最終話 想い出がいっぱい詰まった街で…
おいらの治世に不満を持つ貴族の謀反があってから数年の時が過ぎたよ。
あれ以来、おいらに反旗を翻しても無駄だと悟ったのか、ヒーナル一派の残党は次々に後継ぎに家督を譲って隠居したんだ。しかも、直系の嫡男達は皆が皆『塔の試練』を合格できなかったの。子は親の鏡と良く言われるように、後継ぎ候補達はダメな父親の素行を見習って成長したためだろうね。最終的は、ほとんどの家で娘さんや分家の子供の中から『塔の試練』をクリアした子に家督を譲ることになったよ。
おかげで、仕事をしない無能な貴族が減って宮廷の業務は捗るし、無駄な夜会も減って経費が大幅に削減できたして大助かりだよ。
『塔の試練』クリアを王宮の官吏や貴族の当主となる条件としたのは大正解だった。『塔の試練』を三つ共クリアしても、それだけでは政を行う知識としては不十分なのだけど。それにより、独学でコツコツと知識を積み上げるって習慣が身に付き、真面目に職務に従事する姿勢を養えるみたいなの。代替わりで王宮に出仕することとなった若者は、地味な仕事でも真面目に取り組んでくれるのでとても仕事が捗るの。
加えて、ヒーナル一派の残党を一掃できたので無駄な夜会を全廃することが出来たんだ。ヒーナル一派の連中、仕事もせずに宮廷費で酒盛りをするのが日常茶飯事となっていたんだ。おいらが即位してから、職務時間中の酒宴を禁止したんだのだけど。何だかんだと屁理屈を付けて宮廷の公式行事として夜会を開いていていたんだ。今まではヒーナル一派の残党の抵抗があって中々止めさせることが出来なかったの。それを全部取り止めにしたら結構な額の予算が浮いたもんだから驚いた。
即位以来十年以上の時が過ぎ、滞りがちだった王宮の仕事もスムーズに動くようなったので、最近は定期的に休暇を取る余裕も出来たんだ。
そんな訳で…。
「おや、マロンじゃないかい。
久し振りだね。里帰りかい?」
だいぶ歳をとってすっかり白髪頭となった串焼き屋のオバチャンが、おいらに気付いて声を掛けてくれたよ。
休暇でやって来たのはトアール国ハテノ辺境伯領にある辺境の街。ここならおいらは素のままで居られるんだ。
おいらがウエニアール国の女王になったことは街の人には知られてないし、今はごく普通の冒険者みたいな格好をしているからね。
「うん、久し振りに休みが取れたからね。
家族そろって里帰りだよ。
オランのことは覚えているよね。おいらの旦那様。」
「ああ、オランちゃんだろう。もちろん覚えているさね。
あの頃は、マロンと並ぶと女の子が二人居るように見えたけど…。
すっかり別嬪さんになっちゃって、やっぱり男には見えないねぇ。」
ぱっと見、妙齢のご婦人と見紛うオランを前にカラカラと笑うオバチャン。
直に三十路になるにも関わらず、オランは二十代前半の女性のような容姿なんだ。顔つき、体つきが女性的な柔らかいラインを描いている上にお肌もピチピチだし、更にはヒゲも、すね毛も全く生えて無いんだもの。ホント、羨ましいよ…。
おいらも、ウレシノもオランの子を三人ずつ儲けているので、オランが男性であることは間違いないのだけど。正直、オランが女性じゃないかと今でも疑うことがあるよ。
「オバチャンに紹介したっけ、うちの娘達?
長身の金髪美人がソノギ。栗毛のおチビがキャロットだよ。」
「ああっ、母さんったら酷い!
そうやって、姉妹を比較しちゃダメなんだよ!
