第818話 冒険者ギルドの勢力図は様変わりしたみたい…
そう言えば、尋ねたいことがあったのを思い出したよ。
「ところで、表の看板。ソッチカイ本部となってたけど?」
そう、看板を見て最初に首を傾げたこと。ソッチカイの本部は王都に在ったはずなんだ。
「はい、今はここがソッチカイの本部です。
僭越ながら、俺っちがソッチカイの総長を務めさせて戴いてます。」
「また、なんでそんなことに? ソッチカイは王都の三大ギルドだったでしょう?」
まあ、アッチカイは潰しちゃったから二つしか残ってないけど。
「いえね。元々、うちはソッチカイの支部じゃなくて、傘下の独立ギルドだったんでさぁ。
それで左前になったソッチカイの総長が、うちに泣きついて来ましてね。
ソッチカイを引き継いで救済してくれないかと。
それでソッチカイを吸収して、ここが新たなソッチカイの本部になりやした。」
「ソッチカイ、潰れちゃったの?」
「ソッチカイはここに本部を移して生き残ったから良い方ですぜ。
コッチカイなんて本当に潰れちまって跡形もございませんから。
今や、王都のギルドはドッチカイだけでさぁ。」
どうしてそんなことになっているかと言うと。
親分から聞いた話では、カズヤ兄ちゃんが国王に即位してから冒険者ギルドに対する取り締まりを強化したらしいの。
イケメン酒場を始めとする色街のぼったくり営業や違法賭博、それに高利貸しを徹底的に摘発したらしいんだ。
それから『みかじめ料』の徴収の禁止と違反者の摘発もね。
要は、冒険者は魔物狩りや雑用みたいな堅気の仕事をコツコツとやれってことだ。ウエニアール国で、おいらが即位した時からしていることと同じだね。
おいらからしてみれば、冒険者本来の姿に戻れと指示しているだけなんだけど。『冒険者=ならず者』って認識が一般的となっている現状じゃ、堅気から足を踏み外した連中ばかりだからね。冒険者のほとんどは裏稼業にどっぷり浸かった連中ばかりで、いまさら堅気の仕事をしろって命じても耳を貸そうとする者は少なかったらしい。そんな訳で冒険者の意識改革は進まず、堅気の仕事による冒険者ギルドの立て直しは難しかったみたいなの。
コッチカイや王都のソッチカイじゃ、逮捕されて鉱山へ強制労働に送られた冒険者とは名ばかりのならず者が続出したらしい。結果、所属する冒険者の大部分を鉱山送りにされてしまったコッチカイは霧散消滅し。ソッチカイは、唯一堅気の仕事で羽振りの良いこの町のギルドに、救済を求めることになったんだって。
一方で、そんな三大ギルドに代わって頭角を現した冒険者ギルドもあるようで…。
「ジロチョー親分が復帰して以来、ドッチカイがメキメキ頭角を現しましてね。
王都じゃ、冒険者稼業はドッチカイの独占ですわ。
今や、この街のソッチカイと王都のドッチカイがこの国の二大ギルドです。」
その点、ジロチョー親分のドッチカイは元から色街や賭博、金貸しに手を出してないから、取り締まりを強化されても関係ないんだ。
しかも、この国の王都に於ける甘味料三品の供給はドッチカイがほぼ独占状態になっているらしい。この国じゃ、冒険者は本当にならず者で、トレントを真面に狩れる冒険者はごく僅かしかいないんだ。そんな状況にあって、ドッチカイには安定した供給元が付いているからね。
おいらやタロウが、トレント狩りでだぶついた甘味料三品を、アルトに頼んで定期的にドッチカイに提供してるんだ。ウエニアール国での値崩れ防止の目的もあってね。
それにドッチカイは、田舎からアテも無く出て来た若者が道を踏み外す前に真っ当な冒険者に育てているから、雑用みたいな依頼も厭わずに引き受けるし。オニキチさん達ベテランの冒険者は魔物狩りもしっかりこなせるからね。
元々、堅気のシノギしかしてこなかったドッチカイは、ジロチョー親分の復帰以降新人冒険者の育成が進んで王都で唯一生き残った冒険者ギルドになっているらしい。
**********
「正直、ならず者ばかりのソッチカイを吸収しても余り旨味は無かったんですが。」
と、ボヤいた組長さん。確かに旨味は無いだろうね。王都のソッチカイって、まんま八年前までのこのギルドと同じ様相を呈していたもん。
「でも、救済したんでしょう?」
「まあ、連中はアルト様に絞められる前の俺っち達と同じですから。
他人事とは思えなくて…。」
組長さんは、昔を思い出しているのか遠い目をしてたよ。そして…。
「堅気に戻りたいって奴が居れば協力するのはやぶさかじゃ無いし。
