第四話 救いの女神は突然に
次の日、僕は岐富探索者支援センターに向かった。勿論、パーティーを組むためなんだけど……。
「やっぱり僕の職業だと組んでくれそうな人がいないなあ……」
休憩所で自販機の微糖の缶コーヒーを飲みながらため息をつく。
一応前日に岐富探索者支援センターに電話して、パーティーを組んでくれそうな人を探してもらえるようにしておいたのだが。
「掲示板に貼っておいてもらってるけど、見事に僕のパーティー希望だけ避けられてるなあ。どうしたものか……」
一人で休憩所に佇んでいると、後ろから若いカップルの声がする。
「お、あいつ、昨日の会場で笑いをかっさらった、ダンジョン穴掘り氏じゃん!」
「やめなよ、健。あの子さっきから掲示板の方でうろうろしてるのよ。パーティー探してるけど見つからない口でしょ」
「あいつの職業、ダンジョン穴掘り氏だろ?」
「違うわ。ダンジョン・アナリストよ」
「何だよそれ、何する職業かわかんねえんだから組んでもらえないのも無理ないだろ」
「その言い方は失礼よ! でも組んであげたいけど、健の言う通りなところもあるし……」
「俺たちのパーティには絶対入れねえ! 俺とお前の愛があれば長良川ダンジョンなんて余裕なんだぞ」
「いやだ、まるでバカップルみたいじゃない! もう健ったら……」
途中からカップルのイチャイチャトークに代わって、イライラしたけど最初に言われていたことは間違いじゃないなかった。
「うーん、恥を忍んで……遥に頼むしか……いや……」
ガラケーを見て、電話するかしないか悩んでいると。
「あれあれあれ? 君、岐富東高校のバドミントン部に居なかった?」
俯いていた顔を上げると、僕よりちょっと背の高い眼鏡をかけたモデル体型の女性がいた。長髪を水色の髪色に染めたクールビューティーな橘 咲夜先輩だ。
「あれ? あ! 橘先輩!」
「仁君じゃないか! 元気してたかい?」
「もちろんですよ! 橘先輩は……探索者になったんですか?」
「この格好を見ればわかるだろう? 探索者をやってるよ」
これは絶好のチャンスかもしれない。橘先輩に僕の職業のことが知られてなければパーティー組んでもらえるかも!
「仁君、君変な職業だったらしいね?」
「う、そ、それは……」
ああ、終わった。どうせおちょくられて終わりに違いない。橘先輩もどうせ……。
「中々、面白そうな職業じゃん。一緒にパーティー組まない?」
「な、なんですと――⁉」
橘先輩は救いの女神だった。僕はダンジョン・アナリストのスキルを説明する。
「この職業、攻撃スキルがないんですよ……それでも組んでもらえます?」
僕は自然と上目遣いで橘先輩を見る。
「も、もちろんだよ。一緒にパーティーを組もう!」
嬉しそうな様子で、橘先輩は笑顔を見せる。
「でも、いつも組んでるパーティの人とかいないんですか?」
僕が気になっていたことを指摘すると、橘先輩は視線を落として、落ち込んだ様子を見せる。
「あーそれはいいんだ。私はソロでいつもダンジョンに潜ってるから」
僕は何か訳ありの理由があるのだと想像して深くは聞かないことにした。
「そうなんですね。今から長良川ダンジョンに潜りに行きます?」
「いや、その前にその格好だとモンスターは倒せないよ? 装備を買いに行った方がいい」
「確かにそうですね。うっかり忘れてました」
「岐富探索者支援センターの地下に装備が売ってるからそれを買いに行こう」
僕は橘先輩と二人でそこまで行くことにした。
ん? 何か視線を感じたので後ろを向くと遥っぽい長身の女の人の姿が見えた。
「何か気になることでもあった?」
「いえ、行きましょう」
遥は一昨日のスカウト部隊にまた話しかけられてる感じだった。
僕は遥に話しかけたい気持ちを抑えながら、橘先輩と装備を買いに向かった。
「着いたよ」
僕の目の前には地下に作られたデパートの一階くらいの広さの販売フロアが広がっていた。
探索者になりたての高卒の人たちは当然金がない。まあ隠れてバイトをしている人もいるんだけどね。僕の高校はバイトは禁止だった。
でも国から十万円の支給があるもんね。本当にすごいよ。
今年から探索者登録をした人に十万円の支給がされるように法改正された。
