第841話 飛んで火にいる何とかだね
王宮の正面エントランスにある車寄せ、六頭立ての黒塗りリムジン馬車に乗り込むと。
「では、陛下、くれぐれもお気をつけて。」
早朝にもかかわらず見送りに来てくれた宰相が恭しく送り出してくれたよ。
「見送り大儀です。留守を任せます。」
型通りの返答をすると、馬車は近衛隊長ジェレ姉ちゃんの先導でゆっくりと動き始める。
おいら達がこれから向かうのはトアール国との国境、この国の南西にある辺境地帯なんだ。目的はトアール国と合同で行う街道開通式に出席すること。
おいらが即位して直ぐに始めた国内全体の街道整備は着工後十四年の歳月を経て、この度やっと完成に漕ぎ着けたんだ。来月にはその完成式典を王都で盛大に開催するのだけど。街道整備に関してはもう一つ、同時に進めていた計画があったの。
それはウエニアール国の北の海岸からトアール国の南の山脈まで直通の街道を整備すること。元々、細くて荒れた街道はあったのだけど、馬車二台が余裕で通行できる車道と徒歩で安全に往来するための歩道を備えた高規格の街道で結ぼうって計画なんだ。
おいらが初めてウエニアール国へ来た時には、アルトの『積載庫』に乗ってこの街道沿いに飛んできたのだけど。国の西側の辺境地帯はどこも寂れていて経済的に疲弊していることが、子供の目にも明らかだったんだ。
おバカなヒーナル王が国の西部に広がる魔物の領域で人為的にスタンピードを起して、村々を魔物に破壊させたのが元々の原因だけど。ヒーナル王による王位簒奪後も西部辺境の復興事業が行われずに放置されたいたんだ。
おいらは即位すると真っ先に西部地域の雇用創出と物流の活性化のために、この西部街道の整備を始めたんだ。その後、トアール国の辺境の街で休暇を過ごした時、カズヤ陛下やハテノ辺境伯ライム姉ちゃんにおいらが手掛けている街道整備について話しをしたことがあるの。
そうしたら、二人共おいらの話に喰い付いて来たの。おいらがウエニアール国の北の海岸からトアール国境まで整備した街道をトアール国の南の端まで貫通させようって。おいらが整備してる街道と同じ規格で辺境の街まで街道を通すことになったの。目的は経済的に立ち遅れているトアール国の西部の振興なんだ。
ウエニアール国からトアール国にかけて、その西方に広がる広大な魔物の領域。それがあるために、人々は魔物の被害を怖れて定住したいと思わないんだ。二ヶ国併せても西部地域で栄えているのはダイヤモンド鉱山を擁するハテノ辺境伯領だけなの。とは言え、西部地域にも人が定住する町や村はあるからね。そこに住む人達の暮らし向きをよくするためにも地域振興は欠かせないって結論になったんだ。
幸い、ハテノ辺境伯領内はダイヤモンドの輸送を円滑化するためいち早く街道整備を進めていた他、絶えずハテノ領騎士が街道の巡回をして魔物や盗賊狩りをしているので流通がかなり改善していたんだ。
いっそのことハテノ領から北、ウエニアール国境まで街道を整備することで、人や物の往来を活性化させようってことになったの。とは言え、実際問題としてハテノ領から北、おいらの国との国境までは貧しい領地しかなく街道整備が困難な状況だったんだ。まあ、領主だって馬鹿じゃないんだから街道を整備すれば経済が活性化するのは分かっていた訳で、先立つものが無かったから出来なかったんだけどね。
そんな訳で、西部地域の活性化って課題を解決するため、トアール国王室とハテノ辺境伯、それにウエニアール国王室の共同出資でハテノ辺境伯領と国境の間の街道整備を始めたの。まあ、共同出資と言っても、トアール国内の事業にウエニアール国の国費を使うことは出来ないので、おいらのポケットマネーで賄ったけどね。
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で、ウエニアール国の街道整備の完成に先立って、ウエニアール国とトアール国の西部地域を貫通する街道整備が終わったの。
この日は、国境で行われるセレモニーのためにトアール国との国境に向けて出発したんだ。国境に渡した紅白のテープを、カズヤ陛下、ハテノ辺境伯と三人でテープカットをして、国境の渡り初めをするんだ。もちろん、その後祝宴も予定しているよ。
式典に向かうのは、馬車三台とウサギに騎乗した護衛の騎士四人。先頭の馬車に乗るのは、おいらとオラン、それにメイドのウレシノ。真ん中の馬車にはキャロットとソノギ、メイドのカラツ、最後尾の馬車はタロウ、マリアさん、シフォン姉ちゃんが乗ってる。護衛の騎士はいつものメンバー、ジェレ姉ちゃんを隊長にルッコラ姉ちゃん、タルト、トルテのおいらのお気に入り四人だよ。
そして、今回の行幸にはある特徴があるの。
それは第一においらが即位して初めて馬車を使った行幸だと言うこと。第二にこれも初めて行幸の全行程が前もって告示されたってこと。
従来の行幸は全てアルトの『積載庫』のお世話になっていたんだ。馬車での行幸はキーン一族派の不満分子から襲われる可能性があると言う保安の問題があったのだけど。それ以上に、ヒーナル王の時に政を蔑ろにした事から問題山積、一方で国内の現状把握のため視察は不可欠って事情もあって、悠長に馬車を使っている暇などなかったんだ。
それで今回、何故、片道約七日も掛けた馬車での行幸を決めたかと言うと。表向きは、一般的な交通手段である馬車を使うことで街道の完成状況を把握するためってことになっている。
実際、馬車で走ってみないと街道の整備が計画通りになっているか分からないものね。特に今回の行程は一番最初に着手し、一番最初に完成した区間だから完成後今までの間に既に劣化している場所もあるはずなんだ。トアール国側の街道整備に歩調を合わせる形で、今回、劣化した箇所の補修を指示たのだけど。それが完了しているかの確認も今回馬車を使って行幸する目的になったいるんだ。
でも本当の目的はそこでは無くて…。
「敵襲! 敵襲!
