできないし、反省しているそぶりでも見せれば、馬鹿な大人たちは信じて、同情すらしてくれるからな。ほんと頭悪いよな、大人って。大体、自殺するような奴は心が弱いんだよ。害虫を駆逐してやったようなもの? あんな奴の命の価値なんてない――」

 須藤くんは最後まで話すことはできなかった。

 乾いた、バンッ、という音が教室に鳴り響き、私の手のひらにジーンとくる痛みが伝わってきたからだ。

 不可視になった私は、彼らの豹変ぶりに呆気にとられ、次にゾッとし、最後には憤怒の情を抱いて、姿を消していることも忘れ、気づいたときにはありったけの力で机の一つを叩いていた。

「あなたたち――人間?」

 それは私にとって、罵倒の言葉ではなく、空恐ろしくなるほど素朴な確認だった。

(やめろ!)

 私がなおも続けようとすると、先輩が低いバスの声で誰にも聞かれないような小声だが、鋭く制止した。

「な、なんだ!? 今の?」

 咄嗟に起こった机を叩いた時に起きた、彼らにしてみれば『ラップ音』と『私の言葉』に、三人は目に見えて動転した。

「お、おい、早川、お前、今なんか言ったか?」

「言ってねえよ……お前こそ……?」

「な、何なんだよ……?」

 先輩は、彼らに聞こえないようなため息をたあと、

(いくぞ)

 というと、半ば強引に私の腕をとって、教室から出た。



***



 学校を後にすると、先輩はまた感情的になってしまった私を怒るでもなく、

「少しは落ち着いたか?」

 と優しくいたわってくれた。

「――はい、本当にすみませんでした」

 先輩は、困った奴だな、というように私を見やると、

「お前は、時々直情的になりすぎる。それは、お前にとって、とてもいい点になりうると思うが、TPOはわきまえるように学習しろ」

 怒るのではなく、諭すような先輩の言葉に、私は「すみません」と繰り返すと、

「でも先輩、私、許せない――復讐の手伝いでも、してもいいかなって思いました。それが本心です」

 先輩は「そうだろうなあ……」と呟くと、頭をボリボリ掻いた。

「しかし、これが現実なんだよ。修斗くんは死んでしまった。それは、もう『終わったこと』なんだ。だから、彼らもあれだけ非人間的なことが言えてしまう。『終わったこと』に、付き合っていくのは馬鹿らしいと思っているんだろうな」

「……そう、ですね」

 悔しさに歯噛みしつつ、先輩の言葉を正論として受け入れざるを得ない。

「いじめの場合、弱者は弱者でしかありえないんだ。どんなに頑張って抜け出そうとしても、その努力は嘲りの対象になり、また新たないじめの材料にされる。もがいても抜け出せない底なし沼のようなものさ。頑張れば頑張るほど、嘲笑の対象になり、面白がられて、当たり前のように叩き潰される」

「わかります」

 痛切なほどの思いを込めて、私は頷いた。

 先輩は、「うん」と呟くと

「そのことを何よりも知ってるのは、実習生、お前自身だと思ってる。そう、『憎しみ』いう重要な部分で、お前と修斗くんはつながっている。しかし、お前はもう、自分のそんな暗い感情と向き合えるように成長してきているはずだ。――だから」

 相変わらず、のんびりとした口調で先輩は続けた。

「――『落ちこぼれ』として、いつも虐げられてきたお前なら、修斗くんの未練を晴らすためにはどうすればいいか、その道のりが曲がりくねろうと、お前自身で結論にたどり着けると俺は思ってるんだ」

 先輩は、私の頭をポンポン、と叩くと、

「今回のケースは、お前の受け持つべきケースだ。いや、受け持たなければならない。わかるな?」

 諭すように言い、そしてもう一度、今度は力強く繰り返した。

「これは、お前のケースだ」

 ビクン、と私の心臓が跳ねる。私が……受け持つケース。前回の案件に続いて二度目のケースだけど、今回は紛れもない、特別な意味合いの『私のケース』だ、と先輩は強調する。前回とは少し――いや、かなり重みが違う。前回は、私の欠点を自覚させるための「試みのケース」だったが、今回は、私だからこそ受け持たなくてはいけないケース……その責任感と使命感に指の先まで戦慄が走った。

 これは試練だ。私が、『エージェント』になれるかどうかが試されている。

 私が、私自身で、担当するケース――。

 先輩が、私の頭をくしゃりと撫でた。期待と信頼と暖かさに満ちた掌を心地よく感じると、私は意を決して顔を上げ、

「――はい」

 と頷いた。

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