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あなたの未練 お聴きします  作者: 小山洋典
第一話 あなたの未練 お聴きします
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プロローグ

 半月型のやや手広な教室に並べられた長い机に分厚いテキストを広げ、固く座り心地の悪い椅子に腰掛けた私は、教授が朗々と語る言葉に耳を傾けていた。

「生徒諸君、『人間たち』は死んだらどうなるか? 言うまでもないことだが、今日はそれを復習してみよう」

 教室の三分の二ほどを埋めている、自分の能力に自信に満ちた同級生たちとは異なり、私は心臓は震える兎のよう。縮こまり、トクトクと僅かな緊張を込める心臓の鼓動を感じながら、不安を抑えつつ授業を受けている。

 ――神様、もし存在していらっしゃったら頼みます。今日こそはいつものように槍玉に挙げられませんように。

「知ってのとおり、人間は死んだら『人間界』から離脱し、『天上』へと送られる。しかしながら、中には生きていたことに強い『未練』というくさびを打ち付けてしまったが故、魂となりながら人間界に彷徨うものたちが多々存在する。わかるな?」


『はい』


 教室中のゼミ生たちの声が唱和する。


「そこで、問題だ。人間界と天上との狭間に存在する私たちの存在意義は一体何だ? 二階堂遊馬にかいどう ゆま、適切に、簡潔に答えてみろ」

 明らかに悪意を込めた声で名指しされて、私は慌てて立ち上がった。

 神は死んだ。少なくとも、私を庇護してくれる神は。

「は、はい……私たちの存在意義……『使命』は、その……人間界に『未練』を残した人間たちの魂を天上へ送ることです」

「そうだ。では、他には何がある?」

「そ、その他には……その……」

 私がもごもごと口ごもっていると、教授は「はあー」とわざとらしく声に出して溜息をついた。

「おやおや、二階堂、お前には声高に主張したいことがあるのではないのか? まあいい、長本、二階堂の代わりに答えてみろ」

 教授の指名を受けて、ゼミでも優等生の部類に入る男の子が、スっと立ち上がり、

「ありません。我々の使命は、人間の『未練』を断ち切り、天上へと送ること。それだけです」

 優等生らしく、そうスマートに答えた。

「そうだ長本、そして生徒諸君。我々はそのことのみに専心し、使命を全うすれさえすればいい。二階堂、お前の前回レポートだが、書いたことを正確に言ってみろ」

 私は唇を噛んだ。血が耳までめぐり、紅潮してくるのが感じられる。

「死者や死者を取り巻く人間の幸せのために、粉骨砕身すること……『未練』を解決し、幸せになって天上へ行ってもらうこと……です」

 詰まり詰まり言葉を紡ぐと、教授は「おやおや」と肩をすくめると、

「我々も偉くなったものだな。確かに私たちは、人間より優れた力を持っているかもしれない。しかし、人間に『幸せ』になって天上に行ってもらう? どこまで増長するつもりかね?」

 教授の言うとおり、私たちには人間にはない能力も持っている。それは例えば五感が鋭かったり、姿を見えなくしたり、空を飛んだり、念動力であったりするのだが、いかに教授に異論があるとはいえ、「人を幸せにする」ということと、それら能力を持っていることはまた、別の次元の問題だ。

「人間の魂を天上に送る、それ以上のことが、我々の能力や分を超えているという謙虚さを、どこにおいてきたのかな? それこそ、我々ですら存在の知れない『神』にでもなったつもりか?」

 教授の皮肉に、教室のあちこちから、同級生のくすくすという意地の悪い笑い声が聞こえる。

 『神』といえば、人間よりも霊的な存在に親しみのある私たちでさえも、その存在は霧の中に隠されている。確かに私たちの使命は、人間の魂を天上へ送ることだ。だが、それが何故なのか、正確なところを言えば、偉い学者でもわかっていないことなのだが。

「しかし、教授。お言葉ですが――!」

「――おやおや、ご講釈があるのかね? 教室中のゼミ生が承知の上のそんな基礎的なことに反論する気概があるとは、さすがの私も恐れ入るよ」

 大げさに、おどけてみせる。私は悔しい気持ちでいっぱいになり、俯いた。

「二階堂、お前は、何かと『人間の幸せ』と言いたがるが、それはあくまで『未練』を断ち切る付随物として存在するものだ。そんなことを考えている安っぽい輩がいるから、天上へ送られるべき魂が渋滞してしまうのだよ。理解しているか? 我々の使命は、人間の魂を天上へ送ること。それだけでいい。それで、前回のレポートの件だが、成績はどうだった?」

