1話 勇者の死
数ある素敵な作品の中からお読みいただきありがとうございます。
楽しんでいただけると嬉しいです。
人生の幕引きというものは、案外あっけない。
どれだけ充実した時を過ごしたとしても──。
「…お主らと出会えて良かった」
枯れ枝のように細った手を胸の上に重ね、老いた勇者ライクは微笑んだ。
70余年。
長かったようで、振り返ればあっという間だった。
剣を掲げ、冒険に明け暮れ、幾多の魔物や竜を退け、ついには魔王を討ち果たした。
その末路が、こうして穏やかな最期なら──贅沢というものだろう。
周囲には、最後を見届けようとかけがえのない仲間たちが集ってくれている。
「……いつの間にか、お前より背が低くなってしもうたの……ガルドよ……」
”矮巨族”の戦士 ”ガルド・クラーマン”。
口数は多くないが、誰よりも仲間思い。
体よりも大きな斧を手にいつも先陣をきる姿が印象的だった。
かすれた声に、ガルドは眉をぴくりと動かし、歪めた口元を動かす。
「……ああ。でも、お前の方が……今でも懐が深いぜ……ライク……」
寡黙なガルドの言葉は、まるで石彫のような重みがあった。
「……先に……天国で待っておるぞ、マリウス……」
”人間族”の僧侶 ”マリウス・レクレリス”。
僧侶のくせに酒と女が大好きな変人。
だが彼の支援魔法が無ければ、命が幾つあっても足りなかっただろう。
マリウスは白髪をかき上げ、緩やかに微笑み軽口を返す。
「一番目の女神様は譲りますが……二番目の女神様には、手を出さないでくださいね?」
「相変わらず僧侶のくせにけしからんな……心配せずとも……そんな……体力……」
僧侶マリウスは目を閉じて、祈りを捧げてくれていた。
笑みをこぼすライクの唇に、血の気はすでになかった。
「……レーネ……」
視線を巡らせ、女”獣人族”の射手 ”レーネ・ミ・ドライオン” を見やる。
出会った当初は容姿が幼かったが、それでも弓の腕と胸のサイズは超一流。
素早い動きから繰り出す正確無比な弓の嵐で、乱戦時は特に頼りにしていた。
「お主とは……良く…喧嘩したな……でも……その分……本当の自分を曝け出させて……もらった気がするんじゃ……」
レーネは鋭い目を細め、鼻を鳴らした。
「別に、お前のことを……知りたいと思ったことはない……」
照れくさいのか、辛辣な言葉を返してきた。獣人族は衝動的な性格で有名。
だが嘘は見抜ける。耳がしっかり垂れていた。
そう、耳を見れば一目瞭然なのだ。
「……でも、教えてもらったことは……山ほどある…特に…いや、なんでもないッ」
そう言って、部屋から出て行ってしまった。
振り返りざまに目元がキラリと光っていた気がした。
意地っ張りな彼女にしては珍しく素直な言葉。かなりグッとくる。
そして、最後に──
「……ルフィナ……」
長きにわたり並び立った、女”精霊族”の魔法使い ”ルフィナ・ハーティウス”。
優雅な微笑を湛えた彼女は、俺の皺だらけの手を取りしとやかに告げる。
「……お疲れ様です、勇者ライク。後のことは任せて……ゆっくり休んでください……」
「…ありがとう……君は……変わらず……若いままだ……、
ワシは……俺は…本当は……言えなかったが……君を、ずっと──」
言葉の途中でレーネが物凄い速さで駆けてくる。
その手には一輪の”リナリア”の花が握られていた。
「ライクっ…!!ずっとアンタが好──」
聞き終わる前に、声は途絶えた。
静寂。
残された者たちの瞳に、光るものが滲む。
──そして、リナリアの花弁が地に落ちた。
───
──
─
「……ああ……楽しかったなぁ……」
意識の奥底で、ライクは幾度となく思い返していた。
冒険者になった日。
仲間との日々。
魔王を討った瞬間。
民衆の歓声。
王から贈られた剣。
夜空に上がる花火と、祝祭の喧噪。
──これだけのことをしたのだ。
きっと天国では、女神様たちに囲まれてモテモテ、きゃっきゃうふふ三昧じゃろう……。
「ふふ……ふ……」
満足そうに笑いながら、意識はゆっくりと、ゆっくりと沈んでいく──
──はずだった。
⸻
「……うっ……?」
瞼を開ける感覚があった。
(……なんじゃ……目を……開けた……?)
だが、見えたのは見慣れた空。
(天国じゃ……ない……?)
立ち上がろうとする。
そのとき、はっと気づく。
「……って、手ぇ……透けてる……!?」
慌てて足元を見下ろすと、半透明の光がゆらゆらと揺れていた。
「え、えぇ……!? ワシ、幽霊!? いやいやいや、どういうことじゃ……!?」
混乱する頭を抱え、ワシは道行く女冒険者に駆け寄った。
「おい、そこのお嬢さん! 聞こえるか!?」
返事はない。
肩を叩こうと手を伸ばすが、すり抜ける。
「……なんじゃと?……触れない…見えてない……」
幽霊になっている事実に、ようやく冷や汗が滲んだ。
「いや、待つのじゃ、こういうときは魔法……!」
ふと思い出す。
ルフィナが、物理無効のゴーストに魔法で応戦していた。
と、言うことは逆も然り。使えるはず。
手を構える。
「ええと……ファイアボーロ?…ノガボレロ?…だったかのう……」
──沈黙。
「……いや、生前もワシ魔法苦手じゃった……いや、もっとルフィナに真面目に教わっておくべきじゃった……」
後悔の念が押し寄せる。
(しかし、教わろうにも……ルフィナの胸元とか脚とか……
くっ、集中できるわけなかろう……! 鼻血で先に死ぬわい……あんなもの。)
ひとり地団駄を踏む幽霊老人元勇者。
だが、誰にもその姿は見えていない。
「……くそっ、なぜワシは天国にいけないのじゃ……」
ちょっと考える。
いやまて、もしかすると既にこここそが天国という名のヘヴンで、
これはこういうプレイなのでは……!?
思い余ったワシは、下心の反動に突き動かされ、
ちょっとエッチなことをしようと決意する。
「…ワシは…俺は……我慢してたんだ……生前……
勇者の名に恥じないように……!ありと凡ゆる誘惑もフラグ展開も振り払って……!!」
意を決して女冒険者の胸に飛び込んだ。
「お姉さああああんワシと一緒にいい事しようよおおおおお」
瞬間、──視界が暗転した。
「な、なぬ……!?」
意識が闇に沈み込む。
⸻
「──あの、勇者様、なにやってんすかー……」
聞き覚えのない声が、呆れたように響いた。
「……はへ?」
目を開けると、そこは真っ白い部屋。大きくはない。
というか小さい。というかちょっと匂う。
目の前には、黒いフードを深く被った小柄な少女が座っていた。
「……お嬢さん、どちら様ですかな……?」
小さな正方形の机の上で、四角形の魔水晶らしき物をカタカタ叩きながら答えた。
「あ〜、魂まで年相応っすか…まぁ…いいか。えと…あなた方で言うところの、”神”みたいな?」
「……えっ?」
”神”を自称する黒いフードの少女は手を止め、驚いた顔でこちらを見る。
「……えっ。」
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第2話に続きます。