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第804話 久し振りに里帰りをしてみれば…

 おいらが王女を産んだことはすぐさま王都中に知らされ、御触れと共に王家から振る舞い酒が市中に配られたよ。

 王族に新生児が誕生すると、王都の住民にお酒を振る舞うのが古くからの慣習なんだって。

 キャロットの出産でどっと疲れてしまい、数日寝込んじゃったので知らなかったんだけど、王都は三日三晩お祭り騒ぎだったらしい。


 んで、体調が何とか持ち直すと。


「陛下、大分お疲れのご様子ですので、しばらくご静養されたら如何でしょうか。

 ウニアール国からお帰りになってからまとまった休みも取っていませんし。

 幸い現在、懸案事項もございませんから。」


 今まで、おいらを馬車馬のように使ってきた宰相が珍しく休みをくれると申し出てきたんだ。

 流石の宰相も、出産でゲッソリしているおいらを見て気の毒に思ったみたい。


「えっ、それホント?

 なら、おいら、トアール国の屋敷で温泉に浸かってのんびりしたいな。」


 女王に即位する時、年に一度は休みをもらって里帰りする約束だったのに。即位から三年以上経っても帰れたのは一度だけだもの。おいら、父ちゃんが頑張って買ってくれたあの町の屋敷がお気に入りだし。

 無理言って連れて来たタロウ達も里帰りさせてあげたいからね。


「はぁ…。

 まあ、陛下が考案してくださった妖精さんネットワークの利用で何時でも連絡は可能ですし。

 遠方へご静養に行かれてましてもかまわないのですが…。

 御子様はご誕生されたばかりですので、長期間の移動には耐えられないのでは?」


 おいらも赤ちゃんを長時間馬車に乗せて移動したらダメだとは聞いてはいるけど。


「アルトの『不思議な空間』に乗せてもらうから大丈夫だと思う。

 多分、この王宮より快適だし、あの中以上に安全な場所はないんじゃないかな。」


 何と言っても、この世界から隔絶された空間らしいからね。盗賊や魔物が襲ってきても全く心配要らないよ。

 常に快適な温度が保たれ、ベッドも王宮のモノより上質だし、シャワーとトイレまで付いてる。

 正直、王宮の寝室よりアルトの『不思議な空間』の方が快適だもの。赤ちゃんの身体に負担が掛かることは無いと思う。


「仕方ありませんな。

 まあ、精鋭の護衛騎士が居りますし。

 何よりグラッセ卿がお供するのでしょうから。

 陛下の身に危険が迫ることも無いでしょう。

 くれぐれも御子様の健康状態だけはお気遣いくださいませ。」


 出産でやつれたおいらのお願いを無碍には出来なかった様子で、宰相も渋々承諾してくれたよ。


          **********


 そんな訳で、おいらは約二年振りにトアール国にある辺境の街に里帰りすることになったんだ。

 馬車だと三ヶ月くらい掛かる道程だけど、アルトにお願いすれば五日と掛からないからね。

 念のため、アルトに確認したら赤ちゃんに対する心配も無用だって。

 ベビーベッドに寝かせてけば、揺れの一つも感じさせずに辺境の町まで送り届けるってさ。


「キャッ、キャッ!」


「あら、あら、まだ目も見えないはずなのに。

 キャロット様、空を飛んでいるのが分かるのでしょうか。」


 乳母役も兼ねるようになったウレシノが、窓際に置いたベビーベッドの中ではしゃぐキャロットを眺めながら呟いたよ。

 キャロットったら、アルトが上空へ舞い上がると終始ご機嫌ではしゃいでいるの。

 泣かないのは助かるし、昼間体力を使えば夜ぐっすりで夜泣きも少ないから助かるのだけど。

 少なくとも王都を出立した初日は、殆ど眠らずに上機嫌にはしゃいでいたよ。


 トアール国の辺境までの旅路は、アルトの言葉通りキャロットの負担になることは無かった様子で。

 いつも以上にご機嫌なまま体調を崩すことなく屋敷に到着したんだ。


「おおっ、久し振りに戻ってみれば随分と賑わっているじゃねえか。」


 街の中心部にほど近い高級住宅街の一画、父ちゃんの屋敷の庭に降り立つと開口一番タロウが驚きの声を上げてたよ。

 二年前に来た時はダイヤモンド鉱山の復興のおかげで、大分賑わってきてはいたんだけど。

 それはどちらかと言えば下町が中心で、高級住宅街は父ちゃんとタロウの屋敷、それににっぽん爺の屋敷くらいしか住人が居なかったの。

 かつてダイヤモンド鉱山の全盛期は多数の大商人がこの街を拠点としていたそうで、何十軒も広い敷地を持つ豪邸が建っているだけど。九分九厘空き家で住人が居るお屋敷は僅かに三つしかなかったんだ。

 ところが現状、お屋敷街も粗方埋まっている様子で、庭で洗濯物を干すメイドや庭で手入れをする庭師、それに優雅にお茶会を楽しむご婦人方の姿が、上空アルトの『不思議な空間』の窓から眺めることが出来たよ。