曲者を陛下や殿下に近付けるんじゃないぞ!」
王都を出立して三日目、西部辺境、見渡す限り無人の荒野の真っただ中に馬車を走っていると、ジェレ姉ちゃんの緊迫した声が響いたの。
馬車の窓から外を見ると、数百では済まない人影が行く手を遮っているのが見えたよ。
「何者だ!こちらが女王陛下一行だと知っての狼藉か!」
馬車の進行を止めると、行く手を遮る襲撃使者に向かって怯むことなくジェレ姉ちゃんが誰何した。まあ、襲撃者の素性は知っているし、ここで襲撃されるだろうということは予想していたんだけどね。
真っ平な平原で草木が生えておらず逃げ隠れするところが無い、しかも多くの兵力を展開できる。通過するスケジュールが予め判明しているのなら、誰しもここで待ち伏せするのが一番有利だと思う。ここはそんな場所なんだ。
しかも、要人七人に対して護衛の騎士は四人しかいないうえ、足手まといになる幼児が二人もいるんだもの。
おいらの治世に不満があるのなら、このシチュエーションは絶好の襲撃チャンスだと思うよ。最悪子供二人を人質にとれば、おいら達は手も足も出ないだろうって考えると思うから。
それで、襲撃者達から聞こえてくる罵声はと言うと…。
「何が、女王陛下だ! 正統なる王ヒーナル陛下を弑した逆賊ではないか!」
「そうだ、我々は偽王マロンを打ち倒して正しい政を取り戻さんとする志士の集まりぞ!
逆賊マロンとその手先どもに正義の鉄槌を下してくれる!」
「ついでと言ってはなんだが、長き歴史を誇る我が国の貴族の伝統を汚す愚か者も成敗してくれるわ。
何処の馬の骨とも分からぬ平民が伯爵だと。片腹痛いわ!」
「そもそも近衛騎士は高位貴族の役割ぞ。
我をヒラ騎士に降格しておいて、平民が近衛騎士を務めるなど言語道断!」
「そうだ、そうだ。
伯爵家出身の我こそ、近衛騎士に相応しいということが何故分らんのだ。」
まあ、今回、わざわざ馬車で移動することにした本当の狙いは、こういうお馬鹿を誘い出すためなんだよね。
実は先日、王宮で大規模な組織改革を行ったの。以前話した通り、『塔の試練』をクリアするための猶予期間五年が満了したんだ。それで予て告知してあった通り、三つの試練をクリアできなかった官吏で役職に付いている者全員を役職から罷免したわけ。
うん、ものの見事に降格者が発生したよ。内務卿を筆頭に長官クラス三人を含む官吏と騎士三百人強が、試練をクリアできずにヒラ官吏・騎士に降格したの。
特に、ヒーナルが騎士団長の出身だから、騎士団の上層部にまだヒーナルの息が掛かっていた連中が多かったんだ。騎士団に関して言えば、将軍クラスはトシゾー騎士団長主導でヒーナル派は一掃してあったのだけど、隊長クラスまでは目が届いてなかったみたい。大隊長、中隊長を含む隊長クラスが二百余名ヒラ騎士に降格になってた。
予想した通り、全てヒーナルに媚びを売って猟官工作をした連中ばかりだったよ。今まで不祥事を起こした連中はその都度、解任してきたんだけど、質が悪いのは何もしない奴。不祥事は起こさない代わりに、仕事もしないの。まあ、周囲の評判を聞くところでは、何かにつけ家柄をひけらかして威張っているだけの無能な連中らしくてね。下手に仕事に口を出されるより、遊んでいる方が部下としてはやり易いそうだけど。あれだ、無能な働き者ほど質が悪いってやつ。
組織改革を断行した上で、おいらの地方行幸を告知したんだ。日程や随行者、それに護衛体制まで詳細に記してね。
わざと手薄な護衛体制を取ることで、迂闊な連中が後先考えずに襲ってくるように仕向けた訳なの。
もちろん、おいらに不満を持つ主だった貴族にはノノウ一族を放って以前から情報収集してたよ。工作メイドを忍び込ませるのは勿論のこと、出入りの商人にノノウ一族の男衆を紛れ込ましてた。今回に限っては情報収集だけじゃなく、ここで襲撃を行うように誘導もさせたしね。
まったく、おバカな貴族達だよ。手のひらの上で踊らされていることに気付きもしないで…。
お読み戴き有り難うございます。