幸い、仕事ならここには幾らでもありやすからね。
冒険者の更生に少しでも役立てればと思い、ソッチカイ本体を吸収したんでさぁ。」
知り合った時の言動からは想像もできないほど、組長さんは真っ当なことを言ってたの。
「それで、王都に居た連中はちゃんと更生しているの?」
「まあ、吸収したと言っても所属冒険者の七割方は鉱山送りになっちまいましたからね。
新生ソッチカイで引き受けた冒険者百人くらいでしたよ。
そのうち、堅気の仕事をしているのは三十人くらいでしょうか。」
「って、それじゃあ、半分も更生してないじゃん。大丈夫なの?」
「ああ、カタギの者には手を出さないようきつく言ってありますから。
ならず者は、ならず者で使い道があるんでさぁ。」
「まさか、何か悪いをしているんじゃないよね?」
「まさか、俺っちだって命は惜しいですから。
アルト様の怒りをかうようなマネはしませんって。」
「それじゃ、ならず者をどう使っているの?」
「百聞は一見に如かずでさぁ。
この建物の見物を兼ねて実際に見て行ってくださいよ。」
そう言って、親分が案内してくれたのはギルドの裏庭だった。
**********
そこでは、十代半ばから二十代前半のニイチャン達が剣舞の練習をしていたよ。
踊っているのは揃いも揃ってチャラい雰囲気のニイチャンばかり。五十人くらいで、監視役のギルド職員の手拍子に併せて踊ってたの。
「こいつら、王都のイケメン酒場で素人娘から金を搾り取っていた連中ですよ。
ツケで高い酒を飲ませて、ツケが溜まると体を売らせて荒稼ぎしてたんでさぁ。
若いうちから楽して大金を稼ぐこと覚えちまったんで、地道な稼ぎを嫌がりやがって。」
「それで剣舞をさせてるの?」
「若い娘を食い物にしてただけあって、面だけは良いですからね。
見世物をさせるにはもってこいの連中でしょう。」
「だって、剣舞って結構な体力仕事だよ。
地道な稼ぎを嫌がる連中が真面目に取り組むとは思えないんだけど…。」
「そこはそれ、若い娘にチヤホヤされる仕事をしないかと誘ったんです。
連中、それしか能が無いですから、ホイホイと乗って来ましたぜ。」
まんまと勧誘に引っ掛かった連中の気が変わらない内に、書面により契約を交わしたらしい。途中で職務放棄すると莫大な違約金が発生する契約を…。
そして、合宿練習に連れて行ったんだって。連中が逃げ出さないように、このギルド所属の中でも魔物狩りを主業とする腕利きの冒険者を監視役に就けてね。
「合宿練習って何処へ行ったの?」
ここまでの話で、オチは分かったけど一応尋ねてみたんだ。
「それは勿論、トレントの森でさぁ。
有無も言わさず、放り込んでやりましたぜ。」
攻撃範囲ギリギリのところで馬車を停め、監視役の冒険者が下車した連中を次々と攻撃範囲内に突き飛ばしたらしい。
そこに剣を放り込んで死にたくなければトレントを倒せと命じたんだって。
「トレントに刺されたら、監視役の冒険者が助けて。
ノイエ様から頂戴した泉の水で治療したら、再度トレントの前に放り出す。
それを五回も繰り返せば借りてきた猫みたいに大人しくなりますぜ。」
うん、予想通りの答えが返って来たよ。言うことを聞かない連中を躾けるのはそれが一番だからね。
合宿練習は十日ほど続いたらしいけど、それが終わる頃にはすっかり従順になっていたそうだよ。
なんだ、地道で堅実な仕事を嫌がっているだけで、ちゃんと更生しているじゃない。
**********
「実は、最近STD四十八の皆さんが引く手数多でしてね。
丁度今日、全国ツアーから帰ってきましたが。
度々、他の街を訪問して公演をしているのです。」
チャラい雰囲気のニイチャン達が剣舞の練習する姿を眺めながら親分は言ったの。
「そのようだね。
さっき、広場で帰還した馬車の車列に遭遇したよ。」
「そのため、STD四十八の皆さんはこの街を留守にすることが増えまして。
彼らが留守の間、ここの公演会場を遊ばせておく訳にはいきませんからね。
ここにいる若者たちには、STD四十八の穴埋め役になることを期待しているのです。」
まだまだSTD四十八ほど芸達者ではないものの、それなりの形にはなって来たので最近は舞台に立たせているらしい。
騎士団のお姉さん達が公演をする際の前座とかでね。
STD四十八に比べれば芸が未熟なのは隠しようがないけど、ルックスが良いのでそこそこ客が入っているみたい。
お読み戴き有り難うございます。




