雀のお宿
ドンドンドンドンドンッ!!
その日の夜・・・
俺は、ドアが叩かれる音で目を覚ました。
「開けんかーい、コラッ!! いるのはわかってんだぞぉ!!」
外から濁声が聞こえる。
こんな夜中に、いったい何だってんだ?
寝ぼけていたのだろう。
俺はそいつに文句の一つも言ってやろうと思い、迂闊にもドアを開けてしまった。
「うっせーな! 今何時だと・・・」
そこまで言いかけて、俺はドアを開けたことを後悔した。
そこに立っていたのは・・・見知らぬオッサン!
口髭!
サングラス!
パンチパーマ!
見るからにチンピラ!!
そのチンピラは、俺を見下ろしながらニヤリと笑ってこう言った。
「恩返しに・・・来てやったぜぇ!!」
恩返し?
何言ってんだ、コイツは?
「あの・・・部屋、間違えてませんか?」
恐る恐るそう尋ねると、チンピラはキョトンとした顔をした。
「いや、間違えとりゃせんぞ。お前今朝、雀を助けたろ?
ワシがその雀じゃ!」
はぁ?
何言ってんの?
・・・って、いや待て。
そういえば、身に覚えがある。
俺は、今朝の出来事を思い出した。
マンホールの空気穴に挟まって身動きの取れなくなった雀がいた。
自力で抜け出すことができないのだろう。
俺はその雀を助けた。
助けてしまった・・・
「美少女になって、恩返しに来いよ。」
雀を穴から助け出して、そんなことを言った。
ほんの冗談のつもりだったんだ・・・
「すまんのぉ、美少女じゃなくて・・・
ワシ、雄なんじゃ。」
いやいやいやいや・・・
百歩譲って雄だったとしても、そこは美少年になって来るところだろ?
なんでチンピラ?
なんでオッサン?
「そんじゃ、行こか?」
雀は俺の手を掴んで、そのまま外へ引っ張って行く。
「あ、あの・・・行くって、どこへ?」
俺の質問に、雀はニヤリと笑いながらこう返す。
「雀が恩返しをする場所ったら、決まっとるじゃろ・・・?
雀のお宿じゃ!!」
どこをどう歩いたのか憶えていない。
いや、もしかしたら、歩いていなかったのかもしれない。
気づいたら、俺は大きな屋敷の前にいた。
「着いたぜぇ! ここが雀のお宿じゃ!」
俺は雀に手を引かれ、屋敷の中へ連れ込まれた。
「お帰りなさいませ、兄貴!」
坊主頭の黒服が、深々と頭を下げて出迎えてくれた。
「おぅ! 親父は?」
「へい、奥の部屋におられます。」
雀は俺に振り向いて言う。
「ワシは親父に挨拶してくるけぇ、先に部屋で待っとってくれ。」
そして雀は坊主頭に何やら声をかけた後、屋敷の奥へと姿を消した。
「それではお客人、こちらへ・・・」
俺は坊主頭に促されるまま、屋敷の奥へと足を運んだ。
部屋に案内されると、俺は畳の中央に座らせられた。
「ここで暫しお待ちください。 酒を持って参ります。」
坊主頭はそう言って姿を消した。
どうしよう・・・?
このまま逃げちゃおうか?
いや、でも、どうやってここに辿り着いたか憶えてないぞ!
しかも俺、パジャマのままだし、靴も履いてない。
・・・などと考え込んでいると、坊主頭が一升瓶と盃を持って戻ってきやがった。
「ささ、お客人。 まずは一献。」
坊主頭は俺に盃を渡す。
仕方なく受け取る・・・と、その時だった。
「おう、恩人! 雀の酒は・・・」
背後の襖が開き、あのチンピラが入ってきた。
そして、坊主頭をいきなり蹴り倒した!?
「この・・・アホんだらぁッ!」
なんで!?
なんなの?
この理不尽な暴力!
「ワシの恩人に、なんつぅ無礼なことをしとるんじゃあ!」
はい?
