第八話 黒神宗一郎
僕と橘先輩は支援センターの受付から奥の会議室に案内された。
基本的に白い壁に白い近代的な机と椅子がずらっと並んでいる。
「君が受付の如月君が言っていた青井 仁君か。咲夜君も一緒とは面白い」
長机の奥に岐富探索者支援センター所長が立って、僕に声をかけてきた。
外見は落ち着いた五十代後半の眼鏡をかけた白髪の柔和な男性だ。
どうやら橘先輩とは知り合いらしい。
僕は外見とは裏腹に何か張り詰めた雰囲気のようなものを感じていた。
橘先輩はそんな僕の緊張した様子を察してか、隣で小声で話しかけてくる。
「大丈夫だよ。仁君。やり手の所長だが、いつも通りに話せばいい」
「そうは言っても、雰囲気がなんか、怖いです」
「そういう時はにっこり笑って相手を見るんだ。やってみて」
「ええ……」
僕は混乱した頭の中、橘先輩の言うとおりにできる限りの笑顔で所長に笑ってみる。
僕の笑顔に無表情の所長の目に見えない圧力がさらに増した気がした。
「……」
や、やばい。この所長の圧力で息ができない。
僕は口をパクパクしたいのを我慢して、そのまま笑顔を続ける。
「ゴホンっ」
橘先輩の咳払いが聞こえたタイミングで所長はにっこりと笑みを深めながら目に見えない圧力をやめた。
僕は呼吸を気づかれないようにフーッ、フーッと深呼吸をして整えた。
「しょ、所長、悪ふざけが過ぎますよ。仁君をいじめるようなことをしてどういうつもりですか!」
橘先輩も少し運動をした後のような息遣いになっていた。圧力は僕だけが感じていた訳ではないようだ。
「ほっほっほ。興味深い報告をしてくれた探索者がどのような人物か見極めたかっただけですよ」
所長はまるで人畜無害のような笑みを浮かべているが、この人は間違いない“鬼”だ。
人好きのしそうな柔和な笑みの裏に恐ろしい人生経験を積んでいるに違いない。
だが、やられてばかりでは腹が立つ。僕は仕返しがしたかった。
何かないかと考えていると、解析というスキルを人に使っていないことに気づいた。
この鬼になら使ってもいい。理由は腹が立つからだ。
「(解析)」
心の中でそっと呟いた。すると所長のステータス画面が見えてくる。
名前 黒神 宗一郎
岐富探索者支援センター所長
幻域踏破者[Sランク職]
________________________________________
Lv:???(解析不能)
HP:9999/9999(上限表示バグ!?)
MP:5000/5000(物理職じゃなかったのか!?)
STR(筋力):120(壁ごとぶっ壊せるレベル)
DEX(敏捷):90(反応速度がもう人間じゃない)
VIT(耐久):150(銃弾?効かないね)
INT(知力):95(歴史・戦術・言語・構造解析すべて対応)
WIS(判断力):100(未来が見えてるんですか?)
LUK(運):5(唯一の“人間味”)
________________________________________
スキル
•《威圧》
視線ひとつで相手の心拍と精神を崩すスキル。
耐性のない探索者は動けなくなる。。
•《幻域航路》
過去に存在したはずの迷宮の記録を再構築し、
未踏ルートを仮想体験として“なぞる”ことができる。
《アイテムボックス》
異空間に無機物や生命反応のないものを収納できる。収納量はMPに比例する。
《封印指定スキル:表示不可》
________________________________________
称号
•【幻域を歩いた男】
•【帰還不能地点突破者】
•【国家の最後の盾】
•【白い悪鬼】
•【S級探索者・永久保留】
なんだ、このステータスは……。
この人、人間やめてるよ。ステータスの補足説明がバグリ散らかしてるし、HPが9999ってもう死ぬのか疑わしい。MPもVITも説明がおかしい。鬼通り越して覇王だよ。
っていうかスキルってダンジョンの外だと使えないはずだったけど……。黒神所長おかしいだろ!
≪威圧≫を初対面の人間に使うやつがいるか?
あれ? 僕も≪解析≫使えたのはおかしいような。
なんでだ。とにかく、解析しきれなかったスキルをもう一度解析して……。
「仁君?」
黒神所長が一言話しかけてきた。
ビリッ!
その瞬間、表示しかけたステータス画面が破れた。
解析失敗? いや拒絶された。
僕は愕然としていると、橘先輩が小声で聞いてくる。
「仁君? 何をしたんだい?」
「解析を黒神所長に使ったんです」
「え? ダンジョン外でスキルは使えないはずじゃ」
「全く、君はおとなしそうに見えてじゃじゃ馬なんですねえ。“見ました?”」
や、やばい。小声で言ってるのに全部聞かれてる。
黒神所長の漆黒の目が僕の瞳を捉える。
「え、ええ。見ましたよ。“黒神”所長」
「ほお。さっきまで私の名前を知らなかったのに今は知っているということは本当に見たようですね」
「あの、なぜ自分のスキルがダンジョン外で発動したのでしょうか? そしてなぜそれをわかったのですか?」
僕はまだ心の中で動揺しながらも、それを抑えて聞いてみる。
「そうですねえ。一部のスキルはダンジョン外でも発動するんですよ。私の威圧と君が持っているだろう解析はね」
解析のことを知っているんだな。なぜなんだ。
「そして、もう一つの質問にはこう答えましょう。経験しているから“知っている”だけだとね」
経験している? ダンジョン・アナリストは世界初の職業だったんじゃなかったのか?
「咲夜君? 君の連れてきた仁君をどう思っていますか?」
黒神所長の単刀直入な物言いに僕と橘先輩は顔を赤くする。
「そ、それは」
「橘先輩……」
水色髪の長髪を手で落ち着きなく触りながら、福耳の先まで赤くする橘先輩。
それを見て、また笑いだす黒神所長。
「ほっほっほ! そういう意味で言ったわけではないんですがね。まあ今はそれでもいいでしょう。咲夜君」
「それにしても、咲夜君は、仁君にまだ“あのこと”を話していないのですね」
「……それは、まだ」
「え、何ですか?」
だがここで黒神所長は、話を止めて椅子に座るように言ってきたのであった。
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