第790話 五歳児には難しい話だよね…
クコさんを正式に『妃』として迎え入れることについての話し合いが終わると、見計らったようにお后様がロコト君を連れて現れたよ。
「母ちゃん、母ちゃん、このお屋敷、すっごいんだぜ。
広いし、人はいっぱい居るし、見たこともないお菓子まであるんだ。
祖母ちゃんが食わせてくれた菓子、すっごく美味かった。」
クコさんの許に駆け寄ったロコト君は初めて来た王宮に大はしゃぎで、オベルジーネ王子に注意されたことはすっかり頭から抜け落ちているようだった。丁寧な言葉遣いは影を潜めて、年相応な男の子の話し言葉になってたの。
「これ、ロコト、お父さんに言われたこと忘れたの?
お祖父様の前では丁寧な言葉遣いをしなさいって言われたでしょう。」
でも、クコさんはロコト君のそんな態度は見逃さなかったよ。しっかりと諭してた。
「そうでした。お母様、ごめんなさい。
これからは気を付けます。」
ロコト君は素直にクコさんの言い付けに従い、五歳児とは思えない言葉遣いに戻したよ。
「これ、これ、クコ殿。
ロコトはまだ五歳であろう、そう口煩く言わんでも。
オベルジーネ王子を見てみい。
二十歳にしてあの言葉遣いであるぞ。」
よほど初孫が可愛いのか、王様はそんなに厳しく躾けなくとも良いのではと漏らしたんだ。
まあ、言葉遣いに関してはおいらも他人のことは言えないし。
あのチャラ王子の言葉遣いなんて、いい加減酷いものね。
「そうは参りません、陛下。
田舎の領地に在らば口煩くは言いませんが。
これからは王宮で暮らすのですから。
もとより、私が王妃になることを快く思わぬ方も多いことでしょう。
そういう方々に付け入る隙を与えてはなりませんので。」
クコさんは今のうちから言葉遣いくらいは気を付けないといけないと言ったんだ。
クコさんを気に喰わない者なら、出自の卑しい者は言葉遣いすら真面にできないのかと非難するだろうって。
そんなことになれば肩身の狭い思いをするのは他ならぬロコト君なので、今のうちから注意した方が無難だろうと。
「お母様、王宮で暮らすって? お家には帰らないのですか?」
ロコト君、お祖父さんの家にお出掛けするとしか聞いてないものね。
ここが王宮だとは思って無いようだし、そもそも王宮って言葉の意味さえ理解して無い様子だった。
「ロコト、良く聞いて。
これからお母さんとロコトは、お父さんと一緒にここで暮らすのよ。」
ロコト君の前で屈んだクコさんは、目線の高さをあわせてそう告げたの。
「これからお父様と一緒に住めるのですか?
ここがお父様の出稼ぎ先なのですか?」
ロコト君がそう思うのも仕方ないね。父親は家計を助けるため王都へ出稼ぎに行っていると聞かされていたから。
クコさんはロコト君の返事を聞いて頭を抱えちゃったよ。
「あのね、ロコト。 今まで本当のことを隠していてごめんなさいね。
お父さん、本当はこの国の王子様なの。
お祖父様はこの国の王様なのよ。王様って分かる?」
「知ってるよ。王様って国で一番偉い人でしょう。
マロン様が隣国の女王様だってお父様が言ってたもの。
お祖父様も王様なのですか?」
「そう、お祖父様はこの国の王様。この国で一番偉い方なのよ。
それで王様が住まうここが王宮。」
「お父様と一緒に暮らせるのは嬉しいですけど…。
出稼ぎに出ていたのではないのなら、何故、今まで別々に暮らしていたのですか?」
「それはお父さんとお母さんが正式に結婚していた訳じゃ無いから…。」
クコさんはどう説明すれば良いのか困った様子で、最後は言葉を濁していたよ。
身分の差とか、王族の政略結婚とか、子供に理解させるのが難しいだろうからね。
自分が愛人だったなんて、子供にどうやって教えたら良いのか困るだろうし…。
「結婚ですか?」
でも、ロコト君はもっと根本的なことから理解してなかったみたい。
どう説明したものかと、クコさんは頭を抱えちゃった。
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その後、クコさんとペピーノ姉ちゃんが二人掛かりで、結婚や身分制度のことなどを教えるハメになったんだ。
