第823話 唐突にそんなことを言われたら困るんじゃ…
さて、前公爵に幼子二人とその父親のにっぽん爺を紹介すると、次いで、ミントさんはアルトにお願いしたの。
プティー姉とパターツさん、それにグラッセの爺ちゃんをこの場に降ろして欲しいと。
ミントさんに請われるまま、アルトはその場に三人を『積載庫』から降ろしたんだ。
その間、何やらミントさんから指示を受けたメイドさんが貴賓室から出て行ったのが見えたよ。
「お父様、こちらプティーニ・ド・グラッセ子爵。マロン陛下の補佐官をされています。
後ろに居られるお二方は、前子爵であられるお祖父様と御母上です。
今日は、私がお願いしてご足労戴きました。」
ミントさんは自分の都合で招いたと前公爵に説明したんだ。
「ほう、と言うことは孫の紹介よりもそちらの方が重要なのだな。
して、どのような用件だろうか?」
「ええ、とても大切なお話しですわ。」
公爵からの問い掛けに頷いて見せるミントさん。
だけど、ミントさん、出掛けにいきなりパターツさんを誘っていたけど、用件なんて説明してなかったような…。
それとも、パターツさん達には事前に伝えてあったのかな? いつの間に話をしたのかと思って首を傾げていると。
「えっ、重要な用件とは?」
「公爵家の方々のお手を煩わすようなことございましたでしょうか?」
グラッセの爺ちゃんも、パターツさんも心当たりがない様子だったよ。
「おい、ミント。当事者の方々が用件を知らないとはどういうことだ?
お前、何の説明もなく連れて来たのか?」
やっぱり、ミントさんの思い付きで行動したみたいだね。
「あら、先日、お茶をご一緒した時に仰っていたではないですか。
プティーニ嬢のお婿さんを探されていると。
私が良い人が居たらご紹介しましょうかと申し上げたら、頷いていらしたかと。」
そう言えば、そんなことがあったね。
どうせお茶の席での社交辞令かと思っていたんだろうね、パターツさんも愛想笑いで頷いていたけど。
「「「えっ!」」」
三人ともそれをミントさんの軽口だと思っていた様子で、真剣に言っていたと知り驚いていたよ。
「実は、あれから子爵の要望通りの人物が頭に浮かびまして。
機会があれば、お見合いの席を設けようと考えていたのです。」
そんな折に、今朝おいらが一時帰国すると知り、急遽席を設けようと考えたらしい。
プティー姉の挙げた条件て確か四つあったよね。
①王宮での仕事に口出しない、②グラッセ子爵家の切り盛りを真面目にする、③子爵家の財産を横領・散財しない、④浮気をしない。
だったっけ?
ちょうどその条件をミントさんが口にすると、前公爵にも思い当たる人物がいたらしい。手のひらを拳でポンと叩いて、「あっ、あいつか!」と言ってた。
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ミントさんがプティー姉のお見合いが目的だと明かしたその時、貴賓室の扉がノックされさっき出て行ったメイドと共に一人の青年が姿を現したんだ。
「公爵様、お呼びと伺い参上いたしました。
どのようなご用件でしょうか?」
青白い顔をした痩身の青年が用件を尋ねてきたの。
きっとメイドさんに急かされたんだろうね、青年は貴賓室には場違いなラフな部屋着を身にまとってた。
「バジル、久し振りです。
息災ですかと尋ねたいところですが…。
あまり元気では無さそうですね。」
ミントさんは目の下に隈が浮かぶ青白い顔を見て、気遣うように言ってたよ。
「ええ、実は過労で倒れまして、数日前からこの屋敷でお世話になっています。」
どうやら、今まで床に伏していたみたい。有無を言わさずメイドさんにベッドから引き摺り出された様子だった。
服も部屋着ではなく、寝間着のようだよ。
「紹介するわ。分家の三男坊のバジル。
この子は私を叔母と呼んでいるけど、実際は父の従弟の孫にあたるの。」
「バジル、ご挨拶しなさい。
こちらはウエニアール国のグラッセ子爵プティーニ嬢よ。
後に居られるのが、前子爵とご母堂。」
ミントさんが双方を紹介すると、プティー姉とバジルさんは互いに挨拶を交わしてた。
「ところで、何故、私はこの場に呼ばれたのでしょうか?」
再度用件を尋ねるバジルさんに。
「お見合いよ、お・み・あ・い。
あなたも二十歳を過ぎたのだから、そろそろ身を固めなさいよ。
今、グラッセ子爵はお婿さんをお探しなの。」
ミントさんは率直に用件を伝えたの。
「また、いきなりですね。
だいたい、グラッセ子爵は承諾しているのですか?
