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ヒメガミの艦内は、外壁と同じ純白で統一されていた。
誰の趣味だか定かではないが、悪趣味でしかないと。一足先に艦橋へと向かったノートのぼやきに、カチは胸中で頷いて賛同する。綺麗すぎる色合いは、不気味だった。
照明が眩しく感じられるほどに周囲は白く、無機質で暖かみがない。低いエンジン音も抑揚は少なく、艦体の揺れすらも感じない。まるで檻のようだ。
あまり長くいたくはないなと、カチは思う。
「あの、運命連結装置って、なんですか?」
足跡をつけるのさえ躊躇される滑らかな床の上を恐る恐る歩きながら、カチは黙ったままの真朱とリドフォールの間で身を縮ませていた。
場の雰囲気を取り繕っていたノートがいなくなり、すれ違う人すらもいない閉鎖的な廊下には、ぎすぎすした雰囲気が漂っている。
「オフショア、トランジエント、レジデントの三姉妹の能力を連結する特殊な装置さ。このヒメガミと月にある基地、外宇宙要塞の三カ所に設置されているよ」
先頭を歩きながら、リドフォールは真っ直ぐに伸びる廊下を足早に歩く。カチでは小走りになってしまう速度だった。
軽く息を切らしながら、段々と近づいてくる巨大な扉を、カチはリドフォールの背中越しに見た。イサナよりも一回りほど小さいヒメガミの最奥に続くこの扉の向こうに、運命連結装置と呼ばれる機械があるらしい。
「過去、未来、現在を見通す力を持つ三人のオルカの思考を人工衛星を通してリンクさせ、より正確で大規模場索敵を行うことができるんだ。オフショアは過去を視る力を持っているんだよ」
機械的な周囲の景色とは別に、神秘的な装飾を施された扉は異質で、神聖な雰囲気を醸し出していた。知らず、緊張感を覚えて体が硬くなる。
そんなカチの様子を尻目に、リドフォールは扉の横にあるセキュリティ装置を解除した。ひんやりとした空気を吐き出しながら、扉が左右にスライドしてゆく。
「これが、運命連結装置?」
広い室内の三分の二を占めるのは、緩やかな弧を描く丘……のように見える、巨大な黒塗りの機械だった。
『……カチ。待っていた』
エコーが掛かった声に、カチは機械の中央に視線を向ける。そこには、機械の山に埋もれるようにして、オフショアの小さな体が収まっていた。
色味のない姿態を取り巻く、何本もの鮮やかな色をしたコードは、華やかだった。その一方で、幻の中で視た悲しいアンピトリテたちの姿を連想させた。
「パンドラの様子はどうだい?」
『同じ。北へ向かっているけど、正確な位置は特定できない』
安楽椅子に固定され、身動きできないオフショアは、瞼の重そうな瞳をカチへと向けている。虚ろな瞳からは、感情は読み取れなかった。
出会った時よりも、なおさら人形のような無機質さをカチは感じていた。
この状況を非難すべきなのか。それとも、悲しむべきなのか戸惑い、真朱を盗み見た。
頭上から降りそそぐ強すぎる照明に目を細め、唇を引き結び、真朱は黙ってオフショアを見上げている。
道具として扱われ、殺されたアンピトリテに強い想いを抱いている真朱は、機械に繋がれているオフショアのことをどう思っているのだろうか。カチは胸の痛みを抱え、しかし、なにも言えずに視線を元に戻した。
「わたしは、なにをすればいいの?」
『こちらへ来て』
オフショアが収まっている座席部分が下りてくる。
素足を冷たい床にのせて立ち上がり、コードを引きずりながら、オフショアは細い腕をカチへと伸ばした。
「さあ、言うとおりにするんだよ」
リドフォールにも促され、カチは冷気を纏わせる装置へと……オフショアの元へと歩いて行く。
「……手を」
機械越しではない肉声に促される。
「こう、でいい?」
小さな手を、カチはそっと握った。
冷却された室内にずっといたせいだろうか。オフショアの手は子供のものとは思えないほど、体温が感じられなかった。
「リドフォール、真朱。オフショアはカチと二人でいたい」
「二人で?」
「近すぎてノイズが多い」
聞き返す真朱に、オフショアはこくりと頷き返して、続けた。
「見つけなくてはいけないものは、すぐにオフショアとカチが見つける。真朱は準備がある。いつまでも、ここにいてはいけない」
「たしかに、オフショアの言うとおりだね。思念の海に潜るには、いくらお前でも体を作らないといけない」
「真朱さんも潜るんですか?」
カチは、渋い表情を作っている真朱を見た。
ヒメガミに乗りこんでからずっと、辺り構わずに漂わせていた苛立ちは鳴りを潜め、静かな恐れに塗り変わっていた。
「これが、本業だからな」
希薄な声には、不安と諦めの色が滲んでいる。
「じゃあ、僕達はこの場を辞させてもらおう。何かあったらノートを呼び出すんだよ」
「わかっている」
踵を返して出て行くリドフォールに少し遅れて真朱も続き、広い部屋はさらにその広さを強調させた。
扉が閉まり、小さな機械音を立ててロックがかかるのを待ってから、オフショアは口を開いた。
「カチは、何がしたい?」
「――え?」
手を握り返され、カチは唐突の問いにオフショアを見下ろした。
「オフショアは、ここに在るために、ここにいる」
困惑するカチを、オフショアは深い漆黒の瞳で見上げてくる。心の奥底を見つめられているようで、息苦しかった。
「……だから、オフショアは可哀想ではないの」
「ちがう、わたし!」
感情の伴わない平坦な声は、無防備のカチの心を抉った。思わず小さな手を振り払って、後ずさる。
「あっ!」
機械とオフショアを連結するコードが、ばちばちと音を立てて冷たい床の上で蛇のように跳ねた。体勢を崩してふらついたオフショアが、派手に椅子の上に倒れこんでしまったのだ。
「……ごめん、なさい」
「平気。痛くはない……痛みは、感じない」
無表情のまま、コードがまとわりついて重そうな腕を使い、オフショアは椅子に座り直した。
「カチは、どうしてここに来ようと思った?」
感情が無いはずなのに、なぜか目を逸らせない強い視線にカチは焦っていた。
「なにかできることはない、かって……」
「なんのために? 誰のために?」
問われ、生唾をごくりと飲み込んだ。