そりゃあ、ソノギお姉ちゃんは美人さんだけど。」
おチビと言われたのが気に入らないみたいで、キャロットは頬を膨らませて拗ねてたよ。
「キャロットちゃんの言う通りです。
私は十三歳、キャロットちゃんは十二歳。
私達は育ち盛りですもの、一つの差は大きいですわ。
キャロットちゃんの背丈もすぐに私に追い付きますよ。」
背丈を気にするキャロットを庇うように、ソノギはおいらを諫めたの。
そんなキャロットとソノギを見て。
「あらあら、仲の良い姉妹だね。
お姉ちゃんはお父さん似、妹さんはお母さん似なのかね。
二人共、可愛いお嬢ちゃんじゃないかい。」
オバチャンは微笑まし気に表情を緩めていたよ。
まあ、実際は二人共母親似で、ソノギの長身と金髪はウレシノ譲りなんだけどね。今はトレント狩りの帰りで、ウレシノは同行してないの。串焼き屋台のオバチャンはウレシノの存在を知らないから、オラン似だと思っているんだ。
長期休暇中だけど体が鈍るといけないし、日課のトレント狩りは続けているよ。辺境の街から魔物の領域方面へ少し行った場所にハニートレントの自生林があるからね。ウサギに乗っていけばすぐだし、キャロットとソノギにも狩りをさせてるんだ。
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「オバチャン、それでね。
おいらとオランは休暇が終わったら戻るけど。
この二人はこの街に置いていくからよろしくね。」
「そう言えば、この街に屋敷があるとか言ってたね。
マロンは仕事を辞めてこの街に帰ってくるつもりなのかい。」
オバチャンには仕事の都合で引っ越すとしか言ってなかったからね。おいらが仕事を辞めてこの町に戻ってくるものと勘違いした様子だったよ。先に子供だけこの町に帰すつもりなのかと。辞められたら良いんだけどね…。
「違うんだ。この二人は…。」
おいらが説明しょうとすると。
「私、ソノギお姉ちゃんとこの街のカレッジに通うんだ。
すっごく楽しみなの。
母さんが子供の頃過ごした街で、ソノギお姉ちゃんと暮らすんだもん。」
おいらの言葉を遮って、嬉しそうにキャロットが事情を話したんだ。
「私もとても楽しみです。
今まで何度か滞在しましたが、とても住み心地の良い街ですし。
お父さんが子供の頃に過ごした街に住んでみたいと思ってました。」
ソノギもキャロットに相槌を打つように、この街に住むことを楽しみにしているって話してたよ。
そう、つい先日、二人ともカレッジの入学要件になってる『塔の試練』三つ全てをクリアしたんだ。ソノギが十三歳、キャロットが十二歳で三つの試練をクリアすると、この試練を考案したマリアさんが舌を巻いてたよ。マリアさんの故郷では十八歳くらいまでに学ぶ内容、しかも学校と呼ばれる施設で先生の手解きを受けながら学ぶらしいの。それを独学で、しかも十二、三歳でクリアしたのから驚いたみたい。独学と言っても、だいぶ妖精チューターさんのお世話になったみたいだけど。
で、晴れてカレッジに入学することになったの。今回は休暇を兼ねて、二人の入学手続きをしにこの街を訪れたんだ。
「おや、マロンの娘さんがこの街のカレッジに通うんだって。
こりゃまた、随分と賢い娘さん達なんだね。」
背後からそんな声が聞こえたので振り返ると、馴染みのオバチャン達がいたよ。以前住んでいた鉱山住宅のご近所さん達。どうやら、おいら達の会話を後ろで立ち聞きしてたみたい。噂好きのオバチャン達でいつも井戸端会議をしているんだけど。そのオバチャンネットワークに乗ると、あっと言う間に噂が街中に拡散されちゃうの。
「うん、うちの娘は二人とも、おいらと違って賢いんだ。
しばらくこの街に住むからよろしく頼むね。」
「マロンの娘なら大歓迎さ、近所の仲間にも伝えとくよ。」
元からこの街に住む人達は皆人情に厚いし、こうして紹介しておくと何かと気に掛けてもらえると思うんだ。
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「なあ、マロン。本当にキャロットをこの屋敷に置いていくのか?
