第813話 初等教育は色々と難しいって…
何故、小さな子供向けの教育施設を創らないのかと問い掛けたタロウに、マリアさんは何故だと思うと問い返したの。
おいらもタロウも、最初はその解答が分からなかったのだけど、マリアさん達の説明を聞くうちに解って来たよ。
そして、タロウが自分なりの答えを伝えると。
「正解。ダーリン良く出来ました。」
マリアさんは嬉しそうな顔で正解に辿り着いたことタロウを褒めていた。
「いや、あそこまで聞けば流石に俺でも分るって…。
でも…、俺の世界じゃ、小学校で読み書き以外も色々と教えてたぜ。」
「それは、社会の高度化・複雑化に伴い必要な知識が増えてきたからだよ。
生きていくための知識が、読み書き計算だけじゃ足りなくなったのだ。
でも、この世界は産業革命より遥かに前の段階だからのう。」
タロウの疑問ににっぽん爺が答えると。
「そうそう、この段階なら読み書き計算が出来れば十分だわ。
てか、お爺ちゃんと話をしてて知ったのだけど。
ダーリンの世界ですら、識字率百%じゃなかったのでしょう。」
「ああ、そう言えば聞いたことがあるな。
アフリカ辺りじゃ読み書きできない子供がざらにいるって。」
「ダーリンの世界って宇宙空間まで人を送れるんでしょう。
そんな世界ですらそのありさまなのよ。
それに対してこの大陸じゃ、この発展段階で識字率百%よ。
これって凄いことだと思わない。」
マリアさんは胸を張って誇らし気に言ってたよ。
「確かに、マリア姐さんの言う通りだぜ。
この大陸の人間は誰でも読み書き計算が出来るだもんな。
姐さんがこの大陸の人にもたらした恩恵って計り知れないぞ。」
タロウもマリアさんを大絶賛だった。
この大陸に生まれたおいら達は読み書き計算ができることが当たり前で、意識もしてなかったけど。
ノノウ一族のみんなはこの大陸の言葉を覚えるのに苦労していたし。
徹夜で研究を続けて、この大陸の人間に強力な言語理解能力を与えてくれたマリアさんには本当に感謝しないとね。
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「マリアさんの言う通り、この世界なら読み書き計算が出来れば十分だし。
特権階級が知識を秘匿している訳でもない。
知識が得たいのであれば、誰もが無料で図書館を利用できるのだからな。
意欲のある者は、図書館を利用して独学で研鑽に励めば良いのじゃ。」
そんな言葉で、にっぽん爺は『にっぽん』のような初等教育制度は不要だと言ってたよ。
そう言えば、にっぽん爺がこの大陸に来た当初、図書館に籠ってこの大陸に付いての知識を習得したって言ってたね。にっぽん爺は、本人に知識を得たいって意欲さえあれば幾らで学べるってお手本だね。
「そうね。今の段階なら学びたい者の自主性に任せた方が良いわね。
人々の知性が未成熟な段階では、初等教育は社会に悪影響をもたらすかも知れませんし。」
にっぽん爺に賛同しながらも、そんなことを呟いたマリアさん。
「悪影響? 不要なのは理解したけど悪影響ってことはないんじゃないか?」
タロウがマリアさんの言葉に首を傾げてると。
「何を言ってる。
初等教育はその黎明期から為政者によって悪用されてたのだぞ。
タロウ君だってヒトラーを知っているだろう。」
「爺さん、流石に俺を馬鹿にし過ぎじゃないか。
ヒトラーくらい、落ちこぼれの俺だって知ってるぜ。」
「ヒトラーが作ったものにヒトラーユーゲントって最悪の組織があってな。
学校そのものではないが、初等教育の対象年齢となる十~十四歳の子供に所属を義務付けたんだ。
子供にヒトラーの馬鹿げた思想を押し付けるため、そこで洗脳教育を施したのさ。
偏った愛国主義とか、人種差別主義とか、本当にロクでもないことを無垢な子供に刷り込んだのだ。」
「あのチョビ髭オヤジ、そんなしょうもないことしてたのか。」
「ヒトラーに限ったことじゃない。近代以降、悪名高い独裁者は多かれ少なかれやっていることだ。
スターリン、毛沢東、金日成、習近平、プーチン、例を上げれば幾らでもある。
特に悪質なのは毛沢東だな。愚にもつかない自分の語録を全ての子供に暗唱させおった。
傍目に見れば、頭がおかしいとしか思えんよ。
日本だって、戦前、軍部主導でロクでもない軍国教育を刷り込んでいたんだぞ。」
子供は無垢だから、大人が繰り返し刷り込めば愚にもつかないことでも何の疑問も持たずに信じ込んでしまうって。
そんな暴挙を防ぐには、市井の人々が高い知性と倫理観を持って監視していく必要があるらしい。にっぽん爺は、この世界ではおよそ無理なことだと言ってたよ。。
初等教育以外でも宗教団体が常套手段として洗脳を使っているんで、そんなものが蔓延らないように注意しろって。
子供が何の疑問も持たずに、爆弾を腹に括りつけて敵対勢力へ飛び込むなんて狂気の沙汰以外の何ものでもないって。
そっか、おいらがツボ売り詐欺『教団』の連中を徹底排除したのは正解だったんだね。
「子供の洗脳は怖いね…。
おいらの国でも、ヒーナル辺りならやりかねなかったよ。
もっとも、ヒーナルはお馬鹿だったから、そこまで頭は回らなかっただろうけど。」
そもそも、ヒーナルは市井の子供に教育を施そうなんて思いも寄らなかっただろうからね。
高い教養が求められる貴族にすら、『塔の試練』を免除しちゃうくらいだから。
でも、マリアさんやにっぽん爺の言いたいことはよく理解できたよ。この大陸では初等教育は時期尚早だって。
それよりも、図書館の利用率向上を図って優秀な人材を発掘することの方が重要だね。
ウニアール国を倣って図書館にチューターさんを配置したし、市井からの官吏登用を増やすように宰相に指示したけど。
チューターさんはアルトにお願いして『始まりの森』から引っ張ってきたものの、官吏の登用はまだ始まって無くて緒に就いたばかりなんだ。
当然のことながら、図書館の利用者も余り増えて無いし、まだ『塔の試練』の突破者が増えた様子も見られないの。
おいらの国でも『カレッジ』の創設を検討した方が良いかな。
お読み戴き有り難うございます。




