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第837話 私とソノギ姉さんの一日(後)

 騎獣の餌やりとウサギの運動を終えるとおやつの時間。

 と言っても、優雅にお茶とお菓子を楽しむ訳ではなく、最初に明かした通りスキルのレベルを上げるため黙々とスキルの実を食べるだけ。しかも、最近は次の予定があるからと世話役のカラツから急かされる始末なの。お茶くらいゆっくり飲ませて欲しいと思うの、甘いお菓子も欲しいし。


 で、何でそんなせわしくお茶の時間を済ますとかと言うと…。


「あっ、キャロット姫さまだ!」

「姫さま、おはようございます。」


 まだ、三つか四つの小さな子供達が、私とソノギ姉さんを元気な声で出迎えてくれる。

 ここは王宮の隣に母さんが創った託児施設。

 私が産まれるずっと前にウニアール国を訪問した母さんがそこで目にした施設だそうで、数年前にやっとこさ開設に漕ぎ着けたそうなんだ。

 ここでは働くお母さん達のお子さんを預かっているの。子育中のお母さんが安心して働けるよう、就労時間中のお子さんを預かることにしたんだって。

 運営費は全て王家が負担、いえ母さんのポケットマネーで賄っているの。母さんが狩ったトレントから採れる甘味料や木炭が財源みたい。


「はい、みんな、おはよう。」

「みなさん、おはようございます。

 今日もお元気そうで何よりです。」


 私とソノギ姉さんが子供達に挨拶を返していくと。


「キャロット様、ソノギちゃん、おはようございます。」


 今度は私達よりも少しだけ年上のお姉さん二人が出迎えてくれたの。


「おはよう、イチゴ。それにザッハも。」


 声を掛けてくれたイチゴは母さんの護衛騎士タルトの娘さん、その横に並んでいるザッハは同じく護衛騎士トルテの娘さん。

 二人共、ソノギ姉さんより一つ年上。 


 この託児施設は母親が仕事に従事している子供なら身分を問わず受け入れているんだけど。中でも多いのはこの二人のように近衛騎士の子供達なんだ。

 この国は女王が治めることから、常時お側に侍るのなら同性の方が気遣いが少ないってことで近衛騎士は全て女性なんだ。そのため、母さんが女王に即位した時から女性騎士の採用を始めたのだけど、最初の方に採用した騎士が続々とお母さんになっているの。

 王侯貴族の家なら普通は乳母や子守りメイドを雇い、母親が直接育児をすることは少ないらしいの。でも、お母さんの近衛騎士は殆どが平民の出自で、乳母や子守りメイドを雇う習慣は無いんだって。母さんは乳母を雇っても十分余裕がある報酬を支払っていると言うけど、平民で乳母や子守りメイドを雇えるのは大商人くらいなので気が引けるらしいの。

 騎士を続けるか、辞職して育児に専念するか悩むお母さん騎士が増えていた折に、母さんが託児施設を開設したのでこぞって子供を預けたんだって。おかげで育児を理由に職を辞す近衛騎士は減ったし、産休を早めに切り上げて職務復帰する騎士も増えたみたい。


 開設当初は女王が創った施設ってことで、市井の人々には敷居が高く感じたのか利用者が少なかったらしいけど。近衛騎士がこぞって子供を預け始めると、騎士と顔見知りのママ友達が預けるようになったそうで。今では口コミで評判が広まって、百人以上の子供を預かるまでになっている。


 預かっているのは三歳児から十歳児までの子供達。朝、母親の出勤前に預かって、夕方仕事帰りに迎えに来てもらうの。お昼ご飯とおやつが付いて、それも含めて託児費は全額無償なんだって。

 更に、家計が苦しくして母親が働かないと生活が困難な場合に限って、例外的に生後半年から二歳の子供も預かることにしているの。

 全額無償にすることについては王宮内でも反対意見が出たそうだけど、母さんは自分のポケットマネーで賄うからと主張して押し切ったんだって。

 女性が安心して働ける環境を整えてあげれば世の中が活気づくし、貯め込んだお金を放出する良い機会にもなるって母さんは言ってた。


 私とソノギ姉さんも少し前からここに通っているんだ。市井の子供達と交わり市井の様子を良く聞くようにって、母さんから指示されたの。更に、近衛騎士の子供達も多く預かっているので、親交を深めておけば将来私の近衛に出来るかもって。実際、イチゴやザッハは私の騎士になるのが夢だと言ってるしね。


             **********


 私が子供達と朝の挨拶を交わしていると。


「カラツ様、おはようございます。

 姫様、ソノギお嬢様の護衛お疲れさまです。」


 私達の付き添い兼護衛を務めるカラツに対して、託児施設の職員が丁重に挨拶をしているのが見えたよ。

 カラツを様付で呼び、ソノギ姉さんをお嬢様と呼ぶ職員たちは、ノノウ伯爵家配下の人達なんだ。

 この施設の運営は、ソノギ姉さんのお母さんウレシノが当主を務めるノノウ一族に委託しているの。

 母さんが他の大陸から引き抜いて来たノノウ一族はメイドの養成を生業とする一族で、ウレシノ母さんが伯爵位を持ち一族全体を統括していて、その補佐として従妹のスルガが子爵位を有しているの。そのスルガのお母さんがこの託児施設の責任者を任されているんだ。

 ここの施設の職員は、ノノウ一族で役職を持たない女性とメイド養成所の卒業生を採用したんだって。それと、メイド養成所の実習の一環として、メイド見習いも交代で子供達のお世話をしているんだ。