王位継承権第一位の王女様をロクな護衛も無く付けずにこんな辺境の街に…。」
庭で他の姉妹達とお茶を楽しむキャロットを見て、父ちゃんが念押しするように尋ねて来る。
「キャロットには身を護る術を教え込んであるし。
この屋敷に住むのはキャロット一人じゃないしね。」
一緒にカレッジに入学するソノギは勿論のこと、ノノウ一族から父ちゃんの屋敷を管理するメイドが多数派遣されたんだ。何と言っても、ソノギは一族の次代を担うお姫様だし。
それと、キャロットとソノギがカレッジに通うに当たり、それぞれに近衛騎士二人を護衛に就けることにしたの。若手の中から、『塔の試練』を三つ共クリアし、かつ、忠誠心に厚い騎士を四人選抜したんだ。この四人にも、二人の学友としてカレッジで学んでもらうことになっているの。
キャロットも、ソノギも毎朝トレント狩りで鍛錬しているし、護衛の騎士も付いている。屋敷には護身術に長けたノノウ一族のメイドが沢山居るから何の心配も要らないはず。
「いや、身の安全って意味じゃなくて…。
キャロットは十二、ソノギは十三だろう。
そんな子供二人で暮らさせて心配じゃないのか?」
「今回のカレッジ入学は、二人から言い出したことだからね。
おいらとオランが暮らしたこの街に住んで、多くの知識を良く学びたいって。
それに、父ちゃん、少し過保護だよ。
おいらとオランが二人で暮らし始めた時、おいらは九歳、おらんは十歳だったもん。
それにこんな立派なお屋敷じゃなくて、あばら屋みたいな鉱山住宅だったし。」
キャロットとソノギが自発的にやりたいと言い出したことだから、それが人としての成長に役立つことなら叶えてあげたいじゃん。都合の良いことに、父ちゃんが屋敷を保有していて借りることが出来るんだもの。おいらとオランが暮らした鉱山住宅よりずっと安心して暮らせるよ。
実際、メイドも、護衛も居るから年頃の女の子二人だけで暮らす訳でもないしね。
「そう言われてみればそうだな。
俺もすっかり貴族の思考に毒されていたようだ。
あの頃のこの街はもっと治安が悪かったのに。
マロンも、オランもそんなの気にせず自由に飛び回っていたもんな。」
「そうそう、可愛い子供には旅をさせろって言うじゃない。
キャロットとソノギが何年掛けて卒業するか分からないけど…。
二人にとってこれが自由に振る舞える最後の時間だと思うんだ。
だから、思いっ切り自由を満喫して欲しいと思ってるの。」
カレッジを卒業したら、キャロットは王太女として公務に専念することになるだろうし。ソノギは専属侍女としてキャロットを補佐する立場になる。加えて、ソノギはノノウ一族の次期当主になるための勉強も必要だからキャロット以上に自由な時間が無くなると思うんだ。
「父ちゃん、ありがとう。」
「なんだよ、藪から棒に…。」
「おいらは幸せだなって…。
父ちゃんが居て、アルトが居て、オランが居て、可愛い子供達が居る。
それもこれも、父ちゃんが幼いおいらを養ってくれたからだよ。
ヒーナルに国を追われて、野垂れ死にしてても不思議じゃなかったもの。」
「礼を言うのは俺の方だよ。
マロンが居たから、俺は頑張ろうと思えたんだ。
マロンは俺の生き甲斐で、宝物だからな。
マロンと出会えて本当に良かったよ。
俺のところに来てくれて有り難うな。」
ホント、父ちゃんが行方不明になった頃は毎日が辛くて、今の暮らしなんか想像も出来なかったけど…。
アルトに出逢えて、父ちゃんが帰って来てくれて、オランと一緒に暮らすようになって。それからは幸せなことばかりだった。
スキルだって『ゴミスキル』なんて呼ばれているモノばかりだったけど、実際はムチャクチャお役立ちで今まで何回命を救われたことか。
おいらにとってこの街が全ての始まりで、故郷なんだと思う。
寂れていた街も今ではすっかり賑わいを取り戻して、おいらが過ごした頃とは様変わりだけど。きっと、キャロットとソノギにも沢山の出逢いが待っていると思うんだ。おいらの思い出がいっぱい詰まったこの街で、二人にも素敵な思い出ができると良いな。
拙い物語に最後まで御付き合い戴き有り難うございました。
本作はこれで終劇となります。
少々、時間をおいて新作を投稿する予定です。お読み戴けると幸いです。




