第847話 再度、おいらの方針を周知徹底させたよ
レクチェ姉ちゃんを辺境伯に叙する昇爵式典が執り行われた謁見の間でのこと。
その片隅には場違いな鉄製の檻が設置されていたんだ。檻に囚われているのは、先日行幸中のおいらを襲撃した貴族達。列席した貴族は、皆一様に気拙そうな表情で檻の中をチラ見してたよ。
「陛下、畏れながらお尋ね致します。
何故にこの者達に斯様な仕打ちをなされるのでございましょうか。
罪人と言えども、この者達は数百年にも亘り国に仕えて来た貴族ですぞ。
見せしめが如き辱めは如何なものかと存じます。」
宰相が連中の罪状と裁判の判決内容を列席した貴族達に周知すると、一人の貴族が不快な表情を露わにして意見してきたの。虜囚の中に知り合い縁者が居たのかも知れないね。貴族の面子を潰すような仕打ちは控えるべきだと、この男は主張したんだ。
「だからこそ、効果的なんじゃない。
これならどんな愚か者でも理解するでしょう
貴族だって悪いことをしたらこうなるんだよって。
名誉を重んじるんだったら、悪いことをしなければ良いんだよ。」
列席している貴族達は子供じゃないんだから、本当はこんな当たり前のことを改めて言うまでも無いのだろうけど。
おいらに見当外れな意見をした男みたいに、貴族なら悪いことをしても赦されると思っている輩がいまでも居るからね。
「ふざけるな! あれは貴様に対する天誅だ。
平民ばかり優遇し、儂ら貴族を蔑ろにしおってからに!」
悪いことをしたという自覚が無いのか、今回の襲撃事件の主導者だった元伯爵がおいらに噛み付いてきたよ。
「誰が平民を優遇し、貴族を蔑ろにしたって?
おいら、貴族も、平民も分け隔てなく対応してるよ。
法に従って公平な行動を心掛けてるから。
どちらかに加担することは無いと胸を張って言えるつもりだけど。」
マリアさんの指導の下、取り急ぎ民法典、刑法典、商法典の三つを整備し終えたので、一年ほど前に今後は法に基づいて粛々と統治を行うと宣言したんだ。王侯貴族には幾つかの特権が認められているけど、それは特例であって法の適用に関しては平等なの。特に刑法典に関しては全ての階級に平等に適用され、貴族だからお目溢しされるってことは一つもないんだ。かつてあった無礼討ちも廃止したから、貴族が平民を手討ちにしたら貴族が殺人罪に問われるよ。平民に危害を加えたら暴行罪や傷害罪に問われるしね。この連中は為政者の末席に名を連ねていたのに、何故それが理解できないんだろう。
「儂ら貴族を蔑ろにしているのは明白ではないか!
現に儂は局長を解任されて、下っ端官吏に落とされたのだぞ。
こんな屈辱を味わったのは初めてだ!」
「それは、あんたが『塔の試練』を突破できなかったからじゃない。
ちゃんと五年の猶予を設けたし、処遇についても事前に告知したでしょう。
解任されたくなければ、試練をクリアすれば良かったんだよ。」
このお馬鹿、そんなことも理解できずにおいらに八つ当たりかよ…。
「あんなものが、何の役に立つと言うのだ!
