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青の住人  作者: 濱野 十子
四章 願う声は、届くことなく
16/40

世界を占める海の緩やかな波間に、オレンジ色の光が射し込んでゆく。

 隕石が落ちて大陸が沈んでから、地球の日の入りは極端に早く、深い夜の闇が占める時間が長くなった。

 市街地を抜けた真朱(まそお)は星がちらつき始めた空の下、真っ直ぐに荒野を走るハイウェイをバイクに乗って駆けていた。

 一般人の立ち入りが制限されているために、手入れが行き届いていないこの区画では、地盤である浮体ブロックの無機質な表面が覗き、殺風景な景色に拍車を掛けている。

 華やかな都市部とのギャップは、人類の脆弱さを示しているようにも思え、真朱は自虐的な感情が浮かんできた。

 すぐに真朱は「くだらない」と舌打ちをして、アクセルを握った。

宵の闇が深くなるにつれ、地球を一周している宇宙ステーションは輪郭をはっきりと現してくる。

 宇宙ステーションの白い壁面は途切れることなく頭上に浮び、一万二千キロメートルの物体が持つ無音の重圧を、地上に与えている。

 広いのか狭いのか、結局のところ良く分からないのが、現地球への真朱の印象だった。

(いったい、何を起こそうとしているんだ。あの場所で?)

 真朱は、装備品を体に固定するハーネスの慣れない圧迫感と実弾型の拳銃の重さに辟易していた。

 同時に、無人の区画とはまた違った、緊張をともなう静けさに焦る胸中を、真朱は自覚していた。

 焦ったところで、性能以上のスピードを出せるわけではない。それが分かっていても、アクセルを握る右手から力を抜くことはできなかった。

(――集中しろ!)

 ぎりぎりと擦れる奥歯に悔恨の思いを挟んで磨り潰し、エンジンをふかす。

 リドフォールが送った先発隊は、既に施設に到着しているのだろう。どれくらいの人数が押しかけているのかは定かではないが、真朱は無事を願わずにはいられなかった。

 カチの無事だけではない。カチを保護するために差し向けられた武装兵グループの安否もまた、真朱の気になるところだった。

 マーフォークが作られた理由および存在価値を知る身であるなら、なおさらブルーの華奢な外見に比例しない凶悪さは想像に難くない。

「くそ、嫌な予感がする」

 僅かに体を起こし、不毛な景色の中で唯一文明を思わせる尖塔の姿を睨み付ける。

 辿り着いた先に最悪の結果が待っていないようにと真朱は胸中で祈り、先を急いだ。十年前の悔恨の地に、もうすぐ辿り着く。


◆◇◆◇


「私は兵器として振る舞うことを望まれ、この世に生まれ出た」

 饐えた血臭が空気を浸食していた。

 カチは目の前で起きた一瞬の攻防を理解することができなかった。ただ呆然と、口を開いたまま、座り込んでいた。

 突然、現れ、会話を中断させた黒い軍服を着ている男達の大半は、一瞬のうちに血の海に倒れた。

 残った者も、たった独りの女にあっけなく無力化されてしまったことへの動揺をフェイスマスク越しに滲ませたまま、物陰から銃を構えてブルーの様子を窺っていた。

「撃てないのか。この私を」

 無防備に立つブルーに、しっかりと向けられる銃口。銃爪に指が置かれていても、誰一人として次弾を発射できないでいた。

 床に倒れてる男達は、ブルーの力によってはじき飛ばされた銃弾を受け、倒れたのだ。 たとえ、流れ弾であったのだとしても、不可視のブルーの力を前にして、屈強であるはずの男達は情けなくも戦いていた。

「あたりまえだ。恥じることなど、一切ない。ただのヒトでしかないお前らに、私は殺されない……二度も殺されてやるわけにはいかない!」

 空間を操り、力場を操る独立完全歩行能力(フリーウォーカー)

 目に見えない強固な力の壁によって叩き落とされた銃弾を踏み分け、ブルーは地球のロゴマークを制服の胸につけている男達に歩み寄っていった。

 ゆっくりと、焦らすように動く視線は、死神が獲物を物色するようにも見えた。男達の口からは、くぐもった悲鳴が上がった。

「やめて、ブルー!」

 血の海の中を悠々と渡ってゆくブルーの、シャープなシルエットへ向かって、カチは声を張り上げる。

 大きく息を吐けば、その分だけ血臭に湿った空気を吸い込むことになる。カチはたまらない生臭さに嘔吐きそうになった。それでも、声を上げずにはいられなかった。

(殺される、みんな――みんな死んでしまう!)

 ぎゅっと唇を噛みしめて、カチは倒れたまま身じろぎもしない男どもを、ちらりと見やった。

 生きているのか、死んでいるのか。遠目からでは良く分からない。濃厚で、粘つく血液は今なお床を汚し続け、冷えた空気の中で蒸気を漂わせていた。

「だめ!」

 不快感を振り払い、カチは立ち上がった。震える膝を懸命に動かし、銃弾に足を取られながら、ブルーに追いすがる。

「――離れていろ!」

 怒声と共にブルーの体から膨れ上がる殺気は、そのまま力となって、カチに向かって襲いかかった。

「お願い、殺さないで!」

 濁流のような圧力に押し流されるのを感じながら、カチは喘いだ。両手をばたつかせ、吹き飛ばされそうになる体を必死に支える。

「お願い!」

 長く伸びた銀色の髪がカチの思いを汲んで、羽ばたく鳥の翼のように大きく広がった。

「……多面感応能力(エクストリームシンパシィ)! いいや。これは、それだけではない!」

 感嘆に咽ぶ須加の声を聞いている余裕は、カチにはなかった。ブルーの力に抗うべく強張らせた自身の四肢から放たれる、虹色に輝く鱗粉に、両目を見開いた。

(これは、何?)

 カチは理解できず、助けを求めるようにブルーを見つめる。だが、ブルーもまた、血臭の煙る室内に広がってゆく輝きに驚いている様子だった。

 ――教えてあげる――

 脳髄に響く少女の声に、カチはびくりと肩を震わせた。

(……誰?)

 どうやら少女の声は、カチにしか聞こえていないようだった。

 刃物を思わせるブルーの鋭い視線にたじろぎながら、カチは声の主を呼んだ。

(これは、何?)

 カチは理解できず、助けを求めるようにブルーを見つめる。だが、ブルーもまた、血臭の煙る室内に広がってゆく輝きに驚いているようだった。

 ――教えてあげる――

 脳髄に響く少女の声に、カチはびくりと肩を震わせた。

(……誰?)

 少女の声は、カチにしか聞こえていないようだった。

 刃物を思わせるブルーの鋭い視線にたじろぎながら、カチは声の主を捜して虹色の鱗粉で眩く輝く室内をぐるりと見回した。そこで、背後で沈黙していたカプセルの群に目を留めた。

「カプセルが、開いている?」

 なんの前触れもなく、一つの筒のようだったカプセルの蓋が開いたのだ。

「馬鹿な。皆、死んでいるはずだ、開くわけがない」

 呆然と呟かれる声は、ブルーのものだ。怒気を収め、同じように呆然としている武装兵と一緒になって、次々と開くカプセルを見ていた。

「アンピトリテ?」

 カプセルの中から、白い手が這い出してくる。血の色の通っていない、雪のように白く細い腕には、血管をそのまま引きずり出したような細いコードが幾重にも絡みついていた。

「……ひどい。どうして、こんなっ!」

 カプセルから這い出してきたアンピトリテの姿に、カチは愕然とした。無機質なコードが伸びているのは、腕だけではなかったのだ。

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