第814話 婿取りも色々と難しいんだって…
時間はほんの少しだけ遡り、ライム姉ちゃんのお屋敷でのこと。
プティー姉と再会の抱擁を終えたパターツさんが、揺り籠の中で眠るキャロットに気付いたの
「この赤ちゃんはもしや?」
そう呟くと、パターツさんはおいらに視線を向けたんだ。
「うん、ご想像の通りだよ。おいらの娘。」
おいらの返答にパターツさんは目を丸くしてた。
「まあまあ、小さい頃のマロン姫様にそっくりです。
お名前は?」
「キャロットだよ。母ちゃんの名前をもらったの。」
「まあ、…。とても、良いお名前だと思います。
きっと、御母上様もお喜びだと思いますよ。」
そう言った、パターツさんの表情は今は亡き幼馴染に思いを馳せているかに見えたよ。
「母ちゃん、喜んでいるかな?」
「喜んでいるに決まっているではないですか。
最愛の娘が、無事成人して子を成したのですもの。
喜ばない親がいるものですか…。」
パターツさんは言ってたの。
逆賊ヒーナルの軍勢に攻め込まれた時、母ちゃんはイチかバチかでおいらをパターツさんに託したそうだよ。
あの時の母ちゃんは、ヒーナルの包囲網を掻い潜っておいらが落ち延びることは困難だと思っていたはずだし。
ましてや、追っ手を逃れて無事に成人できるなどとは思いもしなかっただろうって。
だけど、パターツさんと父ちゃんの献身のおかげで、おいらは無事に成長してキャロットを授かった。
もし、今は亡き母ちゃんがそれを知ることが出来たなら、涙を流して喜ぶだろうって。
そして、パターツさんは揺り籠に横たわるキャロットを抱き上げても良いかと尋ねてきたんだ。
おいらが頷くと、お包みごとキャロットを抱き上げて。
「マロン姫様が離宮を逃れたのは、丁度このくらい時でした。
腕の中で眠るマロン姫様の重みは、今でも鮮明に覚えています。」
離宮を落ち延びた時のことを思い起こしたのか、パターツさんは感無量って雰囲気で呟いてたよ。
あの時は悲壮感でいっぱいで、まさかおいらの子供が抱けるなんて夢にも思わなかったって。
**********
そんな訳で、パターツさんはキャロットをとても可愛がってくれたんだ。
おいら達が辺境の街に滞在中、パターツさんも図書館とカレッジの開設に向けた打ち合わせでおいらの館に逗留してたんだけど。打ち合わせが無い時はずっとキャロットの子守りをしてくれたんだ。
キャロットの乳母を務めているウレシノがオーバーワーク気味だったのでとても助かったよ。ウレシノは自分の娘ソノギの育児をしながら乳母の仕事をしているからね、
「マロン様が母親になるとは、時間が経つのは本当に早いですね。
あの時は、このくらいの赤ちゃんだったのに。」
パターツさんはキャロットをあやしながら感慨深げに呟やいてたよ。
生まれて間もなくからおいらが一歳を過ぎて乳離れするまで、乳母として育ててくれたのがパターツさんだからね。
おいらが立派(?)に成人して子供を儲けたことがよほど嬉しかったと見えるよ。
パターツさんはひとしきりキャロットをあやすと。
「ところで、プティーニちゃん。私に孫を抱かせてくれる予定はないのかしら?
佳い方はいないの?」
おいらの隣でお茶を飲んでいたプティー姉に尋ねたの。
「ぶっ、ごほん、ごほん。」
お茶を口に含んでいる時にいきなり自分に飛び火したものだから、プティー姉はむせて咳き込んだよ。
「お母様、何を急に…。
私、まだ十七歳ですよ。貴族でも母親になるのは早い歳です。
マロン様はたった一人残された王族ですし。
十六歳で御子様を儲けたのは、王族を増やす必要に迫られたからです。
如何な王族でも、本来ならまだ早過ぎます。」
余り若いうちに妊娠すると、早産の恐れがあるし、そうでなくとも難産になることが多いそうで。
おいらの国の王侯貴族が第一子を儲けるのは概ね十八歳以上だそうで、十六歳ってのは大分早いらしい。
とは言え、おいらの場合、見た目は子供だけどレベルが突き抜けてて、余程のことが無い限り死ぬことは無いからね。
宰相が早よせいとせっつくものだから、さっさと作ることにしたんだ。
いざとなれば『妖精の泉』の水があるから万が一のことも無いだろうってね。
「そう言えば、そうよね。
私もあなたを身籠ったのは十八の時だったわ。
でも、あなた、『まだ』じゃなくて『もう』十七でしょう?
子供はともかく、旦那様の候補はいないの?
あなた、グラッセ子爵家を継いだのだし。
そろそろ、結婚も考えないと。」
パターツさんったら、十八で子供を産むなら、そろそろ仕込まないとなんて無茶を言ってたよ。
パターツさんの言葉通り、貴族の慣例上成人と認められる十五歳になると同時にプティー姉は爵位とグラッセ子爵家の屋敷と知行地を相続したんだ。
となると、貴族の当主の一番の仕事はお家の存続を図ることだからね。当然、子供を儲けることが望まれることになる。
「そこは、慌てず、急がずと考えています。
私はマロン様専属の事務官ですから、おかしな輩を近付ける訳には参りませんし。」
おいら以外の王家の血は絶えてしまい、母方グラッセ家の血筋も国内に残ったのはプティー姉一人だからね。
おいらが女王に即位した時、礼儀作法や王宮の仕事を学ぶ際の学友としてプティー姉は召し上げられた訳だけど。
おいらの血筋に良からぬ輩が近付いたら困るという宰相の思惑で、おいら付きの事務官に登用されているんだ。
齢十七にして国の中枢にいるため、おかしな輩と婚姻を結ばれたら困るの。
そんな訳で、日頃から宰相がプティー姉に近付こうとする男性に目を光らせているし、王宮で出会いなんてある訳ない。
「今、宰相が探してくださっています。
政治的野心の無い方で、グラッセ家のやりくりを誠実に熟してくださる殿方を。」
プティー姉はグラッセ子爵として、また、おいら専属の事務官として王宮での仕事が中心になるので。専業主夫として子爵家の内向きの仕事をしてくれる男性を探しているんだって。
プティー姉の王宮での仕事に口出しせず、グラッセ子爵家の切り盛りを真面目にしてくれる男性を。
子爵家の財産を横領したり、散財したりする人は論外だし、外に女性を作って浮気する人もダメなんだって。
勿論、おいらの唯一の血縁者で子爵家の当主ってことで、お見合いの釣り書きが多数舞い込んでるらしいの。だけど、ことごとく宰相の検閲に引っ掛かってるらしい。どいつもこいつも、権力欲剥き出しで話にならないって。
そもそも、おいらの国では基本女性当主は認めて来なかったからね。
おいらが女王に即位した時、真っ先に出した勅令が王侯貴族の相続に関する男女平等を定めたものだったくらいだし。
男尊女卑の気風が強くて、外向きの仕事は男性、内向きの仕事は女性がするものって考えの貴族が多いんだ。
そんな風潮の中にあって、女性当主の下で専業主夫に甘んじるのを良しとする草食の男性は少ないみたい。
そんな訳で、プティー姉の旦那さんに相応しい殿方が見当たらず、宰相は頭を悩ましているらしい。
お読み戴き有り難うございます。




