第787話 絶対に敵に回しちゃダメな人だと思ったよ…
オベルジーネ王子の妃となることを、王様からあっさりと認められたクコさん。
大人の話になって退屈そうにするロコト君に気付くと、王様はお后様とペピーノ姉ちゃんを呼んだの。
やって来たお后様は孫のロコト君の来訪をことのほか喜び、ここでは退屈だろうと連れ出してくれたよ。
そして、残ったペピーノ姉ちゃんはと言うと。
「クコちゃん、やっとその気になってくれたのね。
お姉ちゃん、嬉しいわ。
いえ、違いましたわね。
これからはクコちゃんがお義姉さまなるのでしたね。
よろしくお願いします。お・ね・え・さ・ま。」
などと揶揄いつつ、クコさんの手を取ってはしゃいでいたよ。
「また、そんなお戯れを…。余り揶揄わないでくださいませ。」
今まで上司だったペピーノ姉ちゃんにお義姉さまと呼ばれて照れ臭かったのか、クコさんは顔を赤らめてそう返答してたの。
「揶揄ってはいないわ。
お兄様の妃になるのですもの。お義姉さまで間違いないでしょう。
それとも、今後はお妃様とお呼びしましょうか?」
すると、ペピーノ姉ちゃんはクコさんを茶化すように揶揄いの度を強めていたよ。
「もう、ペピーノ様ったら…。
でも、またこちらにお世話になることになりそうです。
よろしくお願いします。」
クコさんは少し拗ねるような仕種を見せると、直ぐに満面の笑みを浮かべて手を取り合っていたよ。
ペピーノ姉ちゃんはクコさんがお気に入りだと聞いてたけど、この二人、本当に仲が良さそうに見えたんだ。
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王様は、手を取り合って喜ぶペピーノ姉ちゃんとクコさんを微笑まし気に見てたんだけど。
「そこそこ。
再会を喜ぶのは良いが。
まだクコ殿を妃に据えるためには障害もあるのだぞ。」
二人に向けて、そんな気掛かりな言葉を投げ掛けたんだ。
「あら、何か問題がありましたかしら?
お父様だって、クコちゃんを妃にと常々言ってらしたではございませんか。」
思い当たるふしが無いのか、首を傾げながら尋ねるペピーノ姉ちゃん。
「大蔵卿と軍務卿の娘をどうするつもりなのだ。
そこなバカ息子がとっとと妃を決めぬものだから。
あの二人、行き遅れになったしまったではないか。」
「酷いな…。それボクちんのせいじゃないじゃん。
ボクちん、最初に言ったはずだよん。
王宮の選んだご令嬢を妃にするって。
王宮が中々選出しないから、ボクちんがクコちゃんにプロポーズして来たんじゃん。」
オベルジーネ王子は、結婚は仕事と割り切って王宮の総意で決めるよう丸投げしたと言ってたね。
クコさんと出会った十四歳の時に。
市井育ちのクコさんには『妃』は荷が重いだろうと、王子はクコさんの身を案じてそう決めたんだっけ。
それから五年、王子も両ご令嬢も二十歳の誕生日を迎えたのに一向に話が進展しなかったらしい。
そうこうしている間にクコさんを支持する勢力が勃興して来たんだって。
「またなんで、そんなことに?」
王子にとっては好都合だったんだろうけど、五年もあればどちらかに決まっていてもおかしくないのにね。
「それがね、大蔵卿の派閥と軍務卿の派閥で勢力が拮抗しているのよ。
しかも、当のご令嬢同士がライバル心剥き出しで引こうとしないしないでしょう。
お兄様が進んで裁定しようとなさらないものだから、ずるずると…。」
と、おいらの問い掛けにペピーノ姉ちゃんが答えてくれたんだ。
「して、どうするのだ。
そなたがハッキリしないものだから。
大蔵卿の娘も、軍務卿の娘も貴族としては行き遅れの歳になってしまった。
今更、クコ殿を表に出しても、おいそれとは引けんだろうに。」
「いや、だから、ボクちんのせいにしないでちょ。
妃を迎えるのは仕事と割り切ったしぃ、どっちでも良いと言ったじゃん。
そんな苦情は、サッサと決めなかった宮廷貴族達に言ってちょ。」
「何だ、そなた、何のプランも無くクコ殿を連れて来たのであるか?