そのため、老若男女問わずに探索者登録をする人がいっぱいだと夜のニュースで報道されていた。でも名義を偽って複数登録をした人もいるらしくてそういう人はすぐにばれて警察に捕まるそうだ。なんでだろうね。
それだけダンジョンからとれる素材には儲かる要素があるらしい。僕も稼げる探索者になりたいという人並みの気持ちはある。
僕が色々と思考を深めていると、橘先輩がちょっと呆れた顔で声をかけてくる。
「何をぼーっと立っているんだい? 早く売り場に行くよ」
岐富探索者支援センターの地下には、ダンジョン探索に必要な装備が一通りそろう専用の販売フロアがある。
僕と橘先輩はそこへ足を踏み入れた。まるで地下デパートのような広さに圧倒される。壁際には初心者用のコーナーや防具、武器、消耗品がきれいに並び、制服姿の案内スタッフがちらほら立っている。
「わぁ……結構広いんですね、ここ」
僕は思わず声を漏らした。
「まあね。地下まるごと一階分が装備売り場になってるから。初心者向けのコーナーはこっちだよ」
先輩は慣れた足取りで、僕を導くように歩き出した。
「ありがとうございます、先輩……」
「はいはい、敬語いらないって。じゃ、まずは防具から見よっか」
先輩が手に取ったのは、黒地に灰色のラインが入った軽量ジャケットだった。
「ほら、“耐刃ジャケット”。軽いし動きやすいし、爪や刃物くらいなら一応は防げる。お値段は……一着一万八千円」
「えっ、この性能で? 意外と安いんですね」
「探索者向けは一部補助があるんだよ。学生向け装備って感じ。政府がダンジョン対策に本腰入れてるから、登録者は恩恵を受けられるってわけ」
先輩は次に、黒い棒状のものを手に取った。
「これは“スタンロッド”。初心者向け武器その1。モンスターにはちょっと効きにくいけど、威嚇用とか、逃げるときに足元狙えばそこそこ有用。これで一万二千八百円」
「……先輩、これ、武器っていうより……警棒?」
「まあ、そうだけど? 戦えない職業なら、“相手を倒す武器”より“逃げられる道具”を持つべきでしょ?」
「うっ……はい」
痛いところを突かれて何も言い返せない。
「で、これは“探索者用バックパック”。水、応急処置、非常食、煙玉、小型ライト、全部入る。防水だし耐久性も高いよ。これが九千八百円」
「わ、なんか……冒険者って感じがしてきました」
試しに背中に背負って鏡で見てみると、少しだけ“様になってる自分”がいた。
「そうそう。あとね、これ。“メモホルダー”。万年筆とメモ帳をワンタッチで取り出せる。職業的にも重要でしょ? これセットで三千円」
先輩が指差したホルダーは、腰に巻ける専用装備だった。“情報収集におすすめ!”とPOPが踊っている。
「え、それ僕の職業をネタにしてません?」
「いやいや、本気で似合いそうだなって思ってさ。記録の速さは命だよ、アナリストくん?」
「う……たしかに」
気づけば、買い物カゴにはひと通りの装備が入っていた。
「全部で……だいたい四万三千六百円くらいかな。政府支給の十万円から考えれば、まだまだ余裕あるっしょ」
僕は頷きながら、橘先輩と一緒にレジへ向かった。
「こちらの品物で全部で四万三千六百円になります」
「わかりました。五万円出してっと」
「四万四千四百円のお返しです」
「よろしければ更衣室もありますので、そちらをお使い下さい」
「ありがとうございます」
「なんか、デートみたいだね……これ」
「何ですか? 橘先輩」
「え? うん、何でもないよ」
後ろで小声で何事か言っていた橘先輩に返事を返すと生返事が返ってきた。
「ほら、更衣室に行くよ! 全く仁君は……」
何故かちょっと不機嫌になった、橘先輩に連れられて更衣室に行き、着替える僕。
更衣室の扉を開けると、満面の笑みの橘先輩が居た。
「うんうん、これで一端の探索者だね」
「さっきまで怒ってたのに次は笑ってるってどういうこと?」
「仁君、何か言ったかい?」
「あ、また怒ってる」
その後、なぜか橘先輩に女心について説教されること小一時間。
ようやく機嫌が直った橘先輩と長良川ダンジョンに向かうことにした。
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