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雨宿り

作者: 赤黄色人参

 小雨が降る夜、大きな大樹の下へ雨宿りに向かう一人の女性、静葉がいた。傘を忘れたのか全身はずぶ濡れであり、見ていて気持ちのいいものではない。自身を輝かせる化粧も雨の前では、穴の開いた靴下のようにみっともない。彼女が木の下に腰を下ろすと荒い息遣いを止める。

「この木の下ならしばらく何とかなりそう。それにしても聞いていない、天気予報は絶対に晴れって言ったじゃないの!はあ、仕事もさんざん上司に叱られるわ、帰りにゲリラ豪雨がくるわ。新年一発大凶引くわって、今年は最悪な一年になるのかしら?」

「それは何とかわいそうな。私でよけれは話し相手になりますが?」

彼女の目の前にはいかにも中世に出てきそうな執事の制服を着ている女性がいる。かなりの細身で体の凹凸が露出していない。黒い執事福を際立だせるような群青の長い髪が波のように揺れる。彼女が男装すればおそらく誰も真贋をつけることもないだろう。しかし静葉は今までの疲れからか疑問に感じなかった。

「ああどうも。他に木の下に向かって避難しに来た人もいたのね。もしかして愚痴を聞いてくれるの?」

「ええ、愚痴も妬みも聞きますよ。」

「優しいのね。ところであなたの名前は?」

「私には名前がありません。生まれた時から執事として育てられました。お嬢様にも私に対しては執事呼ばわりされるものですから。」

「名前がないと不便じゃないの?」

「不便とは感じませんが、不満に感じたことはあります。」

「じゃあ雨が止むまでは名前を付けてもいいかしら?」

「問題ありませんよ。」

「あまり期待しないで頂戴。ルリ…はどうかしら。」

「いい名前だと思いますよ。ルリ。静葉さんに気に入りました。」

「気に入ってくれて何よりだわ。」

「それでは愚痴を教えてください。言いたくなかったら別に言わなくても構いません。」

 静葉は思いつく限りの出来事を片っ端から話した。上司にグーで殴られたことや、居酒屋でぼったくられたことや、彼氏に浮気されたことなど、ありとあらゆる憎しみをルリにぶつけた。

「そうですか。静葉さんはかなり緊張されていたんですね。」

「まあそうね。でもあなたに吐き出したおかげで少しすっきりしたわ。」

「ははは、そうおっしゃられて何より。でも静葉さん、二十歳の誕生日で酒を一気飲みしたことはあなたに非がありますよね。」

「う、それもそうね。あれっきり酒はトラウマになったもの。一生飲まないって決めたわ。」

「良い心がけだと思います。お坊ちゃまにも静葉さんを反面教師として学んでほしいものですよね。」

「お坊ちゃま?」

「はい、まだ未成年なのに髪を染めたり、耳にピアス穴を開けるんですよ。ここでいうのもあれなんですけど、ダサいんです。」

「若気の至りも限度はあるけど、そこまで言うほどでもなくない?」

(まあ私もピアス穴がダサいとは思うけど。)

「これをダサいといわずに何と呼べば?」

ルリは自身の携帯の画面をを静葉に見せる。

「こっ、これは!」

黒から金に染めたであろう髪、とげとげの黒いチョーカー、ひと昔のヤンキーを彷彿させる改造された学生服。金色に輝いているベルト。無駄に輝いている革靴。そしてこちらに挑発するような顔。ここから導き出される結論はつまり、

「ダサい!」

「でしょう。納得してくれたなら幸いです。」

「執事も決して楽ではないのね。」


「おっと、雨が止みました。」

「ルリはこれからどうするの?私は家が近いから歩いて帰るけど…」

「帰路については問題ありません、そして私はもうルリではありませんよ。」

「そうね、雨が止んだものね。」

「今日はありがとうございました。また会えたらいいですね。」

「ええ、また雨の降る日に出会えたらね。」

「さようなら。」

雨はやむが、心の繋がりはやまない。互いに名は忘れるだろうが、存在は心の片隅にしまわれるだろう。

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