第四話「メリーゴーラウンドの見張り番」
風に乗って、遠くから音楽が聞こえてくる。賑やかな声、歓声、笑い声。でも、それらはもう、この片隅まではやってこない。
廃園となった遊園地の端、使われなくなったメリーゴーラウンドの格納庫で、私は今日も薄闇と戯れている。かつて、この建物には毎晩、色とりどりの木馬たちが戻ってきた。真鍮の手綱を、私の光が優しく照らしていたものだ。
技術部の藤村さんが、最後にスイッチを切ってから、もう半年。それ以来、誰も戻ってはこない。でも、時折こうして勝手に明滅を繰り返している。配電は生きているから。
「おや、また点いてるのか」
警備員の村上さんが、巡回の途中で立ち寄ってくれる。もう完全に閉園した遊園地だが、夜間の警備だけは続いているのだ。
「しぶとい奴だな」
懐中電灯の光が、埃を被った木馬たちを照らす。私は意地でも光を放とうとする。かつての光量の半分も出せないが、それでも頑張って格納庫の片隅を照らし続ける。
昔は、ここでメンテナンスが行われていた。塗装の剥げた木馬を丁寧に補修し、壊れた機械を修理する。技術部の面々は、まるで本物の馬を世話するように、木馬たちを大切に扱っていた。
...ぽっ。
また光が揺らぐ。でも、すぐには消えない。長年の経験で、どれくらいの光を保てるか、加減が分かるようになった。
昨日、経営本部の人たちが視察に来ていた。LEDの導入計画を立てているらしい。遊園地の再開発が決まったのだ。この格納庫も、いずれは取り壊されるという。
木馬たちの行く末は分からない。骨董品として売られるものもあれば、廃棄されるものもあるだろう。私が照らしてきた小さな世界は、確実に終わりを迎えようとしている。
でも、それは悲しいことばかりではないのかもしれない。
...ぽっ、ぽっ。
光が断続的に明滅する中、木馬たちの影が壁で踊っているように見える。まるで、最後の円舞曲でも踊っているかのように。
子供たちの歓声、オルガンの音色、回転する光と影。それらの記憶が、今も確かにここに残っている。新しい遊園地になっても、きっとまた別の歓声が響くのだろう。
光が微かになる度、村上さんは「まだ頑張ってるな」と声をかけてくれる。
ええ、まだ頑張れます。建物の解体が始まるまでの間、この格納庫を、この木馬たちを、見守り続けたい。それが、遊園地で過ごした二十年の、私なりの締めくくり方。
...ぽっ。
今宵も、メリーゴーラウンドの木馬たちは、私の不安定な光の中で、静かな夢を見ている。
了