3話 届かない叫び
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──宙に浮いた部屋の中。どう言う原理だこれ?
まあ俺も浮くことができるし、というか幽霊だし、いいか。
若返った俺の容姿は二十歳程、最強だった頃の姿に戻っていた。なんか嬉しい。
小窓に映る自分を堪能していると、外で黒煙が上がっているのが見える。
見渡すと視線の先で戦闘が起きている。
「残党との小競り合いが、まだ……」
魔王は俺が倒した。間違いなく。
その後、一部を除き魔族は降伏を申し出た。
平和条約締結まで見守った。
改めて思い出すとよく頑張ったな、俺。
調印式の時、なんて言ったっけ……あぁ、ヒルドラドだ。
魔王亡き後の首領の男。
悔しがるような素振りを見せていたが……そりゃ悔しいよな。
魔王の側近だったって話だし。
進行役の神官が何か難しい事をつらつら言っていたが、拇印がなんたらかんたらって。
だから俺は立派なボインを探す事に夢中になって──
レーネとガルドに今は控えろって怒られたんだっけ。
懐かしいな。
マリウスは……涙を流していた。
とまぁそんな感じの事があった。
そして今でも魔族の一部は再起を諦められずにいる。
その残党を説得している最中とかだろう。
でも見ていると違和感がある。
魔族は魔法を使っていない。
それどころか武器を使っていない。
丸太、鍬、伐採用の斧、いずれも戦闘のための道具ではない。
戦いというには余りにも一方的に見える。
そして焼け落ちた家屋の向こう。
よく見ると、複数の人間たちが魔族の少女に群がっていた。
「へへ、俺が一番、次がお前で、お前が三番目な」
「チッ、ガキでもできたら面倒だ。終わったら殺して埋めちまえ」
「ははっ、どうせ畜生の分際だ」
見慣れた王国騎士団の紋様。王国で一番の騎士団だ。
いやいや待て待て、なんだこれ!?
俺は世界を救ったし、互いに手を取り平和に向かうムードだったじゃん。
しかもどうして人間が一方的に攻め込んで……これではまるでかつての魔族──
「あら、また、始まってるっすね」
黒いフードの少女が口を開いた。
「また?」
「はいっす、こんなのもう当たり前の光景っすよ」
どうしてこうなった。
平和条約の一文に、”互いに手を取りより良い未来を”って──
「…それは、誰にとっての良い未来なんすかね?」
「お前また俺の心の中を…まあ良い。何が言いたい」
「あら、珍しく真面目な顔っすね!
んと、勇者様が死んでからの500年で色々情勢が変わって──」
「はぁ!? 今ってもうそんな経ってるのか!?」
「はいっす、500年は経ってるっす」
バカな。俺からすればついさっき死んで、起きた(?)様な感覚だったぞ。
そんなことはいい、今はとりあえず助けないと。
気づけば駆け出していた。
魔族の少女の涙が、泥に滲む。
「──やめろ!!」
少女に迫る兵士の前に立ち塞がる。
だがやはり見えるどころ聞こえていない。
それどころか兵士は身体を通り過ぎ、更に少女に迫る。
「くっそ……何か、何か方法が──」
近くに転がる朽ちた鎧。あれだ!
俺は迷わず飛び込み、力を込めた。
(動け……動けぇぇぇぇ……!!)
──ギギギ……
(こいつ……動くぞ…!?)
剣を握った鎧が軋む音を立て、
人間たちの間に割り込んだ。
「な、なんだこいつ……!?」
(これならいける…!!)
俺は剣を薙ぎ払う。
騎士たちは後退し、緊張が走った。
(…このままちょっと脅かせば…!)
眩い光を帯びる剣、だが──
──バキィィィン!!
