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「予定日まで一週間あるから大丈夫」と言った俺、気がついたら人生終了

作者: 紡里
掲載日:2026/05/16

出産にまつわるセンシティブな話題です。苦手な方はご注意ください。

 職場の同僚と飲みに行き、家に帰ると明かりが点いていなかった。

 妊婦だから早く寝たのかと、気にせずに風呂に入る。


 寝室に一歩入ると、びちゃっと足が濡れた。

 なんだ? 

 床くらい拭いておけよ。最近は屈むのが辛いと言って、掃除も適当だよな。産休に入ったのに、改善されない。


 一言言ってやろうと思ったが、ベッドに妻は寝ていなかった。

 なんだ? どこにいる?

 リビングにも風呂場にもいなかった。トイレにも……。


 スマホで電話をかけると、ベッドサイドで音が鳴る。

 持たずに出かけた? 

 そこで俺はようやくおかしいということに気がついた。


 だが、どうすればいい?

 自分のスマホを見る。

 飲み会に行くというメッセージに、妻は文句を返してきた。それが午後六時。

 午後八時に、公衆電話から不在着信が入っている。

 公衆電話?


 酔っているから頭が回らない。

 明日も仕事だ。

 いないものは仕方ない。あいつもいい大人なんだから。

 そう考えて、仕方なく俺は寝た。



 妻が帰ってこないから、冷蔵庫のものを適当に食った。妊婦が無断外泊とか、何を考えているんだ。

 二日酔いの頭を抱えながら、会社に行く。


「昨日はお疲れさん。奥さん怒ってたの、大丈夫だったか?」

「いやぁ、それが、帰ったらいなかったんですよ。ふてくされて家出ですかね。もうすぐ母親になるっていうのに、ガキっぽくて困っちゃいますよ。床が水浸しなのに掃除もしないで――」


「あなたたち、なんの話をしているの?」

 女だてらにグループリーダーをしている人が、不機嫌そうに割って入ってきた。

「それ、破水したんじゃない?」


「ええ? 出産予定日までまだ一週間ありますよ」

 この人、確か子どもいたよな。予定日に有給を申請しているんだから、俺がいい父親になりそうなことくらい察してほしい。


「予定日より早く生まれるなんて、普通にありますよ。まさか、あなた父親教室に行ってないの?」

 すごく呆れたように言われた。

「あ、ちょっと忙しくて」

「今日は有給を取って、奥さんを探しに行きなさい」


 なんだ、その命令。

「いやいや、先日、大型の契約が内定したじゃないですか。俺を抜きで進められたら困るんですけど」

 ほんと、この人わかってないな。


「後悔しても知らないわよ」

 なぜか捨て台詞を吐かれた。なんなんだよ。ヒステリーなババア。



 普通に仕事をして帰宅すると、ベッドサイドにあった妻のスマホが消えていた。他にも何か減っているような気がした。俺が出勤している間に荷物を取りに来るとか、姑息だなぁ。