何やら、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていますけど。
どうせまた、伯母上の暴走じゃないですか。」
うん、正解。ミントさんとは知り合ってそこそこ時間が経ったけど、今までにも暴走したことがあったからね。
「良いじゃない。あなたがグラッセ子爵のご要望に適っているのだから。」
「はっ、はぁ…。」
ミントさんに言葉に、プティー姉はどうしてこんなことになったんだろうって顔をしてたよ。
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一方的にお見合いだと言われて困惑しているプティー姉に。
「この子は、とても優秀なのよ。
私が皇后をしていた頃は側近として仕えてもらっていたの。
ただ、この子、自己主張が苦手でね…。
正直、王宮で出世できるタイプじゃないのよ。」
と、ミントさんはバジルさんの優秀さを説いたの。
バジルさんは、ミントさんが王族から離脱した後、主計局に移動になったらしい。
抜群の事務処理能力を備え、どんな仕事も不平不満を漏らさずにそつなくこなすため主計局では引っ張りだこらしく。
年中休み無しで、朝から晩まで働き詰めなんだって。トアール国王宮の主計局って、とてもブラックな職場らしいね。
「この子にもう少し野心があれば出世頭にだってなれるのに。
自己主張が苦手なものだから、同僚から出世のための踏み台にされているの。」
要するに『俺が、俺が』と声の大きい連中に都合良く扱き使われて、手柄をかすめ取られている訳だ。
その挙げ句、オーバーワークで仕事中に倒れて、この屋敷に担ぎ込まれたらしい。
「ちょっと、これ飲んでみて。」
おいらは『妖精の泉』の水をバジルさんに差し出したんだ。
お見合い話に、部外者が口を挟むのもどうかとは思ったけどね。バジルさんって、凄く不健康そうな顔をしていて、このままではお見合いが成立しそうにないんだもの。
ぶっちゃけ、おいらがお見合いの当事者なら、こんな今にも死にそうな人とは結婚したくないよ。
唐突に差し出されたカップを見て、バジルさんは怪訝な顔をしていたけど。ミントさんから飲むよう指示されると言われるままに飲み干したんだ。
「何だ、これ…。
体から疲れが引いて行くような…、活力が湧き出てくるような…。
これなら、四、五日徹夜して、休みで遅れた分を取り戻せそうだ。」
病み上がりで、そんなハードワークをしたらまた倒れるって…。どこまで仕事の虫なんだよ、この兄ちゃん。
バジルさんがそんな言葉を呟いているうちに『水』の効果が見た目にも現れ、顔に赤みが差して目の下の隈が消えたんだ。
よし、よし、良く効いているようだね。いつもながら、凄い効き目だよ。
そして、眠たげな眼がしっかり開くと、そこにはスマートで表情から知性が窺える好青年が居たよ。
卵型の輪郭に、すっと通った鼻筋、そして涼し気な切れ長の目と。
バジルさん、ミントさんと同じ一族だけあって、キリっとした顔をするとミントさんを少し男顔にしたような美男子だった。
プティー姉は、唐突にお見合いと告げられて困惑した表情をしてたのだけど、バジルさんが健康的な顔に変るとポッと頬を赤らめていたよ。 バジルさんに見惚れる様子だったんだ。これはひょっとすると…。
お読み戴き有り難うございます。




