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第六話「最後の卒業式」

春の風が、割れた窓ガラスから体育館に吹き込む。埃っぽい床に、桜の花びらが二、三枚。


「体育館の解体は来月からで」

「はい。この辺りで最後の木造校舎だったんですよ」


下見に来た工事関係者の声が、広い空間に響く。耐震基準を満たせず、廃校となった山間の小学校。四十年間、私たちは並んでこの体育館を照らしてきた。運動会の予行練習、卒業式、音楽会。子供たちの声が響き渡った日々。


仲間たちは、一本、また一本と消えていった。今残っているのは、私を含めて三本だけ。それも、時折意識が途切れるように、明滅を繰り返している。


「あの頃は」「あの時は」と、工事関係者が話している。どうやら、彼らもここの卒業生らしい。


私たちの光は、もう床まで届かない。でも、天井から降り注ぐ光は、体育館の空気に独特の表情を与える。明滅する度に、記憶の断片が浮かび上がる。


朝礼で整列する子供たち。バレーボールの試合で沸き立つ声援。おやじバレーで笑い転げる父親たち。雨の日の中休み、室内遊びに興じる低学年の児童。


そして、卒業式。


三月の肌寒い朝、緊張した面持ちで入場する卒業生。壇上で震える声で答辞を読む代表。涙をこらえきれず、ハンカチで目を押さえる子供たち。


そんな光景を、私たちは四十年間見守ってきた。


「おや」工事関係者が天井を見上げる。私の不規則な明滅に気付いたようだ。


桁を叩いて音を確かめ、床を踏んで強度を調べる。工事の段取りを決める彼らの声が、体育館に響く。でも、その音も、私たちが聞いてきた数々の音の一つに過ぎない。


鉄棒の軋み。バスケットボールの弾む音。上履きの軽い足音。かけっこの笑い声。幾重もの記憶が、今も空間に残っている。


...かすか、に。


仲間の一本が、ついに光を失う。残るは私ともう一本。その一本も、明滅の間隔が短くなってきた。


工事関係者が帰っていく。夕暮れが近づき、斜めの光が体育館を横切る。影が長く伸びる。


最後の一本が、静かに消えた。


もう、私一本。でも、それでいい。解体工事が始まるまでの間、この場所を見守り続けよう。途切れ途切れの光で、記憶の場所を照らし続けよう。


明日も、誰かが訪れるかもしれない。古い写真を手に、思い出を探しに来る人が。子供の頃の自分を探しに来る人が。


微かな光が、また一度明滅する。そして、また光に戻る。


もうしばらく、この場所の記憶を、私は守り続けよう。


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