第820話 もはやお約束? お馴染みの奴が襲って来たよ…
王都のソッチカイから引き継いだならず者冒険者を活用した舞台演劇も見せてもらったし、そろそろ街の散策に戻ろうかと考えていると。
「マロンお嬢様、これから昼食など如何でしょうか。
こちらの展望お食事処は評判が良いのですよ。
私奴におもてなしさせてくださいませ。」
組長さんが昼食に誘ってくれたんだ。
そう言えば、案内係の女性職員が言ってたね。六階展望お食事処からの眺めは絶景だって。
「うん? でも、まだ営業時間前じゃないの?」
「もう開店準備には入っていますので大丈夫ですよ。
せっかくいらしたのですから。
是非とも展望お食事処からの眺望をご堪能ください。」
おいら達だけのために開店時間を早めさせるのも申し訳ないなと思っていたんだけど。
「姉ちゃん。ミンメイ、展望お食事処に行ってみたい。高い所、好き!」
妹のミンメイが行きたがるので、お言葉に甘えることにしたんだ。
展望お食事処は西側の壁面が一面ガラス窓になっていて、魔物の領域を遥かに見渡せるようになっていた。
実際食事をしてみて、この展望お食事処の評判が良いってことも頷けたよ。
おいら達はアルトの『積載庫』に乗って高い位置から景色を見る機会があるけど、普通の人はこんな高さからの眺望を楽しむことは出来ないし。組長さんが王都からスカウトして来たご自慢のシェフの料理もとても美味しかったもの。
ミンメイも展望お食事処での昼食にご満悦な様子で、満面の笑みを浮かべていたよ。
「ここからの眺望もお客さんにご満足して戴けると自負してるんですが。
実は、もっと素晴らしい処があるんですぜ。
是非、食後の腹ごなしにご案内させてくださいませ。」
食後に出されたお茶を楽しんでいると、組長さんがとっておきの景色を見せてくれると言い出したの。
勿論、お言葉に甘えることにしたよ。特段予定がある訳では無し、目的もなく街を散策していたのだからね。
絶景が拝めると言うのであれば、願っても無いことだよ。
**********
組長さんが連れて来てくれたのは、ギルドの建物の屋上だった。
「どうですか、素晴らしいでしょう?
三百六十度遮るものが何も無い景色ですぜ。」
辺境の街で最も高い六階建ての建物の屋上、しかも、街の周囲には平屋の建物しかない村ばかり。
当然、視界を遮る物などある訳もなく、西には遥か魔物の領域が見渡せ、南には高い峰々を連ねる山脈を望む大パノラマだった。北には領都の街並みが霞んで見え、東側には緑の大地が広がってた。
組長さんがとっておきと胸を張るのも納得の絶景だったよ。
「凄っごーい!」
目の前の絶景に感嘆の声を上げたミンメイは屋上のほぼ中央で立ち止まると、くるくると回転して四方の景色を楽しんでいたよ。
「うん、これは絶景だね。
展望レストランは魔物の領域側しか景色が楽しめなかったけど。
屋上なら視界を遮る物が無いものね。」
「そうでしょう、そうでしょう。
本来、屋上は未公開かつ立ち入り禁止ですので。
今日は本当に特別で御座いますぜ。」
おいらが称賛すると、組長さんは上機嫌でそんなことを言ってたよ。
「でも、こんなに良い景色なら公開すれば良いじゃない。
ここからの眺めを観たいって人も多いと思うよ。」
「そうもいかんじゃろう。
こんな高い所から転落したら大変なのじゃ。
転落防止のため、監視員を置いたり、柵を作ったりと大変なのじゃ。」
おいらが屋上を開放したらと言うと、オランは費用を掛けてまで公開するメリットはないと言ったんだ。
「オランお嬢さまの仰る通りでごぜえます。
転落事故や投身自殺でもあったら大事になりますし。
その対策費用を考えると、屋上開放は難しいでやす。
ですが、もっと大きな問題が…。」
何でもいいけど、組長さんはまだオランが男だと知らないんだね。
「もっと大きな問題?」
苦々しい顔をした組長さんに、その訳を尋ねると。
「へえ、最初、転落事故のことなど考えも及びませんで。
無償で屋上を開放しようと考えていたんですわ。
ところが、この建物が完成したその日、屋上へ上がったら居たんです。」
「居たって何が?」
「ワイバーンでやす…。」
そう言えば、案内係の女性職員が言ってたね。運が良ければ遠目にワイバーンの飛ぶ姿が見られるって。
でも…。
「ワイバーンがこの屋上に居座っていたの?
