1 李凜花という名の妃
この時代のオレは李凜花という名の女で、凜答応と周りから呼ばれているらしい。
らしいというのは、オレ自身いまだに状況が飲み込めていないからだ。
ちなみに答応とは妃の階級だ。
凜花の中の人であるオレの名は、李一心、
歳は二十二。
人気料理研究家でニユーチューバーだ。
大自然あふれる中国の田舎を背景に、作物を育て収穫し、料理動画を配信することで人気を博し、今ではチャンネル登録者数1780万人越え、レシピ本を出せばバカ売れ。メディアにも出演し、多数の食品メーカーとコラボをしているから、多分知らない者はいないはず。
自分で言うのもなんだが、けっこうなイケメンなので女性ファンも多く、世間でも騒がれている。
一心はうーん、と唸って頭をかきむしる。
川で溺れていた陛下とやらを助け、皇宮という所に連れてこられてから三日がたったが、先程もいった通り、いまだに自分の置かれた状況がわからない。
いや、理解しろという方が無理だろう。
今、オレがいるこの時代は、昔の中国みたいな時代だ。
最初は映画かテレビドラマの撮影だと思っていたが、どうやらそうでもない。それに、どういうわけか、オレの体が女になっていた。
何度確かめても、今までなかったものがあって、あったものがなくなっている。
これが転生というやつか。
なぜ、昔の中国の時代に、それも女の姿に転生したのか、まったく分からない。
一心は腕を組み、目を閉じ天井を見上げる。
自分の身に何が起きたのか思い出すんだ。
そうだ、確かオレは河原で友人たちとBBQをしていた。
この日は目当ての子が来ていたこともあり、いつも以上に張り切って料理を作り、肉を焼いた。
「さすがだわ、一心の作るアヒージョって、すっごくおいしい。一心のような人が旦那さんだったら女の人は幸せね。だって、こんなにおいしい料理が毎日食べられるんですもの」
「そうかな? へへ、もっと食べてよ」
意中の相手に褒められ、デレデレになり、酒もかなりすすんだ。
「おい、あれを見ろ!」
友人の一人が川を指差す。
見ると、上流から子どもが流されているのが見えた。
咄嗟にオレは、子どもを助けるため川に走り飛び込んだ。
泳ぎが得意というわけでもないのに。
今思えば、バカだったと思う。
好きな女にカッコいいところを見せたかった。だからここで勇敢に子どもを助けたら、きっと彼女はオレに惚れるだろう。
そんなやましすぎる下心があった。
だが、川に飛び込んですぐに後悔をする。
川ってこんなに急なのか!
流される。足がつかない。ヤバい。まじ溺れる。苦しい!
ぶくぶく……。
急流に飲まれ沈んでいくオレの体。
カッコいいところを見せるどころか、子どもを助けることもできず溺れ死ぬなんて、間抜けだ。
ああ、世間のやつらが、あいつバカだな、と嘲笑う姿が目に浮かぶ。
ニュースにもなるだろう。
〝人気料理研究家の李一心、酒に酔って川で溺死!〟
『子どもを助けるためとはいえ、むやみに川に飛び込むのは危険なのでやめましょう』
『泳げないのなら、なおさらですね』
『そうですね。すぐに周りの人に助けを求める。救助のための道具を探す、など機転を利かし、冷静になって行動しましょう』
『この方、泥酔していたらしいですよ。まともな判断が難しかったのでしょうね』
と、コメンテーターたちの苦笑交じりの言葉。
まるでオレが冷静さを欠いた、機転の利かないバカじゃないか。それに、泥酔してないし! いやだ。情けない。くそ、絶対に死んでたまるか! 子どもも絶対助ける!
そして気づいたら、知らない男を助け、古代中国に転生したというわけである。
つまり、オレはBBQ中、川で溺れた子どもを助けたつもりが、この国の皇帝陛下を助けた。さらに、オレが転生したのは李凜花という女の体で皇帝の妃。
ちなみに、李凜花の記憶はいっさいない。
船に引き上げられた後のことはよく覚えていないが、今自分は、後宮の凜答応が住まう月明宮という宮殿の寝室にいる。やはり時代劇で見た、昔の中国のような部屋だ。
部屋にあつらえたベッドの上にあぐらをかいて座り、一心は何度も他人が聞けば意味不明なことを呟き頭をかきむしった。
自分の姿を改めて確認する。
丈の長い旗袍。やはり、時代劇で見た女物の衣装だ。
一心はつるりと頬を撫で、ベッドの上に持ち込んだ鏡を手に取り覗き込む。
「こいつが凜花か。冴えない顔だな。顔色も悪いし、肌も荒れている。表情が暗い」
一心は鏡の前で独り言を呟き、笑ったり、しかめっ面をしたり、表情を変える。
何度鏡を見ても、そこにはお世辞にも美人とは言いがたい平凡な顔が映っていた。
はあ、とため息をつき、一心は両手を自分の胸元に持っていく。
おまけに、まな板のように寂しい胸。ほんとに女なのか?
一心は襟首のあたりを指で引っ張って、中を覗き込もうとすると。
「コホン」
側にいた強面の女性が、目を細め咳払いをする。
歳はおそらく一心と同い年くらい、名を呉林杏。凜答応に仕える侍女頭だ。さらに、林杏の横には年若い、十代半ばの少女もいる。こちらの少女の名は梁詩夏。李凜花が後宮に入内する時に、側仕えとして実家から供に来たのだ。
二人とも、凜花の住む月明宮で侍女として仕えている。
そこで一心は我に返り、ベッドの上に立ちあがった。
侍女二人が、びくりと反応して一心を見上げる。
凜答応、嫁ぐ、後宮!
「つまりオレは人妻ってことか! 妃、妻、嫁!」
うああーっ! と奇声をあげ、一心は両手でこめかみのあたりを押さえ髪を振り乱す。




