intermission
一級エージェントとは、未練を残した魂を天上界に送る成功率が95%以上の者のことを指す。
先輩は、その中でもずば抜けた成功率を誇っており、その成功率は、99%を超えるらしい。
しかし、それは裏を返せば、1%未満の魂を救いきれなかったということだ。
あまりにも順調な仕事。
あまりにも平凡化した成功。
だが、そんな先輩にも、救いようがなかった魂というは存在するのだ。
そんなことを考えもせず、私は今まで実習を続けていた。
――そんな、当たり前のこともわからずに。
その朝、執務室のドアを開けると、いつもとは違う、鼻腔に流れ込んでくる強い臭気に私は顔を顰めた。
執務室のソファベッドの上には、いつものようにだらしなく寝ている先輩の姿。
ただ違うのは、頑丈な桜材で出来ているテーブルの上に、封の開けられたスコッチウィスキーが乗せられ、床にはビールの空き缶が散乱していることだ。
先輩がお酒なんかを飲んでるところを見たことがないので、私は呆れるより驚いて、呆然としてしまった。
先輩は昨夜のお酒に悪酔いしたのか、大いびきをかいて寝ている。
何かあったのだろうか?
訝しげに思いながら、とりあえずの間は先輩を眠らせてあげることにして、床の空き缶を拾い、いつものごとく掃除を開始する。
虫食いになった本は本棚へ。床の掃き掃除と、絨毯に染み込んだコーヒーとアルコールの染み抜き。
書類を束ね、ファイルキャビネットへ。
――と、その時、重ねて持った書類の束から一枚の写真がひらりと床に落ちた。
とりあえず、書類の束を机の上において、写真を取り上げる。
そこには、長い黒髪を肩に流し、均整のとれたすらりとした目鼻立ちの、見るものをハッとさせるような美女が、これは矛盾する表現のようだが、朗らかに、しかしどことなく怜悧に微笑んでいた。
(綺麗な人……)
私はその美貌に数瞬見とれると、ふと我に返り、どの書類からこぼれ落ちたものか書類の束をひっくり返した。
……彼女の居場所はすぐに見つかった。
クリップで挟んである、書類の左上に飾られた小さな写真に、同じ人物が写っている。あの、何とも言えない微笑みを返している。
「えっと……春日恭子さん……と。あれ……?」
書類には、未練を解消した旨の『済』の判子が押してあった。
まあ、それはいい。
私が訝しく思ったのは、我ながら目ざとく発見した『担当者』の項が先輩の名前ではなかったことである。
なんとなく興味に駆られて、書類をパラパラめくる。
「――!」
私は息を飲んだ。
そこには、幾筋もの赤い線、横だけではなく縦にもズタボロにされた腕の写真が、寒気と嘔吐を催させるような存在感を主張していた。
「これは――?」
だらしなく寝ている先輩を振り返る。直感的に、先輩の深酒の原因はこの女性なのだと思った。
どうしよう……?
だが、どうしようもこうしようもない。私は先輩と写真を交互に見比べると、逡巡したあと、ファイルをもとの束へ戻した。
その時は、それが一番だと思ったからだ。
何か、胸騒ぎがして収まる様子を見せなかった。
その意味を、私はその後知ることになるのだが。
私はテーブルを拭くと、いつものように強めのブラックコーヒーを作って、先輩を起こしにかかった。