 しぶしぶ妻の実家に電話をかけた。

「今さら、何の用だ」

 不機嫌な義父に電話を切られた。電車で三時間かかるから、駆けつけることもできない。

 まあ、実家にいるんだろう。書き置きもしないで、迷惑なやつだ。



 ついに出産予定日が来た。ところが、まだ妻は帰ってこない。

 そういえば、どこの病院かも知らない。夫婦揃って行く人もいるらしいが、別に必要ないだろう。

 病院の手がかりを探していたら、父親教室のチラシが何枚もあった。主催は市役所だ。病院だったら、そこに今から行くのに。まったく、紛らわしい。


 妻の番号にかけたが、出ない。SNSのグループに書き込んでも、未読のままだ。


 妻の実家に電話をかけても、すぐに切られてしまう。仕方なく、田舎に行くことにした。もう休みを取ってしまったからな。


「ここにはおらん。金輪際、うちの敷居は跨がせない」

「妊婦だから、心配をしているんですよ」

「一週間も放置しておいて、何が心配だ。ふざけるな」

「俺だって、仕事で大変なんです。それを理解して支えてこその妻でしょう」

「……お前、昭和の頑固ジジイか。いかにも仕事ができない奴の屁理屈だな。近いうちに弁護士をやるから、首を洗って待っていろ」


 口うるさい妻の親は、理屈っぽくて嫌味なジジイだ。なんで俺の方が「頑固ジジイ」なんて言われないといけないんだ。弁護士ってなんだよ。


 妻とは社会人になって知り合ったから、学生時代の友達を知らない。結婚式の準備は妻に任せたから、名簿がどこにあるかわからない。

 妻には妹がいるけれど、俺のことを嫌っている。連絡先の交換なんか、していない。


 翌日、出社したら声をかけられた。

「子どもは無事に生まれたのか?」と同僚が軽く訊いてくる。


「知らん。実家に行ったが門前払いされた」

「お前、それ、やばくねぇ?」

 うるさい。そんなの、わかってる。


 卓上の電話が鳴った。内線で、受付からだ。

「弁護士と奥様の妹を名乗る方が受付にいらっしゃっています」


 妻の妹は大学四年生だ。就職は決まったはずだから、縁故採用の頼みじゃないだろう。


「離婚届にサインをしてください」

 藪から棒に義妹に言われた。


「へ? 子どもがいるのに……あ、生まれたのか?」


 義妹は顔をしかめて、俺を睨みつけた。

「一週間前に破水して、私がタクシーで病院に連れて行きました。母体か胎児かどちらかを選べと言われたので、迷わずに姉を選びました。

 だから、子どもはいません」


「お前……人殺しだろ、それは!」

 俺の声が、ロビーにこだました。

 ぎょっとした人たちの視線が刺さる。


「臨月の妻を放置して飲みに行く男が、何を偉そうに!

 もし子どもを選んでも、父親教育にすら行かない、出産予定日があくまで目安だってことすら知らない男に、子育てなんかできるわけないじゃない」


「だって、子育ては女の仕事で……」

「共働きで生計を立てている男が何を言っているのよ。

 とりあえず、家庭を築く気がないんだから離婚して。一昨日、ようやく起き上がることができて、姉さんは署名したわよ。もう、あんたの顔も見たくないって」

「いや、俺たちは話し合わないと」


「今まで姉さんが協力してって言っても話を聞かなかった。どこの産科に通っているかすら興味ないから、知らなかったんでしょ。

 有給取ったから『俺っていい父親』ですって? 父親になる準備もしないで親になろうなんて、舐めるな。ワンオペ育児するなら、役立たずの夫なんか要らないわ」


 その後、弁護士が何か説明していたが、まったく頭に入ってこなかった。

「もう駄目なんですね。浮気もしていないのに」

「……私は奥様の代理人なので、その件についてはお答えできません。ですが、相手を思いやるつもりがないなら、夫婦生活を続けていくのは難しいかもしれませんね」


「あんたは結婚しない方がいいよ。子ども作ったって、『一緒に遊ぶ』ことしか考えてないでしょ。オムツを替えるとか、怪我しないよう見守るとかする気がないから――」

「……サインします」

 もう、この義妹とは縁を切りたい。



 帰って行く二人を、ロビーのソファーに座ったまま眺めていた。

 分与するような財産もなく、慰謝料の請求もされず、ただ縁が切れた。ああ、妻の体調が落ち着いたら荷物を取りに来るって言っていたか。


 ふらふらと自分の机に戻る。手の中には妻の結婚指輪があった。

 義妹に突き返されたのだ。



 数日後、大型の契約が成立せずに、皆が頭を抱えた。

 ベビーグッズ関連の仕事だったから……。

「お前がロビーで騒いでいたのを、見られたからだぞ」

「そんな……お前たちが俺を飲みに誘ったからじゃないか」


 俺は、たった一度の飲み会で、大切なものを失った。


SNSで見かけた話題から、衝動的に書きました。

医療関係など間違いがありましたら、柔らかめの言葉でご指摘ください。

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― 新着の感想 ―
予定日からズレることがある、なんて小学生でも知ってるレベルでは・・・ むしろここまで来ると、なんでこんなゴミと結婚したんだってレベルな気がするな
一度の飲み会が原因だと思ってる時点で
妻が出産直前なのに一般常識以下の知識しかないのが終わってる。当人は自分はそんなに悪いことしてないなんて思ってそうだし次の機会があってもまた同じ事して離婚されそう。
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