「あら、マロンちゃんじゃない。

 今帰ってきたの?」


 キャロットを抱いてアルトの『不思議な空間』から降り立つと、隣家では丁度お茶の時間だった様子で。

 庭に建てられたガゼボでお茶を楽しんでいたご婦人とフェンス越しに目が合ったんだ。


「あれ、ミントさん、ずっとこっちに居たの?」


 お隣はおいらが幼少の頃お世話になったにっぽん爺のお屋敷で、ガゼボでお茶をしていたご婦人はその恋人(?)ミントさん。

 この国の元王妃だけど、旦那である王様が不祥事で息子のカズヤ王子に譲位すると王様と離婚しちゃったんだ。

 そして、永年恋焦がれていたにっぽん爺の屋敷に押し掛けていたの。

 ただ、それは二年と少し前の話で、…。今でも居るとは思わなかったよ。そんなに留守にして公爵家は大丈夫なの?


「ええ、あれから無事にカズト様の赤ちゃんを授かってね。

 王都よりこの街の方が衛生状態が良いからね。

 しばらくはこちらで育てようかと思って。

 それに、赤ちゃんにはお父さんも一緒の方が良いでしょう。」


 王都は人口過密でしばしば流行り病が発生するなど決して子供に良い環境とは言えないそうなの。

 それに比べ、この街は五十年程前王都に匹敵するくらい繁栄したあと一気に衰退したから。

 一番繁栄していた頃、町の規模にあわせて水道や下水道といったインフラが整えられたのでとても衛生的なの。

 領主であるハテノ家が復興を諦めずに、インフラを維持補修してきた賜物なんだけどね。


 そんな訳で、王都よりもこの街の方が赤ちゃんを育てるのには環境が良いって判断になり、この街に滞在しているらしい。


          **********


 ミントさんからお茶に誘われたので、荷物は他の人に任せてにっぽん爺の屋敷にお邪魔することにしたの。

 訪問したのは、おいらの家がオランとキャロット、乳母のウレシノ、他にタロウ一家もにっぽん爺に挨拶がしたいとついて来たよ。タロウに、シフォン姉ちゃん、それにマリアさん。


「マロン陛下、ご無沙汰しております。

 陛下にお運び戴けて光栄で御座います。」


 屋敷の門を潜ったところで、にっぽん爺の娘さんカズミ姉ちゃんが丁寧に迎えてくれたよ。

 カズミ姉ちゃんは、王都を襲撃したワイバーンの群れを撃退した功績で、子爵位を賜っているのだけど。

 以前同様、ミントさんの滞在中は護衛をしているのかな。


 カズミ姉ちゃんの先導で庭に回り、ミントさんの居るガゼボに入ると。


「マロンちゃん、腕の中にいる赤ちゃんって?」


「うん、おいら、先日、お母さんになったんだ。

 娘のキャロットだよ。

 おいらの生みのお母さんの名前をもらったの。」


 おいらが腕の中でスヤスヤと眠るキャロットを紹介すると、ミントさんは驚いた様子で。


「あの小さかったマロンちゃんがもうお母さんになったのね。

 私も歳をとるはずよね。」


 驚くのも無理ないね。ミントさんと初めて会ったのはおいらが女王に即位する時。

 あの時おいらはまだ十二歳だったし、幼少期の栄養不良で発育が遅れていたこともあって、本当に小さかったもの。


「まだ、同年代の中でも小さな方だから。

 子供が子供を産んだと良く言われるよ。」


「うふふ、ホント、マロンちゃん、愛らしいもの。

 子供っぽく見られるのも仕方ないわね。」


 おいらのセリフを聞いて可笑しそうに笑うミントさん。

 一瞬おいらのペッタンコの胸に目を向けたように見えたけど、気のせいかな。

 

「私も、つい最近、カズト様の二人目の赤ちゃんを授かったのよ。

 一人目が女の子で、二人目が男の子なの。

 下の子、その子のお婿さんにどうかしら?」


 冗談半分に笑いながら気の早いことを口にするミントさん。

 冗談だよね? 王国貴族の中じゃ、産まれて直ぐに許婚が決められることもあると言うけど…。

 おいら、迂闊な返事はしないでここは笑ってスルーすることにしたよ。


「あれ? にっぽん爺はいないの?

 今日はお出掛け?」


 てっきりにっぽん爺も一緒かと思ってたんだけど見当たらなかったんだ。

 そもそも、使用済みのお茶のセットが二人分しか無いし…。


 すると、ミントさん、カズミ姉ちゃんの二人共あからさまに表情が暗くなったの。


「カズト様、このところ体調が優れなくて…。」


「年齢的なものでしょうか。

 お父様、今年に入り急にお体が弱くなりまして。

 このところ、臥せりがちなのです。」


 どうやら、二人の顔色を窺う限りにっぽん爺の体調はかなり悪いらしいね。

 加齢による体力の減退が一気に押し寄せたみたいだよ。 

お読み戴き有り難うございます。

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