第830話 先代領主の後遺症は未だに払拭し切れないみたい…
半年後、辺境の街での産休を終えて職務に復帰したのだけど、溜まっていた仕事を片付けると再度王都を留守にすることになったんだ。
宰相はそう頻繁に王都を空けると困ると渋っていたけど、ことがことだけに直接訪ねて説明したいと頼み込んで認めてもらったよ。
用事が済んだら速やかに戻るって条件で承諾を取り付けたおいらは早速マイナイ伯爵レクチェ姉ちゃんを訪問したんだ。
「マロン陛下、遠路お運び戴き光栄で御座います。」
婿のピーマンと一緒に出迎えてくれたレクチェ姉ちゃん。その隣にはお人形のように可愛らしい女の子がお行儀良く立っていたよ。
「その子はレクチェ姉ちゃんの娘さんかな?」
「はい、娘のシルバーベルで御座います。
先日、満一歳を迎えました。」
レクチェ姉ちゃんの第一子も女の子だったので、宰相に苦い顔をされながらも訪問した甲斐があったよ。
次いで、おいらはレクチェ姉ちゃんの後ろに控える護衛騎士に目をやり。
「ところで、ラフランさんもピーマン兄ちゃんとの間に子供を授かったのかな?」
レクチェ姉ちゃんとラフランさんは恋人同士で男の人には興味なかったんだ。レクチェ姉ちゃんに一目惚れしたピーマン王子が結婚を申し込んだ訳だけど、レクチェ姉ちゃんは二人の種付け役となる条件で結婚を受け入れたの。おいらには理解できない世界だけど、他人の嗜好に口を挟む筋合いでもないしね。当人たちが幸せならそれで良いと思っているんだ。
「はい、旦那様が頑張ってくださったので。
約束通り私を先に孕ませてくださいました。
おかげでシルバーベル様の乳母を仰せつかったのですよ。
私の娘はもうすぐ二歳になります。」
娘さんの名前はコミスちゃんと言うらしい。ラフランさんとレクチェ姉ちゃんは、二人とも娘を産んで姉妹として育てるのが夢だと言っていたけど、叶ったようで良かったのかな。
「そっか、二人共第一子は娘さんだったんだ。
なら、宰相に渋い顔をされながらも尋ねてきた甲斐があったよ。」
「私達が、娘を授かったことが何か問題でも?」
「うんにゃ、何も問題は無いよ。
ただ、今まで知られていないことが判明してね。
耳に入れておいた方が良いと思って。」
レクチェ姉ちゃんもラフランさんもレベル四十超だものね。母親から娘にレベルが遺伝することは伝えておかないと。
しかも説明する対象は二人だけじゃ無いしね。この領地が抱える騎士は全員高レベルの女の人だから。
そう言えば、タロウがひまわり会の本部から連れて来た冒険者ギルドの支部長達五人もレベル二十だったか。
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そんな訳で、おいらはこの領地の騎士と冒険者ギルドの幹部を全員集めてもらったんだ。
全員集めちゃった方が二度手間にならないし、一部の人に説明してそこから伝達にすると齟齬が生じる恐れもあるからね。
「私のレベルがシルバーベルに遺伝しているのですか?」
ライム姉ちゃんやカズヤ兄ちゃんにしたのと同じ説明をすると、信じられないって表情でライム姉ちゃんが確認してきたの。
「そうだよ。
シルバーベルちゃんを出産した時点のレクチェ姉ちゃんのレベルが遺伝しているの。
満五歳から段階的に発現して、満八歳の誕生日に限定が解除されるんだ。」
「ということは、私の娘もですか?」
と尋ねてきたのは、ラフランさん。
「もちろん、コミスちゃんも同じだよ。
レベルを有する女性が娘を産めば漏れなくレベルが遺伝するから覚えておいて。」
その場に集まった全員に向けてレベルの遺伝は他人事ではないと伝えると。
「それって、大変なことではありませんか。
その情報が広く知られると拙いことが起こりそうです。
シルバーベルやコミスを殺害してレベルを奪おうとする不届き者が現れるかも知れません。」
すぐさま、ことの重大さにレクチェ姉ちゃんは気付いたよ。
「そう、だから周知するのは現にレベルを有する女性だけにしたの。
みんなもここで聞いたことは他言無用だよ。これは勅命だからね。」
おいらがレベルを有する女性以外には厳として秘すように命じると。
「はい、マロン陛下の仰せの通りに致します。
私の馬鹿兄貴に知られたらロクなことになりませんもの。」
「うちの兄貴も、私が家を継いだことを納得してませんもの。
その情報が兄貴に漏れたら由々しきことです。
娘を産もうものなら、八歳を待って殺害されるのが目に見えます。」
騎士の姉ちゃん達からそんな声が聞こえたよ。
シルバーベルちゃんやコミスちゃんは厳重に守られている領主の屋敷で暮らしているから、拉致される心配はまず無いだろうけど。
