エピローグ
私たちは、再び放課後の学校へ来ていた。
「やぁ」
先輩が軽く手を上げると、美紀ちゃんはぺこりとお辞儀をしてきた。
「紫苑のご親戚の……今日はどうされたんですか?」
「紫苑ちゃんの最後の心残りを解消しようと思いまして」
「心残り?」
「あなたと、祐二くんのことです」
先輩はゆっくりした口調で言った。
「あなたと祐二くんが付き合わないことに、紫苑ちゃんは心を痛めてました。もしかしたら、自分が原因なのではないかって」
美紀ちゃんは、はっとして顔を上げた。
「あなたは、紫苑ちゃんの気持ちに気付いていた。だから、祐二くんに好きといえないでいた。でも、それは違うんです。紫苑ちゃんの思っていたことは、あなたの幸せです」
「紫苑が……」
美紀ちゃんは、涙ぐみながら言った。
「紫苑ちゃん、言ってました。美紀は何でもできる、成績優秀で、スポーツ万能の優等生、でも、優しすぎるから、いつも心配だって」
「そんな……」
先輩は一枚の写真を取り出した。最初の面談のとき複写していた紫苑ちゃんと美紀ちゃん、それに祐二くんが笑顔で写っている写真だった。
「この写真を、紫苑ちゃんはいつも大事に持っていました。祐二くん、それに美紀ちゃんの笑顔が大好きだったんだと思います。そして、二人がいたからこそ、紫苑ちゃんも笑顔でいられた。今のあなたは、紫苑ちゃんの笑顔から逃げていると思いませんか?」
「紫苑の笑顔から、逃げてる……?」
「そう、人には、出会いがあれば、別れのときもあります。その時、笑顔でいつまでもいられるよう、思い出として心の中にしまいこむんです。でも、あなたの中にあるのは、紫苑ちゃんの悲しみの姿なのではありませんか? 紫苑ちゃんは、いつも笑っていられる友達として、あなたに覚えていて欲しいと思いますよ」
「紫苑……」
美紀ちゃんは堰を切ったように泣き出した。
「紫苑、紫苑……」
先輩はハンカチを取り出そうとして、渋面になると、私にハンカチを渡すように促した。
「私、祐二くんが好きです」ハンカチで涙をぬぐいながら、美紀ちゃんは言った。「でも…でも……祐二くんがなんていうか……」
「その心配は要らないようですよ。彼はいつもあなたを心配していた。ほら」
いつの間にか校門の近くまで来ていた祐二くんが私たちの元に駆け寄って、訝しげに私たちのことを見やった。
「美紀、どうしたんだ? あなたたちは如月さんの親戚でしたよね。美紀に何か言ったんですか?」
「ちがうの」
美紀ちゃんは言った。
「違うって、なにが?」
「紫苑が、背中を押してくれたの」
「如月さんが? なにを?」
「私が、あなたのことを好きだって伝えること」
***
夜の帳が降りて月が照りつける道を、私たちは歩いていた。
「祐二くんが美紀ちゃんに告白したと言うのは嘘だったんですね」
「ああ。祐二くんも、親友を失ったばかりの美紀ちゃんの気持ちを思いやって、告白できなかったんだろう」
「結局、紫苑ちゃんと美紀ちゃんは、本当の親友だったってことですね」
美紀ちゃんと祐二君の仲を取り持つこと。それが、紫苑ちゃんの願いだった。いつも一緒だった二人。姉妹のように仲がよく、何でも話せる、紫苑ちゃんのただひとりの友達。紫苑ちゃんは美紀ちゃんを憎みきれなかったのだ。
「太陽の輝きを美しいと思えるには、月も必要だと言うことさ。月は太陽に照らされてその存在を主張するが、照らし続ける太陽には月の安らぎが必要なんだ」
「下手な比喩ですね」
「ほっとけ、さあ、報告に行くぞ、遊馬」
私はぴたりと足を止めて、先輩の顔をまじまじと見た。
「なんだ?」
困惑したように先輩が言う。
「先輩、初めて私の名前を呼んでくれましたね」
「そうだったかな? まぁ、どうでもいいことだ。行くぞ、実習生」
「遊馬ですってば。意地悪なんだから」
さぁ、紫苑ちゃんの元に報告に行こう。
紫苑ちゃんも、美紀ちゃんと祐二君のことには笑顔を見せてくれるはずだ。
このやわらかく暖かく包み込むような月の様な笑顔を。
<了>




