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第五話「スーパーの境界線」

売り場の境界線は、まるで時代の境目のように明確だった。


青果売り場は眩いほどの白色LED。無機質で均一な光が、林檎や葱の瑞々しさを際立たせている。一方、この精肉コーナーは、私たち古い蛍光灯が照らす最後の領域。いくぶん黄ばんだ光の中で、昔ながらの精肉職人が包丁を研ぐ。


「やっぱり肉の色が自然に見えるよな」と、豊田さんは若い店員に語る。開店以来三十年、この場所で肉を切り分けてきたベテラン職人だ。「あっちの光じゃ、生き物の色が分からなくなっちまう」


確かに、私たちの光の下では、肉の色が微妙な違いを見せる。脂の具合、血の気、熟成の度合い。職人の目は、そのわずかな差異を見分けている。


...ふっ。


また、光が揺らぐ。店長は来月の改装で、ここもLEDに替えると決めたらしい。時代の流れには逆らえない。


でも、豊田さんは最後まで反対していた。


「これでいい」と、彼は言う。「あと数日だけでも、この光でいい」


若い店員は首を傾げる。新しい照明の方が明るくて清潔に見えるのに、と言いたげな表情だ。


でも、分かってはいないのだろう。肉を切る音と光の関係を。まな板に響く包丁の律動が、私たちの光の明滅と微妙に共鳴する様を。その陰影の中にこそ、職人技が宿ることを。


...ふっ、ふっ。


隣の青果売り場では、若い店員たちが野菜を陳列している。完璧に均一な光。商品の「見やすさ」を追求した、理想的な照明なのかもしれない。


でも、そこには影が存在しない。光と影が織りなす、微妙な陰影の変化もない。あまりに完璧すぎて、どこか生気が失われているように見える。


「おい、この霜降り見てみろ」豊田さんが若手を呼ぶ。「光の当たり具合で、脂の入り方が分かるだろ?」


私は意識的に光を集中させる。年季の入った技で、必要な場所により多くの光を届ける。それは、新しいLEDには真似のできない芸当だ。


...ふっ。


明滅の間隔が短くなってきた。もう、長くは保てない。


「この包丁も、もうすぐ研ぎ直しだな」豊田さんが呟く。「道具は使い続けていれば、いつメンテナンスが必要か、自分で教えてくれる」


その言葉に、私は密かな共感を覚える。道具には、それぞれの寿命がある。でも、その終わりは突然ではなく、必ず何かのサインがある。


私の明滅も、そんなサインの一つなのかもしれない。


...ふっ。


改装まであと三日。その間、私たちは最後の仕事を全うしようと思う。豊田さんの包丁さばきを、この古びた光で照らし続けよう。


新しい時代の、均一で完璧な光の隣で。かすかな明滅を繰り返しながら。職人技と共に消えゆく、最後の蛍光灯として。


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