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第壱話「深夜食堂の安らぎ」

ちらっ。


また、あの予感がする。もう長くは持たない。でも、それでいい。むしろ、ほっとしている。


二十年間、この小さな定食屋の厨房を照らし続けてきた私は、今、静かな終わりを迎えようとしている。真夜中の二時。店主の清作さんは、いつものように最後の片付けに没頭している。


ちらっ。ぴかっ。


この数日、私の光はますます不安定になってきた。始まりはごくわずかな震えだった。点灯直後の一瞬、それから数時間後にまた一瞬。しかし今では、一分とまともに持たない。


でも不思議と、清作さんは私を取り替えようとしない。


「まあ、もうちょっとな」


昨夜、常連の大工の棟梁が私のことを指摘した時、清作さんはそう言って笑った。続けて、「LEDにするって業者から勧められてんだけどな」と呟いた言葉に、私は密かな覚悟を決めていた。


私はその言葉に、深い愛情を感じた。この店で過ごした二十年。どれほどの夜食を、私は照らしてきただろう。終電を逃した会社員、夜勤明けの医師、明け方の工事現場に向かう作業員。そして、ただ酔いを覚ますために立ち寄る様々な人々。


ちらっ。


私の光が揺れるたび、壁に映る影も揺れる。包丁を研ぐ清作さんの手の影。味噌汁を温め直すお玉の影。定食屋の厨房には、いつも誰かの人生が宿っている。


最近は、昔の記憶が急に蘇ることが多い。


十年前の大晶日。夜勤の帰りに転んで膝を擦りむいた新聞配達員の手当てをした夜。五年前の台風の日。店の電気が消える中、私だけが非常電源で点き続け、避難してきた人々の心を照らした夜。去年の正月。清作さんの娘が就職を報告しに来た夜。


ちらちら。ぴか。


あ、もうすぐだ。でも私は、この終わり方で幸せだ。突然の消滅ではなく、ゆっくりと、思い出と共に消えていく。次は明るいLEDが、この場所を照らすのだろう。でも、それもまたいい。時代の流れなのだから。


「よし、今日はこれで」


清作さんが最後の布巾を絞る。私は最後の力を振り絞って、その手元を照らす。包丁が輝き、まな板が白く浮かび上がる。シンクの水滴が、最期の光を受けて星のように瞬く。


「ご苦労さん」


清作さんが私を見上げて言った気がした。


そうか、気付いていたのか。私の最期が、今夜なのだと。


ちら...。


私は、静かに目を閉じる。二十年の記憶が、やさしい闇の中に溶けていく。明日から、新しい光がこの厨房を照らすのだ。時代は変われど、この場所で紡がれる人々の暮らしは、これからも続いていく。


...。


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