1 今日からオレが飯当番!
タタタタタタタタタタっ!
その日の夕刻。月明宮の厨房から、軽快な包丁の音が響いた。
包丁のリズムに興味をひいた月明宮の侍女や太監たちが、そろりと厨房の入り口に集まり中を覗き込む。
たすき掛けをした一心が、よし、と気合いを入れ調理に取りかかる。
刻んだ玉葱、人参、ニラ、イカを、卵、薄力粉、片栗粉、水を加えて混ぜた器の中に入れよく掻き混ぜる。
「生地の固さはさらっとするくらいがベスト。水の量が足りないと食感が固くなるからな」
一心はかき混ぜた生地を匙ですくった。さらりと混ぜた生地が器に落ちていく。
「おいしいチジミを作るには焼き方が重要だ。カリッとした食感に焼き上げるには、油を少しずつなじませながら焼く」
大平鍋に油を入れて熱し、混ぜ合わせた生地を流し込む。
じゅっ、と生地が焼ける音とともに、香ばしいにおいが辺りに漂いはじめた。
流した生地を丸く整える。少し焼き色がついたら、さらに大さじ二杯程度の生地をかけ、表面をならしてひっくり返し、軽く押しながら焼く。
鍋の縁に油を注ぎ、さらに焼く。
「少量の油でチジミをじっくりと焼く。これがカリッとした食感を出すためのポイントだ」
最初は、厨房の入り口で一心の姿を遠巻きに見ていた侍女や太監たちであったが、食欲を誘うにおいにつられ、一人、二人と厨房の中に足を踏み入れてきた。
「さあ、中国風チジミ軟煎餅のできあがりだ。タレはゴマ醤油、酢醤油、辛味噌、好きなタレを付けて召し上がれ」
ほどよい感じに焼き色がついたチジミを器に盛り、特製タレを添えた。
差し出された皿を見つめる侍女たちはごくりと唾を飲み込む。だが、誰も手をつけようとしない。
「早く食わねえと冷めるだろ。遠慮するな」
「で、では、いただきます!」
誰も手を付けないのならお先にと、詩夏が箸を手に焼き上がった軟煎餅を頬張る。
口にいれた瞬間、詩夏は頬を手で押さえ目を大きくする。
「姉姉、とってもおいしいです! 外はカリッと中はモチモチの絶妙な食感。イカの旨味もあってコク深い味わい。生地ももったりと重くなく、具材の食感も感じられ食べやすいです。そして、このタレ! ゴマの香り、辣椒酱の辛み、それぞれが食欲をそそり飽きさせない工夫。まさに箸がとまらないとはこのことですね!」
一心はうんうん、と頷いた。
「そこまで料理の感想を言われると、料理人として嬉しくなるぜ」
さらに、もう一枚軟煎餅に手を伸ばす詩夏に、皆もおそるおそる箸を手に食べ始めた。
一口食べたら、一心の料理のとりこ。そこからもう箸が止まらない。
「おいしいです!」
「こんなうまい軟煎餅は初めてだ!」
「郷里の母親の軟煎餅よりおいしい!」
軟煎餅を口にした途端、皆が声を揃えておいしいを繰り返す。
わっと、侍女や太監が軟煎餅にがっつき、すぐに皿は空になった。
「人気料理研究家のオレが作ったんだから、不味い筈がない。まだまだたくさん焼くから温かいうちに食べろ」
一心は皆の喜ぶ顔を眺めながら満足そうに頷いた。
一時はどうなるかと思ったけど、食材が手に入ってよかったぜ。
数時間ほど前。
食材を物色しに行った一心は、御膳房の女官たちにけんもほろろに追い返されそうになった。
皇帝陛下の寵愛のない底辺を這いつくばる妃を相手にしても、メリットなんて何一つない。むしろデメリットばかりだ。相手にするのも時間の無駄だと思っているのだ。だが、もちろん、ただでくれとは言わない。そこで、詩夏の提案がさっそく役にたったというわけである。
陛下から下賜された銀子が、ここで効力を発揮する。
詩夏が御膳房の女官たちに袖の下を渡すと、彼女たちはコロリと態度を変えた。先程まで口すらきこうとしなかったのに、賄賂を渡した途端、愛想良く対応してくれた。
ここまであからさまだと、むしろ清々しい。
いつの時代も、金がものをいうのは変わらないというわけだ。そうして、賄賂を渡して手に入れた食材で、月明宮の皆に料理をふるまえたというわけである。
元の時代に帰る方法を考えるにしても、腹が減っていては頭も働かない。
一心も自分で焼いたチジミを頬張った。
やっぱうまいな。
これでビールでもあれば最高だ。
「おかわり!」
詩夏が無邪気におかわりを要求する。つられて皆も皿を突き出してきた。
「おう、待ってろ」
焼いては皿に盛り、焼いては皿に盛りを繰り返す。よほど腹を空かせていたのか、はたまた一心のチジミがうますぎるのか、焼いたそばからあっという間になくなっていく。
うまそうに食べてくれるのを見るのは、料理人としての醍醐味だ。
ふと、一心は少し離れた所に立つ林杏と目が合う。
「林杏も食べろ。腹減ってんだろ」
「いいえ、私はけっこう……ふがっ!」
拒否する林杏の口に、一心はチジミを突っ込んだ。
「な! な……」
「うまいだろ?」
片目をつむって一心はにっと笑う。
「凜答応さま、あつっ! はふっ!」
林杏は目を白黒させた。妃にあるまじき行為と咎めたかったらしいが、月明宮で働く皆の顔に笑顔が浮かんでいるのを見て、小言を飲み込む。
「温かくて、おいしい」
「何か言ったか? はい、もう一枚」
焼きたてのチジミを林杏の皿に取り分ける。
「いえ、なんでもございません」
林杏はほこほこと湯気をのぼらせるチジミに視線を落とし、口に運んだ。
「姉姉、なんだか、久しぶりにみんなの笑った顔を見た気がします」
詩夏は頬を紅潮させ嬉しそうに言う。
一心はふふんと笑った。
うまいものを食って笑顔にならないわけがない。
一心は肩の上まで袖をまくり、気合いを入れる。
「さて、まだまだあるからな。どんどん焼いていくぞ!」




