表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/29

第十話 やっぱりどて煮 岐富

 駐車場にはまだ車はまばらで余裕があった。お店の暖簾のれんをくぐって横開きの扉を開ける。

 開けた瞬間、赤味噌を煮込んだいい香りが広がっていた。


「いらっしゃい! お、橘さんの所の咲夜ちゃんじゃないか。彼氏を連れてきたんか?」

 中年の店主らしいおじさんが声をかけてきた。


「おじさん、こんばんは。ってか彼氏じゃない! 後輩だよ」

「そうかいそうかい」

「こんばんはー。お邪魔します」

「おう、後輩君か。礼儀正しいねえ。二人ともカウンター席でいいかい?」

「うん、いいよ。後どて煮ともつ鍋、一人前ずつ」

「あいよ!」


 店の中はプロ野球や芸能人のサインが飾ってあった。

 もうどて煮ともつ鍋を食べているお客さんたちも数人いる。


「なんかいい雰囲気ですねえ、ここ」

「そうでしょ? 昔から行きつけなんだ。ここ」


 ご飯が到着するまで橘先輩と色々と喋っていた。

 今日の探索の良かったところや反省点など。

 

「それにしても仁君の模写はとても精緻せいちに書けているね。お、これは長良川ダンジョンの洞窟の模写かい?」

「そうですよ。何か洞窟の壁や岩に隠されたパターンがないかと思って、移動中や暇なときに書いておいたんです」

「そうなんだね。とてもよく描けてるよ」


 今日の橘先輩はとても感情豊かでめちゃくちゃ可愛かったなあ。それをぽつりと言うと先輩は頬をほんのり赤く染めながら、お茶を飲んでこう言った。


「そ、そうかい? ならさ、いつまでも苗字呼びというのはどうかと思うんだが……」

 橘先輩の一言に僕は固まる。


「いやさ。二人だけのパーティーならもっと親しみを込めた呼び方に変えるのは普通じゃない? 私が仁君と呼んでいるのに、仁君は橘先輩と返すのは、さ」

「た、確かにそうかも。さ、咲夜先輩?」

 僕がそう言うと、咲夜先輩の顔の赤さはマックスになって酔っているのかと思うほどになる。


「う、うむ。苦しゅうない……」

「何ですか、その喋り方! 昔のお姫様みたいですよ!」

「違うの。恥ずかしくて! でも嫌なわけじゃないからね」

 僕と咲夜先輩がお互いに顔を赤くして、俯いていると。


「あいよ! どて煮ともつ鍋一人前ずつお待ち!」

 バイトのお姉さんが注文したどて煮ともつ鍋を持ってきてくれた。


「もつ鍋はキャベツとニラが鍋の中に落ちてからお召し上がりください」


 小さい一人前のお鍋にはぎゅうぎゅうと押し込まれたキャベツと上にニラが乗っていて醤油系のスープで煮込まれているいい匂いがした。

 この下にはもつがぐつぐつと煮込まれているのだろう。考えるだけでよだれがする。


「仁君、先にどて煮を頂こう」

「そうですね、じゃあ」

「「いただきます」」


 どて煮は豚もつを東海地方特有の赤味噌とみりんと砂糖で甘辛く味付けした状態で光っている。それが白飯の上に乗っかっていて上には刻んだネギがあった。


 それを口いっぱいに頬張ると、甘辛く味付けされたぷりっぷりの豚もつが口の中に弾力を伝えてきてそれでいて柔らかくて、白ご飯との相性が最高だった。


「やばい、美味い! 箸が止まらない!」

 刻んだネギの相性も最高で味変になって美味しい。


「うーん、やっぱりどて煮、だね」

 咲夜先輩も箸を上品に使いながら、豚もつと白ご飯を交互に食べていた。庶民的なものを食べているのにどこか品があるのはやっぱり名家の出だからだろう。


 僕と咲夜先輩が喋りながら食べているうちに、どて煮の丼はあっという間に空になった。

「はあ、美味しかった」

「次はもつ鍋だよ。このにんにくの香りと甘辛いスープがまた好きなんだ」


 僕達がどて煮に夢中になっているうちにキャベツとニラはスープの中にくたくたに煮込まれていた。

 代わりに見えるのは、ぷるんとしたもつにつやつやの脂がまとっていて、スープの中で踊っている様子だった。


 にんにくの香りがたまらない。口の中に甘辛い醤油系のスープと煮込まれた野菜と白いもつを頬張る。


「うーん! めっちゃ美味しい!」

「そうだな、このにんにくの香りが醤油系のスープを引き立てている。ぷりぷりのもつの歯ごたえもいいしキャベツとニラの相性もたまらないね」


 咲夜先輩がテレビの食レポをする芸人顔負けの言葉を紡いでる。でもそれだけ美味しいってことなんだろうな。


 僕達は二人で喋りながらもつ鍋を平らげていく。具が全部なくなったところでスープを飲み干そうとすると咲夜先輩が待ったをかける。


「まあ待つんだ、仁君。おじさん、締めを頼むよ!」

「あいよ!」


 どんな締めなんだろうな――。やっぱり米かな? と思って待ち構えていると来たのは中華麺であった。


「ここで麵ですか! このスープに中華麺を合わせたら……ゴクリ」

「全く、仁君。お行儀が悪いよ。でも言いたいことはわかるけどね」


 もつ鍋の下にあるろうの火が消える前に中華麺を入れて煮込むこと三分。良い感じになったなと思ったところで僕と咲夜先輩は麺を小皿に入れる。


 僕はスープと中華麺を一緒に入れるように麵をすする。口の中にもつの脂と野菜の甘みと醤油系のスープが絡んだ麺が……。


「最高すぎる‼」

「美味いだろう? そんなに喜んでくれて嬉しいよ。この店に仁君を連れてこれてよかった」


 ほんっとうに最高だった。また来たいと思うお店だった。


「そういえば、黒神所長が言ってた“あのこと”ってまだ話せないことなんですか?」

「う、うん。まだ面と向かって仁君には話せないけれど……。でも仁君も私ももう少し成長出来たら胸を張って話せるね」

「そうですか、ならもっと強くならないとだめですね」


 僕はお会計を払ったけどどて煮ともつ鍋で一人二千円だった。また来たいなあと思える味だったよ。


 帰りは咲夜先輩に車で家まで送ってもらった。ああ、僕の家は駅前の商店街の近くだよ。また明日、頑張ろう。


 **


 この回に出てきたお店は実際のお店をイメージして書いてます。ただ時代設定は2000年代としてますが価格は現代にちょっと近づけてます。多分今このお店で食べたらどて煮ともつ鍋で三千円くらいです。ご容赦ください。


 **


小説をいつも読んで頂きありがとうございます。面白かった、また読みたいという方は高評価やブックマークをお願いします。作者の励みになります\( 'ω')/


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎を★★★★★にしてくださると作者が大変喜んで更新頻度が増えるかもしれません。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