そのせいで降格などと、儂に恥をかかせおって。
儂は絶対に赦さんぞ。」
この元伯爵、五年間で十回以上試練を受けてやっとこさ第一試練を突破したものの、期限までに第二試練は突破できなかったんだ。因みに、マリアさんの故郷では十二歳までの学校で習う内容らしい。商人の娘タルト、トルテは八歳の時にクリアしたそうだよ。
もちろん、率先垂範の意味もあって、おいらとオランも『塔の試練』は受けたんだ。オランや周りのみんなの協力でちゃんと三つともクリアしたよ。父ちゃんやタロウ、それにミンミン母ちゃん達王宮勤めの耳長族三人にも試練を突破してもらった。父ちゃんは少し苦戦していたけど、五年の猶予期間ギリギリに三つ目の試練に合格できたの。
「うん、あの程度じゃ、あんまり役には立たないね。
でもね、政の専門知識はあの基礎的は知識の上に積み上げるんだ。
あの程度のことが理解できないようじゃ、高度な判断を伴なう政なんて任せられないよ。」
税収や予算決算の集計や分析をするために多少高度な算術が必須だし、報告書やりん稟議書と言った公的文書を作成するための文章作能力も必須だもね。少なくとも『塔の試練』を突破できれば、最低限必要とされる知識は付くはずなんだ。
その上で、多角的な視点からモノを考えられたり、広く世の中全体を見渡して政に優先順位を付けたりって能力が為政者には求められる訳で。それに長けた人が昇進していくってのが理想的なの。
で、『塔の試練』も突破できないようなお馬鹿に為政者としての能力は期待できないだろうから、高い地位は与えられないんだ。
「ふざけるな! 貴族に生まれた者はそれ自体が貴いのだ。
生まれながらにして高い地位に付くものと決まっておるのだ。
『塔の試練』なんて薄っぺらいもので決められて堪るか!」
その薄っぺらいものすら突破できない愚か者に生まれながらにして貴いとか言われても説得力ゼロだよ…。
てか、『塔の試練』を馬鹿にするなら、突破すれば良いだけじゃん。
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「突破できなかったのなら、息子さんにでも代替わりして隠居すれば良かったのに…。
反乱なんか起こして、死罪・お家お取り潰しになるよりマシだったでしょう?」
「倅も誰一人、試練に合格できなかったわ!」
それ、威張って自慢することじゃないよね。おいらが元伯爵の立場なら恥ずかしくて口に出来ないよ…。
「じゃあ、いっそのこと王宮を辞してお孫さんに期待したら良かったのに。
伯爵だったんだからそれなりの知行地はあったでしょう。
そこからの俸禄で生活すれば良いんだから。」
実務能力も無ければ、仕事に取り組む熱意もない、こんなのを局長に据えておくなんて税金の無駄遣いも良いところ。本来、クビにしたいところをヒラ官吏として捨扶持を上げていたのに、反乱を起こすなんてなんて恩知らず。ヒラだと面子が赦さないなら、官吏の仕事は捨てて伯爵としての俸禄だけで生きて行けば丸く収まると思うよ。仕事はしないで良いし、家の中では一番偉いのだから。
「ふざけるな、知行地から上がる俸禄は年にして高々銀貨五千枚だぞ。
そんなはした金で貴族らしい生活ができるか!」
高々銀貨五千枚だなんて失礼な。いっぱしの職人さんだって年間収入は銀貨三千枚程度、それで奥さんと子供を養っているんだ。領地を持たない伯爵なんて、遊んでいようが銀貨五千枚も貰えるなら有り難いじゃん。伯爵位を手に入れたご先祖様に感謝しないと…。
因みに、王宮に出仕した場合の報酬は宰相で銀貨十万枚、大臣で銀貨八万枚、局長で銀貨五十万枚程度らしい。これがヒラ官吏だと銀貨三千枚程度なんだって。ヒラ官吏でそこそこ熟練の職人並みの報酬なんだね。
「別に、収入に見合った生活をすれば良いでしょう?」
「それこそ、冗談じゃない。貴族がその程度の生活をしていたら恥ずかしいだろうが。
それにな、貴様は重要なことを忘れているぞ。
儂ら貴族が贅沢をして市中に金を流すから世の中が回っているんだ。
儂らが節約したら景気が悪くなるのだぞ。」
そんな都合の良い自己弁護をする元伯爵。でも、こんなバカなことを本気で信じている愚か者が貴族には多いんだ。やれ、自分達が肖像画を発注するから画家が食っていけるんだ。やれ、自分達が豪華な服を着るから、服飾に携わる職人が食っていけるんだ。なんて、如何にも市井の人々に貢献しているかのように言うんだ。
