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祝婚歌  作者: かのこ
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  四十一歳のアグリッパ様と、十八歳のユリアの結婚式が行われた。ローマの第一人者の腹心と、その一人娘の結婚だったから、それは盛大なものだった。綺麗な花嫁だったと人は言った。叔父は視察先から指示を出しただけで、娘と親友の結婚にも立ち会わなかった。それほどまでに急がせたということだ。

 私自身の結婚の時には、式などして欲しくなかった。そういう華やかな場にいたい気持ちではなかったし、祝福されたいとも思わなかった。

 カリナエの実家に戻った私は、日取りの決められた式の日まで、次の夫と毎日顔をあわせるという奇妙な生活を送っていた。

 実家はマルクス・アントニウスの所有していたものだったので、権利はその息子、ユルス・アントニウスにあった。だから、いずれ妹たちが結婚して家を出ると、兄マルケルスもいない我が家には、母オクタウィアと血のつながらない息子のユルスしか残らなくなる。だから、私と結婚すると都合が良かったのだ。

「式などしなくとも……」

「確かにとっとと初夜を済ませたいとは思うが」

 新しい夫、ユルス・アントニウスはにやにや笑いながら言った。異性関係には少々噂もあるけれど、無邪気な少年の頃を知っていたから、さほど嫌悪は感じなかった。会話の調子もまるで兄妹の時のままで、どうしてこの人を主と思えるようになるのか、自信がなかった。

「何しろ俺は結婚したことはないんで、一度くらいは花嫁の帯ときをしてみたいんだが」

「どうせ生娘ではありませんのに」

「別に。アウグストゥスの姪、しかもオクタウィア様の娘ってだけで恐れ多い」

 それはどちらも私が生まれついてそうであっただけのこと。もしも彼の父がローマを支配していたら、彼は同じことを言っただろうか。

「いつもお兄様は嫁いだお姉様たちのだんな様に、『俺の妹を幸せにしないとどうなるかわかっているのか』、とか仰っているものね」

 母オクタウィアとマルクス・アントニウスの娘、小アントニアが苦笑して言った。十五歳で、もう結婚話は出ているとは思うのだけど、まだ相手は正式には決まってはいない。

「でも不思議ね。私にとって、ユルス兄様もマルケラ姉様も兄と姉で、それが結婚するのだもの」

 小アントニアには彼は父の同じ兄で、私は母の同じ姉になる。私たちが結婚すれば、彼女にとっては二重の意味で兄と姉になるのだ。

「でも本当にいいの? ユルス兄様って、結構女性にだらしないのよ。信じられないくらい」

「……それは困ります」

 アグリッパ様は、多忙のためもあって家にいつかない方だったけれど、私を妻として尊重して下さったし、少なくとも妻にわかるような浮気はなさらない方だった。同居している家族に呆れられているようでは、相当覚悟をしなければならない。

「俺だって結婚すりゃ変わるかも知れないだろ?」

「そんなこと言わない方が身のためではなくて? 男の方って無理やり理由を見つけては浮気するものなのでしょう?」

「誰に聞いたんだそんなこと」

「皆言ってます。男の方なんて、誰も信じません」

 小アントニアが言うのを複雑そうな表情で彼は見ている。

「そんなこと言わず、とっとと嫁に行ってくれないか」

「いやです」

 後で彼が言うことには、アウグストゥスの後妻リウィア様の連れ子のドルススは、小アントニアにご執心のようなのだけれど、任務でローマを離れることが多くて疎遠になっているのだという。

「ま、奴の兄貴もまだ独身だからな。兄を差し置いて、というのもあるだろうが。いい加減どーにかしてくれないと、小アントニアも婚期逃がす。十五にもなって婚約もしてないってのは、相当ヤバいぞ」

「妹思いなんですね」

「まーな。その点でいうとお主も俺の義理の妹だが」

「……ユリアもそうですね」

 私と同様に、ユリアと結婚したマルケルスを通して、彼にもユリアは義妹だったのだ。

 彼女が自分の結婚をどう考えているのかはわからないけれど、もしもアグリッパ様を疎んじたり軽んじるようなことがあったら――そう思うと、苦しかった。若く美しく、父親がローマ最高権力者である彼女には、夫を軽んじるような言動が見られた。マルケルスお兄様だって、相当叔父に気に入られていたけれど、結局はユリアには甘くて遠慮するようなところがあったほどだ。

 そして私の娘や、ウィプサニアのことを考えると胸が痛んだ。あの子たちは、ユリアとうまくやっていけるのだろうか。

「ま、俺はアグリッパ将軍ほど頼りにならないし、いい加減な男だってのは事実なんだから仕方ねーだろが」

「そこで善処を検討しないの?」

 アントニアが冷静に尋ねる。

「うるさいなあ」

 そして彼は神妙な表情をして言った。

「なので正直、比べられたら困る。けど前の生活を忘れる必要はないし、別に娘を呼んでも構わんよ。オクタウィア様だって、孫の顔も見たいだろうし」

 確かに彼は、アグリッパ様と比べると子供のようで、急に照れた表情が、ふと可愛らしいと思った。

「式をしてくれと頼んだのは、今後他人の結婚の話が出たりするたび、お主が俺の前で気まずい思いとかする気がするし、いちいちアグリッパ殿とのことを思い出されたくないからなんだが。お主にはわざとらしくて不本意かも知れんが、我慢してくれ」

 形式を踏まないで欲しいと女の身で言う、私の方がおかしいのであって、私は正妻として扱われることを感謝すべきなのだ。

「ユルス。頭を下げないで下さい」

「……あー。ちくしょう。既婚者に、一度謝り癖がついたら、ついつい謝っちまうもんだって聞いてたんだよな」

 彼は頭をかいて、ぼやくように言った。

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