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春風を呼ぶエバーグリーン

 資産家から暇を言い渡され、怠惰的に受け入れたのはいいものの、行き先は不明だった。

 元より旅慣れているため、せっかくならば新天地にでも行こうかと海辺を歩いていたら、端正な顔の男にいきなり声掛けられ、言葉少なに「来ないか?」とだけ誘われた。

 この男、自分の腰に携えたものに何の警戒心も持たないため、逆に不安になり、雨露を凌げる場所も欲しかったため断る理由もなく頷いた。

 住み込みで働くと改めてため息を着く。この男、生活力がまるで無い。資産家だってもう少し環境を気にするぞ、というくらい殺風景だった。

 魔術に関する書物と古臭いノート。食べ物の保管庫と本棚と水回りのみ。というわけでまずは食べ物の確保から懇々と進言したら男は紙を寄越した。魔術師なんだから意思疎通くらい取れるだろうと(実際、そのような経路を作り上げる奴等の方が多かったくらいだ)これまた進言したら『人と話すのは苦手だ』と返された。

 まあ、この殺風景を気にしない無頓着な男だ。仕方ないので伝書鳩を使うことにした。

 それから、疎らではあるが人の出入りが増え、伝書鳩の出番は薄れて外で自由に飛んでいる。

 ただ、伝書鳩というには全体的にスラリとしているし、羽も純白で綺麗だ。何より鳥の目が凛々しい。鳩ってもう少し可愛くなかったか?

 そんなことを考えながら、腰辺りに触れた。策略を切り裂く為に磨いた刃は招待客と無頓着男に栄養を付けるために食べ物を切る道具に変わっていた。

 刃を奮う者が資産家に雇われる理由なんて大体が資産家の護衛か、預かった荷物を運ぶ物流だ。その荷物というのが大体は秘匿される技術か策略的な内容を記載したもの。魔術なんて言う不可能を可能にする者は大抵いがみ合っているので、内乱は絶えない。

 この国が国として名を馳せた頃、つまり黎明期は人死が絶えなかったが今は築き上げた地位を奪われ失脚させられるだけだ。

 失脚させられた者は泥臭く走り回る。魔術が使えない者もこうして開拓民として必要とされるくらいには生きやすい。

 だからこそ、この男は奇妙なのだ。なぜならこんな辺境の地に潜んで、代わり映えのない日常を送っている。その理由は、何故か聞けないでいる。

 特に気にしないけど、なんて吐いては現状維持を望んでいる。

 そんなこんなで、ある意味意思疎通が難しい偏屈男に拾われてそれなりに日が経つ。相変わらず埃臭い書物を整理しながら、食卓部屋と寝室を掃除する。

 殺風景だった部屋は生活力に溢れている。無論全部差し入れなのだが、工夫を凝らして生活の一部に汲んでいる。

「レイザ!」

 大声で呼んでやって来たのは、何を隠そう偏屈男その人であった。

「びっくりさせ……」

 思わず素が出るところだった。そうだ、殺風景なところでも平気で寝起きするやつでも、差し入れた野菜だけで作った適当なスープを一気飲みする変なやつでも一応雇い主だ。

「……何かあったんですか、ゼーウェル卿」

 何を隠そうこいつはアルディ研究所のエリートチーム『サッグ』の現場責任者だ。

 家はそこそこ、資産そこそこ、魔術の素質は可もなく不可もなく、加えて大の武力嫌いなため、護身用の武器は一切持たない変人だ。エリートチームで唯一、辺境の地だろうが村の中だろうが、何処にでも現れるため人呼んで『ゼーウェル卿』になった。一応中央を取り仕切る責任者、ではあるから矛盾はない。