イヤイヤイヤ・・・
無礼なことなんて、何一つ無かったよ?
「ちんまい盃なんぞ用意してぇ! もっとデカいの持ってこんかい!!」
「す、すんません!兄貴!!」
な、何言ってんのこの人?
いや、人じゃなかった。
雀だった・・・
坊主頭が奥に引っ込むと、雀は言った。
「すまんのぉ・・・気の効かん奴で。」
いや、気の効かんのはアンタだよ!!
俺はそう言いたいのをグッと堪えて、作り笑顔を引きつらせた。
程なくして、坊主頭が盃を持ってきた。
・・・盃?
あれ、盃?
確かに盃の形はしているけど・・・
あれ、タライじゃないの?
「先ほどは失礼いたしました、お客人!」
そう言って坊主頭は、そのタライを俺に渡してきた。
俺も仕方なく、両手でそれを受け取る。
すると坊主頭は一升瓶の中身を全部、そのタライに注ぎやがった。
「さあ恩人! 遠慮せずグーッとイってくれ!」
いつの間にか隣に座っていた雀が、満面の笑みで俺を見てる。
嫌と言ったら殺される・・・
そう思った俺は覚悟を決めて、盃の酒を飲み干そうとした。
・・・が、一升瓶の中身全部だぞ!?
無理に決まってる!
俺は1/3程飲み干したところで、盃を置いた。
「どうした、恩人? 雀の酒は口に合わんか?」
チンピラが俺の顔を覗き込みながら、そんなことを言いやがった。
いや、一升だぞ!?
口に合うとか合わないとか、そういう問題じゃねえだろぉ!!
「イヤ...チョット...アジワッテマス......ゼンブ?」
俺が口から絞り出せたのは、そのセリフだけだった。
それを聞いた雀は、何かに気づいたようにポンと手を叩くと・・・
また坊主頭を蹴り飛ばした!?
なんで!?
「この・・・アホんだらぁ! ツマミが無うて、酒が進まんじゃろうがぁ!!」
「す、すんません! すぐに持ってきます!」
イヤイヤイヤ・・・
ツマミがあるとか無いとか、そういう問題でも無ぇんだよぉぉぉぉ!
なんとかこの場から消える策を練らなければ・・・
そんなことを思って、俺は言葉を絞り出した。
「アノ...ボク...オナカ痛インデ...帰ッテモ...イイデスカ?」
それを聞いた雀は、心底残念そうな顔をした。
「そうか・・・そりゃ、残念じゃのう・・・」
「おーい! 恩人がお帰りじゃー! 土産を用意せぇ!」
「いや、お気遣いなく・・・」
やっと・・・やっと帰れる。
安堵した俺の目の前に、坊主頭が葛篭を持ってきた。
大きい葛篭と小さい葛篭だ。
「さあ恩人! どっちでも好きな方を持って行ってくれ。
あ、両方はダメだぞ。 決まりなんじゃ。」
ぶっちゃけ、土産なんぞいらないから早く帰してくれ。
と、言いたいところだが、どっちかを持って帰らなければいけないらしい・・・
仕方なく、俺は小さい葛篭を持って帰ることにした。
「なんじゃ恩人。欲が無いのぉ・・・
まあええ。小さい方はな・・・飛べるぞぉ!」
そう言って、雀は俺の手を引いて外に出た。
どこをどう歩いたのか憶えていない。
俺は道の真ん中にいた。
夜はもう明けている。
そして背には葛篭を担いでいた。
何はともあれ、俺はあの館から無事に生還できた!
「すいませーん。チョットよろしいですか?」
安堵した俺を呼び止めたのは、警察官だった。
貼り付けたような笑顔で、警察官は『職務質問』だと言った。
「パジャマのまま裸足で歩いているとか、おかしいでしょ?
取り敢えず、荷物見せてもらえるかなぁ?」
そういえば、俺も葛篭の中身が気になっていたんだ。
俺は葛篭を開けた。
葛篭の中には、植物片が・・・
俺は『薬物所持』の現行犯で逮捕された。