「それ、間違いだよ。
同じお金を使うなら、誰が使っても同じ。
あんた達に無駄な俸禄を払って、馬鹿な無駄遣いさせるくらいなら。
その分、公共事業をしてインフラ整備をした方がずっと波及効果が大きいから。」
くだらない夜会や派手な衣装に金をばら撒いても、有力な御用商人の懐が温まるだけだよ。街道整備の時みたいに、王宮の官吏が直接作業員を募集してインフラ整備をした方がなんぼかマシ。中抜き無しで工賃が極めて多数の作業員に渡るからね。有力な御用商人にお金を支払っても多くが蓄財になって市中にはあまりお金が流れないけど、土木作業に携わる作業員の多くは蓄財に回す余裕が無く殆どを消費してくれる。同じ銀貨一万枚を王宮が支払うのでも、後者の方が市中にお金が沢山出回るの。それに飲み食いや衣装じゃ、経済効果はその時限りだけど、街道、港、河川の改修をしておけば、その恩恵は後の世代まで続くのだもの。
それに、市井の人々だって懐が温かくなれば服は買うだろうし、絵だって買うかも知れないじゃない。別に貴族が買う必要も無いって。
貴族が贅沢をするためにお金を使うくらいなら、失業者を雇って穴を掘ったり埋めたりさせる方が金回りって面で言えばまだマシだよ。どっちも、何も生み出さない無駄遣いだけど…。
「改めて、おいらの統治方針をこの場で周知しておくよ。
今日集まってもらった貴族の中にもまだ理解してない人が居るみたいだから。」
おいらが女王に就任した時に公言したのだけど、ヒーナルの派閥に与した連中は分かっていないんだ。
「前提条件として、おいらを始めとする王侯貴族は別に偉い訳ではないよ。
これはキッチリと理解しておいて。」
「ふざけるな!王侯貴族は存在自体が貴いモノだろが!
まるで平民と変わらないような言い方は陛下と言えども赦せんぞ。」
檻の中からではなく、列席した貴族からそんな怒声が飛んだよ。案の定、声が上がったのはヒーナル一派が集まる一画だった。
「何で? 王侯貴族なんていなくても、民は別に困らないよ。
どうして、王侯貴族が必要になったのか考えてみて。」
「それは王が民を力で従えたからであろう。
力有る王に民が従属するのは当然だろうが。」
やだ、なに、その蛮族みたいな考え方…。
「違うよ。本来、全ての人は自由で平等なものなんだ。
でも、個々人が好き勝手に行動すると利害の衝突が起こるからね。
それを調停する役割として、王や貴族が必要になった訳。
王や貴族の権威ってのは、利害調整人として民の信託の上に成り立っているの。」
「それでは、王侯貴族が民に雇われているようではないか。」
「その通りじゃん。だって、おいら達、民の払ってくれた税で暮らしているだもの。
税は民に貢せているんじゃなくて、統治サービスの対価として受け取ってるんだ。
王侯貴族の俸禄はインフラ整備、魔物討伐といった統治業務に従事している対価だよ。」
マリアさんに言わせれば、本来的には王侯貴族は不要なんだって。民が自分達の代表を選んで法を整備して、法に基づいて民の代表が統治を行う。そんな風に民の手による政が理想的なんだって。ただ、そこには落とし穴があって、全ての民が政に関心を持ち、かつ、政や社会情勢に関して高い教養を備えていることが必要なんだって。それが欠けていると、民を騙したり扇動したりする悪質な独裁者が出て来るらしい。この大陸にある国々の文明レベルでは、民の手に政を委ねるのは到底無理なことらしくて。マリアさんは妖精さんに王侯貴族を監視させることで、王が善政を敷くことを期待したらしい。実際、それが上手く機能しているのはウニアール国だけなんだけど…。おいらの国を含めて、長い歴史の中で王侯貴族が妖精さんによる監視を疎み対立したみたいなの。結果として、妖精さんは人の社会と距離を置くようになったらしいし。
「今後は、国と民を如何に富ませるかを意識して仕事をして欲しいの。
市井の民の声に耳を傾け、国に何が求められてるかを汲み上げて政に活かして欲しい。
それが出来ない人は、王宮から去ってもらうことになる。
民の何倍も、何十倍も俸禄を得ているのだから、貴族や官吏には俸禄に見合う働きをしてもらうからね。」
これはおいらから貴族達に対する命令だよ。列席した貴族達に意見は求めなかったし、嫌とは言わせなかった。
大きな机を前に椅子でふんぞり返っているような貴族は不要だからね。給料分は働いてもらわないと…。
お読み戴き有り難うございます。