しばらく教えると、ロコト君も朧気に大人の事情を理解した様子で…。
「農民出身のお母様は、身分差を気にしてお父様と結婚してなかったのですね。
今になってお父様とお母様が結婚することになったから。
これからはお母様とボクも、この王宮でお父様と一緒に暮らすことが出来るのですか。」
五歳児とは思えない呑み込みの良さだね。良く事情を整理できてるよ。
「今はそう理解していれば良いわ。
ロコトももう少し大きくなれば、詳しい事情を理解できるでしょうから。
だからね、ロコトはこれからお祖父様、お父様の次の王様の候補になるの。」
「ボクが王様の候補? あの領地の領主になるのではないですか?」
ロコト君は王様の候補と言われてもピンとこない様子だったの。
すると、今度は王様が。
「なんだ、ロコトは王様になるのが嫌なのか?」
ロコト君に尋ねたの。
「良く分からないです。
今まで良い領主になるようにと言われてきたので。
突然、王様になるかも知れないと言われても…。」
戸惑う様子のロコト君に。
「今は分からなくとも良い。
成長する間に色々分かってくることもあるであろう。
それにな、ロコト。
儂はそなたに王になれと強いる訳ではないぞ。
そなたはまだ幼い。
王も選択肢の一つくらいに思っておけば良い。」
王様は続けて言ったんだ。成人するまで王宮で暮らして、その間に進む道を決めれば良いと。
今住んでいる領地はロコト君のものなので、王様になるのが嫌なら領地に戻って領主として暮らす選択肢もあるって。
王宮に居れば親子三人一緒に暮らせるし、色々学べるから成人までは王宮で暮らすようにと、王様は言ってたよ。
「大人になるまで、お家に帰れないのですか?
もう、カレンちゃんと遊ぶことは出来ないのでしょうか?」
どうやらロコト君はカレンちゃんと会えなくなるのが一番心残りらしいね。
「そんなことはないぞ。
今住んでいる領地の領主はロコトなのだから。
領主たるもの、定期的に領地を訪れないといかんしな。」
王様は年に何回か、領地を視察できるよう手配するとロコト君に約束してたよ。
そこにオベルジーネ王子が。
「カレンちゃんと遊びたいのなら、ボクちんが連れて行ってあげるしぃ。
そんなに寂しがる必要ないよぉ~。」
「お父様、本当ですか!」
王子の言葉に、ロコト君は目を輝かせて尋ねたよ。
しかし、オベルジーネ王子、少しはチャラい言葉を控えようとしないのかな。ロコト君が頑張って丁寧な言葉遣いをしてるのに示しがつかないじゃん。
「もちろんだよ。
ボクちん、定期的に行ってるしぃ。
これからはロコトも一緒に行けば良いじゃん。」
「お父様、有り難うございます。
ボク、楽しみにしてます。」
王子の言葉に、ロコト君は満面の笑みを浮かべて喜んでいたよ。
そんなロコト君を見て、クコさんはため息を吐いたんだ。
「旦那様ったら、肝心なことを言わないで…。」と言って嘆息してたの。
そして。
「ロコト、もう一つ大切なことを教えます。
カレンちゃんはロコトの血の繋がった妹です。
仲良くするのは勿論ですが。
お兄ちゃんとして、妹を護らないといけませんよ。」
仲良くするのは良いけど、将来、恋仲になったら困るから、今のうちに兄妹であることを明かすことにしたんだって。
それがどういうことなのか、今のロコト君には正しく理解は出来ないだろうけどって。
それって、チャラ王子が節操無くあちこちで種蒔きしてたってことだよね。
「カレンちゃんがボクの妹なの?
嬉しい、ボク、妹が欲しかったんだ。
うん、ボク、カレンちゃんを護れるお兄ちゃんになる。」
ロコト君、妹や弟って存在は知ってたらしい。領地で兄弟仲良く遊ぶ領民の子供を見て羨ましかったみたい。
無邪気に喜ぶロコト君に、王様もお后様も心が和んだ様子でほっこりした表情をしてたよ。
住み慣れた領地に定期的に帰れること、カレンちゃんにも定期的に会えることが分かるとロコト君は安心したみたい。
今まで中々会えなかった父親と一緒に暮らせるのこともあって、ロコト君は王宮で暮らすことを素直に受け入れた様子だった。
お読み頂き有り難うございます。