 しかし、この男の最大の特性は無頓着。

 よく吟味もしないで人から何でも貰うわけで。そして、この筋金入りのお人好しはそれを断れないので。

「今日は聖夜らしい。差し入れを貰いすぎて運ぶのに苦労した……手伝ってくれないか」

「はいはい、良いですよ、ゼーウェル卿」

 体のいいパシリじゃねえかと悪態を心の中でつきながら、偏屈男の後を追う。


 案の定、差し入れは玄関前に散らばっている。

 彼なりには工夫したらしいのだが、まあバックには収まらない瓶類の飲み物も箱付きであるわけで。

「はぁ、箱に入れるか籠に入れるかしませんか……」

 それならソリで運べますよ、なんて言ってやる。幸い、ソリは外にある。荷車もある。魚も釣るから荷車は必需品だから置いてある。

 しかし、この男は何故かムッとしたまま言い返す。

「そんなことしたら汚れるだろう」

「でも落とすよりマシですよ、ゼーウェル卿」

「この箱の飲み物だけは汚したくないから却下だな」

「あーはいはい」

 ここから先は面倒な事になりそうだから切り上げる。

 箱に入っているものは、なんて事ない、ワインだ。しかも発酵していないまま搾りきったものだ。

「これ、カベルネ?」

「あ、ああ、カベルネ、というのか。葡萄を使ったものが欲しいと頼んだらこれを持って来られた」

 カベルネは耐久性に優れ、比較的育てやすく、味もスッキリするため、ワインだけでなく、単に喉を潤すジュースなんかにも使われる。

 そうだ、よく葡萄の具合を見に行ったものだ。葡萄は、ワインになる。ワインは、静かに、飲みたいものだ。

 だが、ワインになったものは大抵高価でやり取りされるから縁遠かった。それに、ワインはよく席に着いた時に出されるものだから。

 だから、安易に口をつけるわけには、いかなかった。例え、自分が見つめた葡萄畑で作られた作物だとしても、だ。

 それなのに、発酵していないものをわざわざ買ってくるなんて。申し訳程度の香りしかついていない安っぽいジュースに飾り付けをするなんて。

 そうだ、この男はやはり変なやつだ。

「レイザ、私は生憎、ソムリエでは無いのだが」

「……」

「多分、これは美味しいと思うんだ」

 グラスくらい置いておけと言われたからグラスも貰って来たぞ、と脇に抱えた箱を俺に見せる。

 ワイングラスのセットが箱に入っている。間違いない、この男、わざわざ買って来たのだ。

「確かワインに合うのは……」


 本当に、本当に──変なやつだよ、あんたは。


「レイザ、ゴールディーバーというチョコも買ってきた。同期がカベルネにはチョコだろうなんて言うから、見繕ってもらった」

 あまりにもおかしくて笑いが止まらない。

「……レイザ?」

 僅かに目を見開いた男は、どうやら困惑したようだった。

 だって、そりゃあこれはもう。

「……ゼーウェル、多分それバレンタインの話なんじゃないか?」

「……?」

「バレンタインは好きなやつにあげるイベントなんだぞ、知ってたか?」

 あんまり笑いすぎると可哀想なのでこの辺りで終わらせておこう。

 この偏屈男は、まさか無骨な男相手にバレンタインプレゼントを渡すなんて思わなかっただろうから。

 可哀想なやつだな。かわいい女の子じゃなくて、ファーストバレンタインは無骨な男でした、だなんて。

 すると男は一瞬驚いたが、この後の表情は──笑っていた。その笑みは納得したような表情だったから、俺が戸惑った。

「……?」

「まあ、いいか」

 まあ、いいかってどういうことだ?

 なんか、ひとりで話を進めてないか?

 こいつはそういうやつだと気づいた時には遅い。

「えっ、いいのか?」

「結果良ければ全て良し、だからな」

 そう言ったゼーウェルは、さっきまで見せていた疲れた表情など無かったかのように、軽やかな足取りでカルベネ味のジュースとグラスとチョコを抱えて食卓に向かった。


「……あ、あんたってやつは……」


 本当に、あんたってやつは、なあ!


 散らばっていたのは研究チームがまとめた書類だけでプレゼントは無事だったようだ。


「ゼーウェル卿、手伝ってくださいよ! こんな量まとめるの面倒なんで!」

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