 私は赤面しつつ答えた。

「『可』です……再提出で……」

「再提出で『可』。そんな成績のものは、このゼミには他にいたかな?」

 しょぼくれる私に辛辣な皮肉を投げかけ、「座ってよろしい」、と吐き捨てるように言うと、教授は教壇に立ちなおり、全生徒を見渡す。

「生徒諸君、君たちもこれより、今後の進路を確固とすべく、実習期間へとはいる。そこで、人の魂を天上へ送る『エージェント』の何たるか、それが本当に自分に向いているのか――」

 教授はじろりと私を睨みつけ、続ける。

「――あるいは自分では手に負えない職業であるのか、きちんと見極めてきたまえ。あくまで私情を挟まず、くれぐれも客観的な判断をしてくることを期待している」



 放課後、人間界で言えばパルテノン宮殿を彷彿とさせる無駄に荘厳な校舎を出る私に、慰めの声をかけるクラスメイトはいない。

 私の受けているゼミである『エージェント養成コース』以外のゼミには親友もいるが、私にとって、このゼミは針のむしろ以外の何物でもなかった。

 ――落ちこぼれの遊馬ゆま

 クラスのみんなが、影で……いや、影でなんかじゃない。公然とそう後ろ指を指しているのは、周知の事実だ。

 悔しい思いに唇を噛む。

 雲海を突き抜けた高みにある、『人間界』と『天上』の狭間にある私たちの世界の、果てしのない真っ青な空を見あげる。この空は、人間たちの魂が天上へ送られる回廊であるというのが私たちの言い伝えだ。

 ――負けてたまるか。

 気持ちをリセットして、持ち前の負けん気と空元気で自分を鼓舞すると、背中にした校舎を振り返ることもなく、私は前へ前へと足を進めた。

 

 とにもかくにもこんな感じで、私を落ち込ませるには十分な皮肉が、実習に先立つ教授の最後の指導となった。



***



 人間界に住居を与えられ、実習に向けての整理も一段落着いた私は、実習先である、古びた建物の前に立っていた。

 あらかじめ与えられた地図を頼りに辿り着いた事務所は、辺りの住居よりちょっと古びた程度の一見何の変哲もない建物だった。あまりにも違和感なく周囲に溶け込んでいるため、一瞬地図を読み間違えたのかと思った――のだが。

「あれ?」

 がやがやと楽しそうに騒ぎながら私の後ろを通過しようとしていた、中学生と思える男子三人組のうちの一人が、事務所の方を見ると小さくそう呟き、

「ねえ、こんなところにこんな建物あったっけか?」

 他の二人に問いかけた。

 しかしその問いかけに、二人は『はあ?』と声をそろえると、

「何言ってんの? どう見間違えたらこんな『雑草だらけの空き地』に建物が建ってるなんて思えるんだよ」

「お前、まじで頭大丈夫か?」

 その後も一人は建物の存在を訴え続けたが、私の視界から消えるまでついに他の二人はそれを信じることはなかった。

 間違いない。ここは、人間界にあって、人間界を超えた場所。道端の小石のように、そこに『あるだけ』。存在意義すら知れない建物だ。

 さっきの中学生の一人のように、いわゆる「霊感」が強い人間には見えることもあるらしいが、実際その存在にほとんどの人間は気づきもしない。


 私の憧れ、『エージェント』の住処。

 さまよえる魂の集まる場所。

 心臓がドキドキいい始め、私の大きすぎる目標が、私を待つ未知の体験が、緊張を高める。

 ――だめだ。逃げるな。ここで、しっかりと自分を磨かねば。

 今まで「落ちこぼれ」との嘲笑の渦の中で生きてきた私にとっては、もはや私の存在意義は、「誰にも引けを取らないエージェントになる」ことでしか救われることがないのだ。

 私は、高鳴る心臓の鼓動を感じつつ、居住まいを正すと、

「よし、頑張らなきゃ!」

 と努めて元気よく自分を鼓舞して、事務所に入っていった。


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