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3 料理で誘惑?

 しかし翌日も、またその翌日も、燕鶯は特別用があるわけでもないのに、月明宮の近くを通るようになった。

 ちなみに月明宮は後宮の中でも北側の一番外れにある場所だ。

 皇帝の居室からも遠く、ともすれば、誰からも忘れさられてしまう、まるで冷宮のような寂しい所である。


 燕鶯が通るたび、いつも月明宮から楽しげな笑い声が響き、食欲を誘うにおいを漂わせ、中を覗くと、凜答応が常に忙しく動き回っている。

 燕鶯は立ち止まった。

 今日は肉の焼ける香ばしいにおいだ。ニンニクの香りがそそられる。

 燕鶯はごくりと唾を飲み込んだ。腹がぐうと鳴る。うまそうなにおいだ。


 凜答応はいったい何を作っているのか。

 もしや、料理で私を誘惑しているのか!


「陛下?」

 旺千に声をかけられ我に返った燕鶯は、月明宮を振り切り歩き出す。

「夾竹桃の枝を串代わりにするのはヤバいって! ありゃ猛毒だ。死ぬから気をつけろ」

 背後から聞こえてきた凜答応の大声に、燕鶯はぐっと手を握りしめ、きびすを返す。

「月明宮へ」

 手にした払子を前方に掲げ、皇帝陛下の行き先を告げる旺千の声。背後に従う侍女や太監、侍衛たちがあたふたと小走りに燕鶯の後を追いかけた。


 月明宮の前庭に炭の入った火鉢を置き、その上に網を乗せ、一心は串焼きをしていた。

 その周りを侍女や太監たちが、椀を手に囲んでいる。

 串には鶏肉や豚、さらに、唐辛子やカボチャ、ニンニク、ネギ、トウモロコシ、他にもたくさんの野菜が刺さっていた。

 炭火で串焼きを炙りながら甘辛いタレをさっと刷毛で塗り、くるくると指先で串を操りじっくりと火を通す。

 焦がしてはいけない。均等に火を通していくのだ。


「炭火焼きのコツは遠火で強火。炭火と食材の距離がポイントだ。炭は中央を少なく、まわりは多めに並べる。そうすると火力が中央に集まるから均一においしく焼ける」

「焦がさずに焼くのは難しそうですね。というか、姉姉、串焼き料理なんていつ覚えたんですか?」

「見よう見まね?」

「ふうん」

 納得はしていないが、それ以上突っ込んでこないところが詩夏のいいところだ。

 詩夏は興味津々で一心の手元を覗きこむ。

「もうすぐ焼き上がるからな。おっと、熱いから気をつけろ。火傷するなよ」

 垂れたタレが炭に落ち、小さく弾けて音をたてた。

 立ちのぼる煙が、夕暮れ間近の紫色の空へ昇っていく。


 月明宮の前庭には灯籠が灯され、まるでお祭りのような雰囲気をかもしだしていた。

 一心は焼けた串をみなに手渡す。

「このままでももちろんいいが、特製タレをつけて食ってもうまいぞ」

「タレも凜答応さまの手作りですか?」

「ああ、焼き唐辛子ソースに、レモンソースだ。お好みでどうぞ」

 焼き唐辛子ソースは、焼いた唐辛子をパウダー状に砕いてすり潰し、砕いたピーナッツと塩、山椒パウダーを入れて混ぜたもの。ピリッとした辛みがアクセント。

 レモンソースは、生姜、少々の唐辛子、大蒜をペースト状にし、絞ったレモンをたっぷり入れたさっぱりとしたソース。


「こんなおいしい串を食べられるなんて幸せです」

「あはは、私の料理を食べて笑顔になってくれたら、料理人冥利に尽きるってやつさ」

「また意味不明なことを、凜答応さまはいつから料理人になられたのですか?」

 横でぽつりと突っ込みを入れてくる林杏に、一心は適当に笑って串焼きを手渡す。

「いちいち細かいことにこだわるな。豚皮だ。肌にいいぞ」

 林杏は串に刺さった豚皮と、一心を交互に見つめる。


「肌に、いいのですか?」

 以前、肌が荒れていると一心に指摘されて以来、林杏は気にしているのだ。

「林杏、この間はデリカシーのないことを言って悪かった。許してくれ。そのお詫びといっちゃアレだけど、林杏のために焼いた。豚皮はコラーゲンたっぷりなんだ」

「コラーゲン?」

「ああーええと、水菓子みたいにぷるんぷるんの肌になるってことだ」

 一心はさあ、食べろと林杏にすすめる。

「とってもおいしいですよ、林杏さま。特にこの手作りソース! 唐辛子ソースは、ぴりっとした辛みの向こうに、ほのかに香る山椒が口の中で爽やかに広がるんです。だからお肉も全然くどく感じられず、いくつでも食べられちゃいます。そして、こっちのレモンソースは酸味のあるさっぱりとした口当たり。レモンソースをつけて食べると、少し味が濃いめの唐辛子ソースが食べたくなり、次はレモンソースと、交互に無限に食べられちゃう、まるで悪魔の罠です」

 今日も詩夏の食レポは冴えている。


 串焼きを見つめていた林杏はぱくりと豚皮を頬張った。たちまち林杏の頬に赤みがさす。その表情はおいしいという顔だ。

 一心は腰に手をあて、満足そうに頷いた。

 小言が多く、近寄りがたかった侍女頭の胃袋をがっちり掴んだというところか。

 料理に関しての感想は特に言わないが、無心に食べているところを見ると、気に入ってもらえたようだ。

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