第弐話「処置室の誓い」
ぴぃ...ぴぃ...。
また始まった。あの忌々しい前触れ。私は懸命に光を保とうとする。まだ、消えるわけにはいかない。
ここは夜間診療所の処置室。十二年間、私は様々な傷や痛みと向き合ってきた人々を見守ってきた。医師や看護師たちの緊張した背中。患者たちの不安な表情。そして時には、安堵の涙も。
今宵も、いつものように誰かの痛みに寄り添うはずだった。
「また点滅し始めましたね」
「しばらくは持つと思うけど...」
「でも、こういう場所は確実性が命だからね」
昼間、施設管理の職員と看護師長が交わした会話を、私は覚えている。すでに廊下や待合室はLEDに替わっていった。私の番も近い。
...ぴぃん。
一瞬の闇。その後、また光が戻る。でも、この調子では長くは...。
「先生!救急車が到着します!」
廊下から看護師の声。私は意識を光に集中させる。まるで心臓に直接電気を流し込むように、必死で光を絞り出す。
救急隊が担架を運び込んでくる。十歳くらいの男の子。自転車で転んで、額を裂いたらしい。
「大丈夫だよ。すぐに治すからね」
若い医師が男の子に微笑みかける。
私は、できるだけ安定した光を放とうとする。暖かく、しかし術野を明確に照らす光。不安な子供の心を落ち着かせ、かつ医師の手元をくっきりと見せる、絶妙な明るさ。
...ぴぃん。
また一瞬の闇。男の子が小さく震える。
「あ、大丈夫、大丈夫」医師が即座に声をかける。「お空に光る星が、君に挨拶してるんだよ」
男の子が小さく笑う。賢明な医師だ。私の不調を、さりげなく物語に変えてしまった。
縫合が始まる。私は全身の力を振り絞って光を保つ。チクチクする痛みに男の子が顔をゆがめるたび、私は少しだけ光を柔らかくする。医師の手元は、そのぶん看護師が持つライトが補ってくれる。
これが...私の最後の仕事になるのかもしれない。
...ぴぃん。ぴぃん。
光が不安定になってきた。でも、もう少しだけ。あと数針で終わる。
「はい、終わりました」医師が明るく告げる。「とっても頑張ったね」
男の子の目に涙が光る。でも、それは痛みからの解放を告げる、安堵の雫。
「先生、ありがとうございました」
付き添いの母親が深く頭を下げる。
私も、この光景を最後に見られて良かった。明日からは新しいLEDが、より確実な明るさでこの処置室を照らすだろう。医療を支える光は、決して揺らいではいけないのだから。
...ぴぃん。
今度は、光が戻ってこない。でも、それでいい。私の役目は、果たせた。
闇の中で、私は密かに誓う。これから先もこの処置室が、誰かの痛みを癒やし、安堵の涙を照らす場所であり続けますように、と。
新しい光に、そのバトンを託して。
了