今後産まれてくるかもしれない騎士やギルド幹部の娘さんは心配だよね。市井で暮らすことになるのだから。
特に、この領地の騎士。本来騎士となって家を継ぐはずだった男兄弟を押し退けて、騎士に任ぜられ家督を継いでいるのだから。
現在、騎士の姉ちゃん達の男兄弟は廃嫡されて家から追い出されているそうで。圧倒的なレベル差から太刀打ちできないため、今のところ大人しくしているらしい。
だけどレベルが遺伝することを知られ騎士の姉ちゃん達が娘を設けたとなると、レベルを奪取してお家乗っ取りを企む輩が出て来るかも知れないからね。何の努力もしない癖に、甘い汁を吸うことに関してだけは嗅覚の利く連中ばかりだったから。
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さて、ここへ来た目的の事項は伝えたし、みんな納得してくれたみたいなので領主館をお暇しようとした時だよ。
「あのう…。レクチェ様…。
お願いしたいことがありまして…。」
騎士の一人が恐縮した様子で何かを願い出てきたんだ。
「何かしら? 言ってみなさない。
力になれることなら、協力するわよ。」
レクチェ姉ちゃんは寛大な姿勢で願いの内容を聞こうとしてたの。
「はい、今のお話に多少関連するのですが…。
今、うちの親父から結婚するように迫られていまして…。
親父の持ってくる見合いがロクな連中じゃないもので。」
領主に仕える騎士は身分上は平民だけど、代々家臣として領主に仕えているケースが殆どで実質貴族みたいなものなんだ。
そして、先代領主が不始末を仕出かしてレクチェ姉ちゃんに代替わりした際、この領地の騎士は同時に代替わりしたんだ。
先代領主に仕えていた騎士は、誰もが先代領主に同調して領主とそれに仕える騎士の義務である魔物狩りを拒否したから。
全員クビにして、魔物狩りをする気概のある者を騎士の一族から選出して新たな騎士に任じたの。
結果として、後継ぎと目されていた長男共はみんな魔物狩りにしり込みして廃嫡されちゃったんだ。
まあ、それで大人しくしておけば良いものを、今度は廃嫡されたバカ息子達を騎士のお姉ちゃんの婿にとねじ込んでいるらしい。
各家に廃嫡されたバカ息子がいるので、相互に融通しようってことだね。それで家の実権を娘から取り返そうと言う浅ましい魂胆らしい。
「本当に困ったものね。
私の父が愚かだったために、あなた方にまで迷惑を掛けてしまって…。
それで私にどうしろと?
いっそ、あなた方の父親と男兄弟をこの領地から追放しましょうか?」
レクチェ姉ちゃんったら、真面目な顔で怖いことを言ってるよ。
「いえ、別に結婚しなくても後継ぎを設ければ良いことなので。
可能ならば、ピーマン様の子種を頂戴できればと…。
ピーマン様の御子を儲けたとなれば、馬鹿親父も縁談を無理強いできないでしょう。」
領主の娘シルバーベルちゃんと父親を同じくする姉妹となれば、領主との結び付きが強まるからね。前領主に与した連中も横槍を入れ難いだろうって。
「ええっと…、あなた、結婚したいと思わないのかしら?」
レクチェ姉ちゃんがその騎士に尋ねると。
「うちの馬鹿親父と馬鹿兄貴を見ていると結婚に夢なんか持てませんよ。
見合いの相手だって、みんな馬鹿兄貴と似たり寄ったりですもの。
それなら、ピーマン様から子種を頂戴した方がなんぼかマシです。
シルバーベル様の妹になるのですから、忠誠心にも期待してください。」
「妹とは限らないのでは?」
「いえ、娘が出来るまで何度でも子種を頂戴致します。
レベルが遺伝するのですもの、娘の方がお得でしょう。」
どうもこの騎士のお姉さん、かなりの男性不信みたい。男の子が出来たら何処かに養子に出すとか言ってるよ。
ピーマンも一応男だし、以前はムチャクチャ横柄だったんだけど、そこは良いのかな?
おいら、騎士の姉ちゃんにそれを尋ねてみたんだけど。
「ピーマン様はレクチェ様に献身的に尽くしていますし。
何より、この領地の男共とは比較にならないほどハンサムですから。」
と言って、騎士の姉ちゃんは顔を赤らめていたよ。ここでも『イケメンに限る』なんだね…。
結局、レクチェ姉ちゃんとピーマン、それにラフランさんの三人を交えた協議の結果、このお姉さんの願いは聞き入れられたよ。
やっぱり、先代領主に影響された馬鹿親父や馬鹿兄貴共が復権してくるのは困るんだって。
でもそれでおわりじゃなかったよ。この騎士の願いが聞き入れられたら、我もと続くお姉さんが続出したんだ。
持ち込まれる見合い話に辟易としている騎士のお姉さんは一人じゃなかったみたい。
ピーマンは体力の続く限りで協力すると言ってたよ。
お読み戴き有り難うございます。