それではクコ殿が針の筵に座らされることになるじゃろうて。」
クコさんを正式に妃に迎える以上は、二人のご令嬢の処遇も検討しているのではないのかと質す王様。
「ボクちんと同世代の男性貴族は嫁不足だしぃ。
嫁の貰い手なら引く手数多なんじゃない?」
オベルジーネ王子はそんな呑気な返答をしてたよ。
王子の世代で高位貴族のご令嬢は二人だけなので、幾らでも落としどころはあるだろうって。
「そんな訳あるか。
目端の利く連中は、とっくに嫁を見つけておるわ。
お家存続が貴族の最重要課題であるからな。」
それこそ十歳くらいの歳の差婚は目を瞑って、高位貴族連中は嫁探しをしてたらしい。
国内でダメならおいらの国やシタニアール国への嫁探しなんかもあったみたいだし。
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王様とオベルジーネ王子のやり取りを聞いてため息を吐いたクコさん。
「嫌ですよ。あの二人の恨みを買うなんてどんな拷問ですか…。
仕方のない旦那様ですね。」
クコさんはそう呟くと持参したカバンの中を漁り始めたの。
「流石、陛下と妖精さんが目を光らせてるだけあって。
大蔵卿も軍務卿も実に高潔な人物で非の打ち所もありませんね。
これだけ良い為政者に恵まれて、私達下々の人間は幸せですわ。」
とか言いつつ、クコさんは紙束を二つカバンから取り出したんだ。
「でも、残念ながら末端まで高潔な人物で固めるのは難しいようで…。
大蔵卿と軍務卿には、ご令嬢を妃候補から辞退して戴くことにしましょう。」
取り出した書類を王様に手渡しながら、クコさんはそんなことを提案したの。
「これは何じゃろうか?」
首を傾げる王様に。
「大蔵卿、軍務卿、それぞれの配下の貴族に関する不正の報告書です。
大蔵卿、軍務卿に後ろ暗いことは無くとも、悪い部下はいるようでして。
その報告書には看過できない重大な不正のみを記載しております。
それが表沙汰になりますと、お二方とも監督責任は免れないでしょうね。」
ホホホと笑いながら、そんな怖いことを告げるクコさん。
報告書に挙げた不正を見逃すことは出来ないので、適切な処分を下すのは当然として。
この処分を表沙汰にせず内々に済ませることで、二人の監督責任は不問にしたらどうか。
クコさんはそんな提案をしたんだ。
内々で処分を済ますことと引き換えに、ご令嬢とオベルジーネ王子の婚姻を諦めさせるんだって。
「ふむ、これは地方の王領に任命した代官の横領事件であるか…。
大蔵卿が自分の派閥に属する貴族を任命しとったのだな。
こ奴、派遣した王領の予算から随分と多額の横領をしとるのだな。」
王様が大蔵卿の派閥に属する貴族の不正についての報告書に目を通し始めると。
「こちらは、魔物討伐に派遣した騎士団の不法行為ですか…。
あら、同じ騎士が行く先々で何度も婦女暴行事件を起こしているのですね。
なのに一度も処分を受けたとこが無いって、これはいったい?」
ペピーノ姉ちゃんは軍務卿の部下についての報告書の方を読み始めたよ。
「ああ、それは騎士団幹部の子息ですね。
騎士団の幹部が自分の息子の不始末を揉み消していますので。
軍務卿まで報告が上がっていないのでしょう。」
王宮の監査役を務めるペピーノ姉ちゃんには色々な報告書が回ってくるそうだけど、補佐官を務めるクコさんの許にはそれ以外にも様々な情報が寄せられるそうなの。
その中には各部署内の内部告発もあるとのことで、クコさんは逐一真偽を確かめているらしい。
それもペピーノ姉ちゃんの保護者をしている妖精イチゲさんに、お願いして飛んでもらっているそうだよ。
今の不良騎士のケースでは被害に遭った女性に直接事情を尋ねに出向いたらしい。
「村の素人娘を孕まして責任も取らないなんて最低です。」とか言ってたよ。
二通の報告書には、そんな不正が多々記されていたそうなんだ。
「ふむ、いずれも地方のことなので目が届かなかったが…。
クコ殿、良く調べたものであるな。」
王様は官吏や騎士の不正に気付かなかったことに恥じると同時に、その詳細な報告内容に舌を巻いてたよ。
「はい、イチゲ様が協力してくださいましたから。」
「イチゲちゃん、何日か留守にすると思ったら。
クコちゃんと組んでそんな楽しそうなことしてたのね。」
各部署から監査役に上がってきた書類は、一旦クコさんが全て目を通すそうなんだけど。
領地に住むクコさんに書類を届けるのはイチゲさんに依頼しているそうなんだ。
クコさん、イチゲさんが持参した書類にサッと目を通し、気掛かりな案件があると現地調査をしていたみたい。
イチゲさんにお願いして飛んでもらえば、大抵のところは日帰りで行ってこれるから。
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「ふむ、流石にこれだけの不正を見落としていたとなると…。
大蔵卿、軍務卿ともに監督責任を追及せずにはおけんな。
とは言え、現状あの二人をおいて適任者は居らんし。
ここはクコ殿の提案に従うことと致そうか。」
王様は、ご令嬢に妃の座を辞退させる条件で、大蔵卿、軍務卿の監督責任を不問とすることに決めたみたい。
実務能力、宮廷での影響力の両面から見て、二人の後任が務まる人材が見当たらないんだって。
そうと決めると王様は、その場に大蔵卿と軍務卿を呼び出してたよ。
大蔵卿も軍務卿も大人しく引き下がってくれたら良いね…。
お読み頂き有り難うございます。