それ、大事じゃん。」
「いえ、違いやす。魔物の領域の上を飛んでたんです。」
ただ、ワイバーンは眼も、鼻も、ついでに耳も利くからね。地上にいる人々ならともかく、平地に突き出た高い建物の屋上に居れば遠方からでも気付かれるのではと危惧したんだって。
万が一にもワイバーンなんて厄災級の魔物を呼び寄せる訳にはいかないから、組長さんは屋上開放を断念したんだって。
確かに、王都じゃ、ヤバい薬に引き寄せられて、ここより遥かに遠い魔物の領域からワイバーンが殺到したからね。
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「慎重になるのは良いことだと、おいらも思うよ。
でも良いの? 今日おいら達を屋上に連れて来て。」
「大丈夫ですって。
ワイバーンなんて、そうしょっちゅう見掛けるもんじゃないですよ。
たまに、こうして屋上に上がっても滅多なことはありませんて。」
本心から思っているのだろう、組長さんはお気楽な口調で言ってたの。
するとその時だよ。魔物の領域の上空に姿を現した大きな影が二つ。
こういうのなんて言うんだっけ、タロウが良く言ってた。フラグ?
「その滅多にないことがあったようじゃぞ。
マロンはよくよくあの翅付きトカゲに縁があるようじゃな。」
大空を舞う二つの大きな影を指差して、オランはそんな呟きを漏らしてた。
しかも組長さんの危惧した通り、屋上の人影に気付いたみたいでまっしぐらにこっちへ飛んできたの。
「組長さん、ここはおいらに任せて避難して。
ウレシノとカラツもミンメイを連れて建物の中に。」
「分かりやした。俺っち、街の人達に避難を呼び掛けるでやす。」
組長さんはおいらの指示通りすぐさま階段を降りて行ったんだ。
「ミンメイ様、私達も安全な所に避難しましょう。」
ウレシノもおいらが指示した通り、ミンメイの手を引き避難しようとしたんだけど。
「嫌っ、大きな鳥さん見るの!
お姉ちゃんがやっつけてくれるから平気だもん。」
ミンメイが非難を拒んだんだ。おいらに全幅の信頼を寄せているみたいなの。
「そう、じゃあ、なるべくおいらから離れて見ていてね。
ワイバーンの血は猛毒だから、掛ったら大変だよ。」
おいらはミンメイの希望を叶えることにしたんだ。
おいらのカッコ良いところを見せる良い機会だし、ミンメイにもそろそろ魔物狩りを教えたいからね。
そして、迫りくる二羽のワイバーン。おいらは『森の民』作の業物の剣を取り出すとともに、オランにも剣を渡したよ。オラン愛用の剣を預かって『積載庫』に仕舞ってあったの。
おいらはワイバーンが飛来する方向、屋上の一番端に陣取り迎え撃つことにしたよ。ミンメイはおいらから一番離れた位置に退避してた。
ワイバーンは町の擁壁を過ぎた辺りでおいらに向かって降下してきたよ。屋上を覆い尽くすような巨体がおいらを一飲みにしようと顎を開いて襲い掛かってきたんだ。
おいらを飲み込もうとするまさにその時、ワイバーンの動きがカクカクと不自然に遅くなり、と同時においらの体が自然と一歩脇に退いたんだ。いつもながら、スキル『完全回避』は良い仕事をしてくれたよ。
そして、おいらの横を通り過ぎて屋上に激突する寸前、業物の剣でワイバーンの首に一撃を入れたんだ。もちろん、クリティカルに関する二つのスキルがちゃんと働いてくれたよ。ワイバーンの太い首をスパッと斬り落としてた。
間髪おかず、おいらはワイバーンを『積載庫』に収めたんだ。ワイバーンの血は猛毒だから、撒き散らせないもんね。
二羽は番だったのか、最初のワイバーンを討ち取ると、もう一羽が狂ったように襲い掛かって来たよ。まあ、それも難無く撃退したけどね。
「姉ちゃん、凄っごーい! あんな大きな鳥をあっという間に倒しちゃった。」
興奮気味のミンメイはそんな言葉を口にしながらおいらに抱き付いてきたよ。
「姉ちゃん、頑張っちゃったよ。
ミンメイに格好悪い姿は見せられないからね。」
ミンメイを抱き寄せながら、おいらはそんな言葉を口にしたのだけど…。
その時、ふと思い出したんだ。おいらがワイバーンを始めて倒したのは、今のミンメイと同じ八歳の時だったと。
「ミンメイ、良く聞いて。
貴族ってのは、怖い魔物が襲って来たら民を護って戦わないとならないの。
ミンメイも貴族なんだから、当然、魔物と戦わないとならないの。」
「ミンメイも戦うの? あんな大きな鳥さんとも?」
「そうだよ。それが貴族の義務だもの。
姉ちゃんが、さっきの魔物を初めて倒したのは八歳の時。
今のミンメイと同じ歳の時だよ。」
「ミンメイ、戦えるかな?」
「もちろん、戦えるよ。
ミンメイは父ちゃんの娘、おいらの妹なんだから。
明日から魔物と戦うための練習を始めよう。
姉ちゃんが教えてあげるから。」
「うん、ミンメイ、頑張る。」
こうして、おいらはミンメイに魔物狩りの訓練をさせることにしたんだ。
もちろん、体を動かすことに慣れてきたら『生命の欠片』を与えてレベルを上げるつもりだよ。
ただ、体を動かす訓練もせずにレベルを上げると、力の加減が分からなくて危ないからね。
充分に剣を振ることが出来るようになったタイミングで与えようと思っているんだ。
お読み戴き有り難うございます。




