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第参話「誰も来ない給湯室で」

もう三ヶ月になる。誰にも取り替えられることなく、この薄暗い給湯室で細々と明滅を続けている。区役所の古い別館、使用頻度の低い三階の片隅。かつては職員たちの憩いの場だったこの空間も、今では倉庫と化している。


今また、光が揺らめく。


段ボール箱の山が、不規則な影を壁に投げかける。使われなくなった給茶機。埃を被った流し台。十五年前、この部屋が活気に満ちていた頃を思い出す。


「おはようございます」

「お先に失礼します」

「課長、お茶どうぞ」


忙しなく行き交う挨拶。こぼれる笑い声。時には、小さな愚痴も。


バブル崩壊後の行政改革で、この別館の部署は徐々に本館に統合されていった。それでも暫くは、日中に誰かが訪れることもあった。


いつからだろう。完全に忘れ去られたのは。


LEDの波が押し寄せる前、蛍光灯が次々と姿を消していく中で、私は不思議と取り残された。建物の片隅で、ただ静かに明滅を繰り返している。


...ぽつん。


今日も誰も来ない。


でも、時折思うのだ。私がここで光り続けているからこそ、この部屋は完全な廃墟とはならずに済んでいると。朽ちていく空間に、最低限の尊厳を与えているのだと。


昼の光が窓から差し込む。斜めの光線が、埃の舞う空間をスライスする。その中で私は、か細い光を放って明滅を続ける。もう、安定した明かりを保つことはできない。


ただの物置と化したこの部屋にも、歴史がある。記憶がある。誰かの人生の断片が、確かに刻まれている。古びた壁には、かつて貼られていたメモや写真の痕が、うっすらと残っている。


私の不規則な明滅が、その痕を浮かび上がらせては消す。まるで、過去の映像を再生する古いプロジェクターのように。


誰も来ないこの部屋で、私は記憶の守り人となった。


次第に弱まる光。やがて私も消え、この部屋は完全な闇に沈むのだろう。それとも、建物の取り壊しが先か。どちらにせよ、その時が来るまで、私は細々と光を放し続けるつもりだ。


...ぽつん。ぽつり。


埃っぽい空気の中、また一つ、光の粒が消える。でも、また微かに戻ってくる。この瞬きのような明滅に、どれほどの時間が残されているのかは分からない。


ただ、誰にも気付かれることなく、静かに。


記憶の最後の灯火として。


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