 託児所で預かっている子供達の一日の大まかな生活はと言うと、午前中は庭で遊ばせて体力造り、縄跳びとかボール遊びとかをさせてるの。

 その後は、子供達が一番楽しみにしているお昼ご飯。私は知らなかったのだけど市井では食事は朝夜二回なのが普通らしいの。しかも、栄養の足りていない家庭も多いみたい。

 母さんは子供の頃食べるのにも事欠く暮らしをしたこともあり、子供達の発育の面は勿論のこと、ひもじい思いはさせたくないと言ってこのお昼ご飯にとても力を入れているんだ。


「おいしい!」

「わたし、おひるごはんがたのしみなの。」

「うちじゃ、こんなにおいしいごはん、たべられないもんね。」


 今日も、お昼の時間にはそんな子供達の笑顔で食堂がいっぱいになっている。

 実は、秘かに私も託児施設のお昼は楽しみにしているんだ。もちろん、王宮のような贅を尽くした料理が出される訳じゃないけど。

 唯一、王宮の食事より優れているところがあって…。

 何と、託児施設のお昼には必ず食後のデザートとして甘いお菓子が付くの。

 母さん、甘いお菓子を食べ過ぎると太るからと私やソノギのおやつには出してくれない癖に、託児所の子供達にはバターや砂糖がたっぷりのお菓子を提供しているんだ。

 市井にはカロリーが足りてない子供達が多いので適度に糖分を摂らせる必要があるんだって。どうせ、ここ以外では食べることは無いだろうから、カロリー過多で肥満になることは無いだろうって。


 昼食の後はお勉強の時間にあてられているの。

 年齢の近い子供達を十人程度のグループに分けて、年齢に見合うことを学ばせている。

 一番年少のグループは、絵本の読み聞かせをして本を読むと言うことに興味を持ってもらうんだ。本は高価なので、市井の子供達には馴染みが無いだろうから、ここで慣れ親しむ機会を与えたいって母さんは言ってた。


 絵本を卒業すると今度は簡単な物語本を読んでもらうの。グループの全員が同じ本を題材に、お世話係の朗読に続いて読み上げさせてる。この大陸に住む人全員が生まれながらにして読み書き計算ができるけど。それは日常会話や短文、それに簡単な四則演算なんだって。

 長い文章を読み書きするためには馴れが必要だし、文法も理解してないといけない、複雑な計算をするためには決まり事を覚えないといけないと母さんは言ってた。託児施設にいる間にそれを身に付ければ、後々役に立つはずだって。

 もっと年長のグループになると、より難解な文章を読ませたり、複雑な計算をさせたりしているよ。

 それから、この大陸のことや社会の仕組みなんかも教えている。小さな子達向けに今住む王都にどんなものが在って、どんな人が暮らしているかから始まって、年歳が上がる毎にこの国の地理や産物、この大陸全体の地理やどんな国があってどんな産物が有るかと、範囲が広がっていくんだ。一番年長のグループには、この国の仕組みや身分制度についても教えるそうだよ。

 読み書きや計算、それに社会のこと、それを子供達が飽きないよう集中力が続く程度の短い時間で切り替えて教えているの。


 そうそう、忘れてた。この託児所では子供達に同じ服を無償支給しているの。みんなお揃いの服で通ってもらうんだ。

 託児施設の中では身分を問わずに交流を持って欲しいってのが母さんの主眼なんだけど。もう一つ、貧しい家庭の子に引き目を感じて欲しくないんだって。子供の頃、一時孤児として暮らしていた母さんは、その頃のような惨めな思いはさせたくないと言うんだ。

 ここで過ごしている子供達の笑顔を見る限り、母さんのその思いは届いているように見えるよ。


 母さんの本音ではもう少し年上の子供まで預りたいみたい。だけど、この国では十歳を過ぎると子供の労働力をアテにする家があって難しいんだって。

 それで、この託児施設で見込みある子にはノノウ一族が運営するメイド養成所に勧誘しているそうだよ。全寮制の養成所で、そこも全額無償で指導しているの。この施設は運営こそノノウ一族に一任しているけど、費用負担を王族とすることで無償にできたらしい。メイドの仕事だけじゃなく、王侯貴族に接するための教養やマナーまで指導しているのだけど。王宮をはじめとして、卒業後の就職先まで斡旋していることから入所希望者が多いみたい。


 また、家に余裕があり、もっと高度なことを学びたい子供には図書館、別名『試練の塔』の利用を勧めているの。理解できないことがあれば、チューターさんによる個別指導を受けることが出来ることを母さんは積極的にPRしてるよ。更に数年前、母さんは『塔の試練』をクリアした人の中から定期的に官吏の登用することに決めたんだ。それを広く告知して市井の人々に『試練の塔』の利用を促しているの。

 実際、制度を開始して以来、毎年平民からの官吏登用が実施されているんだって。


 お勉強が終わるとおやつにの時間が有り、ここでも甘いお菓子が出されるので子供達は大喜び。私も内心喜んでいるの。

 で、日没が近付くと仕事帰りのお母さん方が、三々五々子供達を迎えに来て託児施設は業務を終えるんだ。


            **********


 託児施設から戻った後は自由時間…、なんてことは無くてマナーや法制についての勉強が待っているの。夕食まできっちり絞られるんだ。

 夕食が済むとやっと自由な時間になって、ソノギ姉さんと一緒に入るお風呂タイムだよ。小さな頃は母さんや父さん、それにウレシノ母さんも一緒だったけど。最近は母さんも父さんも仕事が忙しくて、殆どソノギ姉さんと二人でお風呂に入っている。

 二人で背中の流しっこしてからゆっくりお風呂に浸かって一日の疲れをとるんだ。 


 そして。


「キャロットちゃん、今日もお疲れさまでした。

 おやすみなさい。」


 私の一日はソノギ姉さんのお休みなさいで終わるの。

 明日も楽しい一日になると良いな…。 

お読み戴き有り難うございます。

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