鎧に深い亀裂が走り、
ガシャン、と崩れ落ちる。
「操術魔法の類か?…最後にこんな力を残してやがったなんてな。」
「ハッ、張りぼてか……ビビらせやがって」
「……そんな、やめろ……」
叫びも虚しく、俺はただ事が終わるのを見ている事しかできなかった。
「やめてくれ…なんでこんな…」
届かない叫び。
少女の悲鳴が短く響き、赤黒い液体が泥に滲む。
(……くそ…)
悔しさに歯を食いしばったそのとき、
背後からあの軽い声が聞こえた。
「おっとっと、危なかったっす。
さすが勇者様っすねぇ……」
振り返ると、あの黒フードの少女が立っていた。
「……おかしいっすねぇ、普通は干渉できるはずないんすけど、やっぱりあなたの力って…」
「おい。まさかお前が邪魔を……」
「そうっすよ」
少女は真剣な顔で続けた──
「だって勇者様、よく考えてみてくださいっす。
死んだはずの勇者様が、当たり前に現世に干渉できるなんて、おかしいっすよね」
「……っ……!」
それでも、目の前で命が理不尽に奪われるのは放っておけない。
俺は気付けば全身に力が入っていた。
「あ、今、思いましたっすね。
それも、生前一度も思わなかった事をっす。」
「……何が……言いたい……」
「勇者様は今、初めて”魔族を守りたい”と思ったっすね?」
息を呑む俺、少女は続けた。
「きっと、勇者様が成仏できないのは……
この世界が、まだ勇者様を必要としているからっす。
そして勇者様の魂はそれを見過ごせない。そこで提案があるっす」
「……!」
「世界の偏ったバランスを正す。それが、あなたがすべき事っす!」
憎き魔族。
その根源たる魔王を倒し世界を平和に導く。
魔族に家族を殺された人を何人も見てきたし、パーティメンバーのマリウスもその一人だった。
そんな人々は救われる事を願っていたし、世界も救いを求めていた。
だから俺は魔王を──
「”本当にそれだけ”ですか?」
真剣な顔で少女が続ける。
「お前…何を知ってる……」
黒フードの少女の口元が一瞬緩んだ気がした。
雨──。
燃えていた家屋が鎮火され煙が上がる。
あたりに広がった血が雨水で足元に流されてきた。
黒フードの少女は手で惨状を示しながら続ける。
「まぁ、あなたと私は、それもこんな状態で、知り合って間もない訳っすから、今はこれ以上深入りしないっす」
「ただこれから勇者様は、もう一度世界を救う必要があると思うっす。
だから契約しましょうっす。」
「……契約…?」
「はいっす。そのための”力の付与”の契約っすね。
ただ……契約って一方的だと、ほころびが生じやすいんすよねぇ」
確かに、こんな世界は見過ごせない。
それに、仮にもしも俺の行いが招いた結果であるなら尚更だ。
「続けろ。つまり…?」
「だから……ウィン・ウィンでいきましょ?」
少女はくるりと一回転し、スカートのようなローブの裾をふわっと摘み、ちらりと白い太ももを覗かせた。
挑発的に腰をひねり、肩越しにこちらを見て笑う。
「そうっすねぇ、勇者様、私の体、いつでも触っていいっすよ?……あんなこととか、こんなとことか、
気になるっすよねぇ?勇者様も男の子ですもんね?」
何を言うかと思えば、俺に色仕掛けをしてきやがった。
「とても素晴らしいそんな誘惑に魅力を感じる俺では──」
「へぇ、いいんすか? 未経験のまま死んだ勇者様の最後のチャンスかもしれないんすよ? ”純情勇者”様♪」
「な、なななっ……こいつぁぁぁ!!」
生前確かに俺は、腰にぶら下げた荒れ狂う魔剣を一度も抜かずして生涯を──
もとい、納める鞘を見つけられずに障害を終えたさ。
でもそれは全てあいつの事を──。
肩越しのまま、うっとりした表情で見つめている。
長らく沈黙していた腰の聖剣もむくりと息吹を吹き返す。
俺はいつか訪れるその日を夢見て聖剣を大切に守り、丁寧に磨き手入れを怠らず──
「あの、全部聞こえてるっす」
「あ、はい」
「ま、要するに、利害が一致するんすから、契約するべきっすよ。そしたらきっと天国にもいけて、晴れて童て──」
「世界が俺を呼んでいる。」 キリッ
「はゃー、わかりやすいっす。変態純情勇者様」
少女は、ひょいっと指を立て、真剣な顔になる。
「──じゃ、決まりっす! これからよろしくお願いしますっす。でも、使いこなせるかは……勇者様次第っすよ?」
「でもちょっと待ってくれ、確認しておきたい事がある」
──こうして、幽霊勇者ライクの新たな冒険は、
愛しさと切なさと、ちょっぴりの情けなさを背負って続くのだった。
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第4話に続きます。